(3)
まるで電流が走ったような感覚か。
引き締まった体が暫し拘束されるところ、気泡が激しく全身を這って消える。
海中にまで叩き込まれた痛みに耐えながら、俯せの状態から力いっぱい仰向けになったその時――
彼はある光景に目を奪われた。
大きく揺れる海面に映し出されているのは
(森!?)
ありえなかった。
群青色に包まれた森が、視界いっぱいに広がっている。
(どうなってる!?)
触れたくてならない衝動に駆られ、反射的にその島に手を伸ばした時――
体が勢いよくそこに引き寄せられ、大きく仰け反った。
口内の僅かな空気が溢れ、たちまち酸素を失う。
経験した事のない上昇速度に、体が折れそうだ。
反動で閉じていた目をどうにか抉じ開けると、周囲が光っていた。
よく見ると、全身が金に光っているではないか。
眩い光は、吸い込まれると共に閉じてしまう瞼の隙間を縫って、裏側にまで入り込む。
彼は息苦しさについ、首元に手が伸びると口を開けた。
もう、酸素などどこにも無いというのに。
しかし海水が喉に流れてこない。
原因を確かめる間も無く、今度は体が一気に軽くなる。
気付けば彼は、海面の外へ弾き飛ばされていた。
眩しい。
やっとの思いで重い瞼の隙間から確かめると、体が金に輝きながら天へ上昇している――
そんな夢を見ている、ような気がした。
落雷に破壊された船の材木やその他の残骸諸共、静かに深海へ沈んでいく。
やがて荒天は西の島をとうとう鵜呑みにし、遂に、海上から姿を消した。
そこから数分が経過した後、あろう事か、何事も無かったかの様に気象が一変した。
ある日、東の島の者達が漁に出ていた時、辺りの様子に気付く。
どういう訳か、あるはずの西の島が跡形もなく姿を消しているではないか。
彼等は漁を後回しにし、島へ引き返した。
妙な事に、東の者は、あの恐ろしい嵐を一切経験していなかった。
荒天は西の島の周囲にしか起こらず、他の島ではただ、漁に支障が出ない程度の雨の日々が続いているだけだった。
島中に事件が知らされるや否や、沈んだに違いない西の島の者達の救出にとりかかる。
異様な事態に戸惑うまま、その日以降、暫し故人を悼む時が続いた。
しかし、事件は一向に紐解かれず、その謎は深まるばかり。
放って置く訳にもいくまいと、西へ足を運び、調べに行く者達がいた。
だが彼等は、少し遊び半分もあるようで、遺品を見つけ出そうとしている。
けれども、決して島の者達に西へ出かける、あるいは西へ行ったなどと口にはしない。
子ども達が聞けば怖がる上、大人に怒られ止められてしまうのだから。
あまりに昏い風景を漂わせる西。
島では、近付くと呪われるなどと噂が広まるようにまでなった。
真実を求め、こそこそと出かける彼等は、島では強情張りであまり聞き分けの無い子どもである。
しかし、影では好奇心旺盛な冒険者や、勇者とも呼ばれていた。
美しく透き通った青空が広がっていても、西に視線を這わせば暗いグラデーションがかかり、曇天に変わる。
西の島が失われてから、その場所は恐ろしい深海魚達の住処に変わり果てていた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します