(5)
皆が下の階へ消え去るところ、ビクターが舳先から飛び降りた途端――電撃のような音がし、そこを大きく振り返った。
先程までいた舳先に、細い雷が触れた事で煤煙が上がっていた。
上空を仰げば、既に空いっぱいを覆い尽くす黒雲が落雷の兆しを見せる。
異常現象は、恐怖心を激しく湧き立たせた。
碇が巻き上げられる振動が徐々に伝わり始める。
ビクターは自分しかいないフロアを見て、咄嗟に海を覗いた。
カイルとグレンが浮上し、漁船に向かって泳いでいる。
「急げ!」
ビクターが叫ぶと、傍に備え付けていた縄梯子の固定を解いて投げる。
浮上した二人は天候の急変に戸惑いながら、早くも梯子に触れる。
彼らもまた、海中の透明度が異常な速さで下がり、みるみる視界が悪くなった事に違和感を抱いていた。
ビクターが二人を見守る最中、宙で何かが揺れたような気がして顔を上げる。
景色の一部がぼやけたように感じ、何が起きているのかと辺りを見渡すも、何も無い。
碇が完全に上がった事を、漁船の僅かな縦揺れから感じ取る。
ビクターは先程から気になってならない何かを見つけようと、必死で周囲に目を這わせていた。
その時、再び視界の一部がふわりと揺れると、ぼやけて消えた。
「……陽炎?」
消えたかと思えばまた、遠くの空中の一部が小さく揺れているのを捉える。
この状況では有り得ない現象だと、目を何度も擦った。
するとまた消えてしまうそれに、胸を騒つかせながら眉間に皺を寄せる。
「引き上げろ!」
下からやって来たマージェスの怒号に、ビクターの肩が跳ねる。
振り向くと、カイルとグレンが船縁に到達していた。
彼は慌てて手を貸し、乗船の補助をしていく。
ジェドもすぐさま駆け付けた。
帆がいっぱいに膨らむと共に、早くも漁船が進みだす。
レックスは舵を握った。
雷雲がみるみる厚く嵩張り、青空を黒く染めてしまう。
雲間に走る短い稲妻が乱雑に駆け抜けると共に、低い雷鳴が体の芯まで震わせる。
戻ったシェナが、空の更なる異変に思わず声を上げる。
途端、突風が皆の体勢を大きく乱した。
帆は一時的に乱れ、はためく音を立てては張り直される。
フィオと共に追いついたグリフィンは、状況に目を疑うなり慌てて彼女とシェナを引き、下のフロアにいるように告げた。
急に階段の方へ追いやられた二人は戸惑い、怯えながらステップに身を潜めるとそこから状況を覗く。
シェナの震える手から、グリフィンの空島の本が落ちた。
気付いたフィオは、偶然近くにあったロープを取る。
「結んで!」
失くしてはならないと、シェナの腰に本を縛り付けた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します




