(9)
「仕舞えジェド」
彼はビクターの声に振り向く。
「走るぞ」
「騒ぎ立てて平気なの!?」
シェナは慌てた。
「さっさと抜ける。
この速さだと余計に何かに狙われそうだ。
それにくせぇし!」
確かにと、ジェドは少し笑いながら銃を背に回し、フィオの手を取る。
「放すなよ」
ビクターがシェナの手を握ると、フィオとジェドに改めて目を合わせる。
「ゆっくり走ってよ!」
「はぁ!?」
真下で焦るシェナに、ビクターは顔を歪めた。
「あたし達、あんたみたいに速くないんだから!」
「だから、放すなよって」
ビクターが悪戯に笑うと、まずは早足で進む。
茂みが慌ただしく揺れる音が過ぎ去っていく。
今のところ何の異常もないと見たビクターは、軽い駆け足に切り替えた。
最後尾のジェドが時折、背後を振り返って警戒する。
地面を蹴る度に弾ける青白い光は、未だこの島に生気が残されている事を知らせるようだ。
「行くぞ」
ビクターはいよいよ、互いの腕が張るほどの速さで駆けた。
時に視界を遮るように現れる蔦を顔にぶつけながら、ただただ直進する。
他の三人よりも歩数が比較的多いシェナからは、すばしっこさを想像させる。
「聞こえる!」
水流の音に気付いたフィオが声を上げた。
冷風も感じ、これまでよりも空気が心地よい。
お陰で、足が導かれるようにだんだん速くなる。
辺りが少しずつ明るさを取り戻し、互いの存在がはっきりした。
暗がりは徐々に、森の外観が描いていたグラデーションのように青い空間に変わり始める。
「跳べ!」
不意に露わになった腐食した根を、皆は華麗に順序よく跳び越えていく。
シェナは危うく転びそうになり、ビクターに怪訝な顔をした。
黒い森をどうにか抜けた途端、視界いっぱいに広がる幻想的な風景に圧倒され、感嘆を漏らす。
滝壺だ。
薄い靄がかかり、そこに淡く漂う白い光は時折、細かな輝きを放っていた。
それにすっかり恐怖心を払拭され、手が自然と離れていく。
「滝の音だったの…」
フィオは浜で聞きつけた音の正体に目を見張る。
皆は暫し、辺りに釘付けになった。
凹凸のある透明の岩が、水中から剝き出している。
しぶきの影響で僅かに薄い靄がかかるそこに、自然と胸を撫で下ろした。
肩にかかる銃や、腰の武器をつい落としてしまう。
求めていた癒しを胸いっぱいに含もうと、清々しい空気を深く、深く吸い込んだ。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




