(3)
ジェドが森の奥に目を光らせていると、ただならぬ気配を感じ、数歩前に出る。
辺りに目配せすると、遠くから低い音が押し寄せてきた。
「何だ……!?」
ジェドは背中のライフルを構えて気付く。
正面からではなく背後かと、誰よりも俊敏に警戒する彼。
それに吊られ、三人も素早く湖を見た途端――吹き荒れる風に紛れて巨大な水柱が立った。
その風圧と激しいしぶきに、皆は転倒してしまう。
その騒ぎに、シェナがようやく飛び起きた。
大波が岸辺に打ち上がると、皆に覆い被さる。
流されて転がったシェナが目を凝らすや否や、悲鳴を上げた。
広々と立ち込める靄の向こうに、何やら巨大な影が佇んでいる。
それは、赤と青の鋭い光をぼんやりと浮かべていた。
温い風が吹くのは、息遣いか。
縦に伸びる影はやがて、低く屈むように小さくなると真横に広がり始める。
皆は固唾を呑み切れない。
口内が乾いてしまうほど、呆気にとられていた。
靄が拭われていくと、大きく広がるそれは、黒く、傷だらけの翼を持っていると分かった。
輪郭を辿るうちに露わになったのはなんと、竜。
白と黒が入り混じる鱗に、青い汚れが付着していた。
体のろことどころや、顔の半分はまるで岩が食い込んでいるように凹凸がある。
岩肌から放たれているのは、赤い眼光。
太いロープを思わせる二本の髭は、まるで生きているようだ。
竜は勢いよく羽ばたくと、巨大な口を天に向けるや否や、一帯を揺らすほどの叫声を高らかに放つ。
四人は共鳴するように激しく震えた。
重圧を感じる鳴き声に、瞼が勝手に下りていく。
気が済んだのか。
竜は静まると、ジェドに低く威嚇する。
彼は咄嗟に立ち上がり、ライフルを向けた。
「撃つなよ」
「分かってる」
彼はビクターの警告に、竜に目を向けたまま返事をした。
「何か来る!」
フィオは別の気配を感じ、ビクターとシェナと共に森に集中する。
ジェドは彼らに背後を任せ、竜を警戒していたその時――竜が再び、浜から森にかけて撫でるような咆哮を上げた。
皆の体は、それに圧迫されるように低くなる。
そこへ、遠くで草木が揺れる音がした。
「伏せろ!」
察したビクターの声に、甲高い威嚇の声が合わさる。
正面ではなく真横から、ビクターに向かって何かが激しく飛びかかった。
派手な金属音が鳴り響くと砂浜を乱暴に滑る音が通過し、止まった先で軋み音が小刻みに立ち始める。
シェナとフィオは間一髪地面に転び、飛び込んで来た何かとの衝突を免れた。
徐々に顔を上げると、ビクターの光景に震え上がる。
彼は何かによる直接的な攻撃を、必死に阻止していた。
三人は、どうしてよいか分からず驚愕する。
ジェドもまた、竜とビクターを目だけで往復しながら焦っていた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




