(12)
窓を抉じ開けようとし続けるビクターとジェドは、再び現れた化け物にゾッとした。
ジェドが軽く窓を蹴って距離を取る。
その者と目が合ったと思うと、冷静を取り戻し、下がれと手で伝えた。
フィオの言う通り、髭を生やした男性で、茶色い瞳をしている。
抵抗する事もなくジェドのサインを捉え、素直に後方へ下がっていくではないか。
ビクターがそれを確認すると、破壊の勢いを更に増す。
いよいよ槍が船内に貫通した。
大きな隙間が窓と船体の間にできると、透かさず両手を掛けて引っ張る。
バキバキと音を立てながら、遂に窓が外れた。
その先には、白い彼が呆然と佇んでいる。
フィオは船縁に手をつき、恐る恐る手を差し伸べた。
(早く…)
恐怖が邪魔をし、伸ばす腕を半端な位置で止めている。
ジェドは端で、じっとその男性を見据えていた。
なかなか近寄ろうとしないので、フィオが上半身を船内に思い切って入れ、彼を掴もうと接近する。
彼女が船内に落っこちるのではないかと、シェナが慌ててその腰を引っ張った。
(早く来て!)
フィオが念じながら腕を伸ばした。
そこにはもう、目前の彼に対する恐怖など消え、酸素が尽きてしまう事に焦りを感じていた。
やがて、白くて細い手が弱々しく伸びてくる。
相手もまた、信じられないようなものを見る目だ。
しかし随分小ぶりで、瘦せこけている。
島で共に過ごす男性とはかなり違っていた。
ちゃんと服を着ている。
足も確認でき、しっかりとした人間の姿をしているが、呼吸はどうなっているのだろうか。
フィオは、接近する彼の指先から冷たい温度を感じた。
そして漸く触れた時、彼女の方から大きく彼の手首を掴んだ。
それを捉えたビクターは、シェナに引っ張れと合図し、一緒に彼女を船内から引っ張り出す。
まるで白い糸が出るようにヌルリと出没した彼は、状況が分からないのか、ただ浮遊してしまっている。
泳ぎもしない、まるで海月のように彷徨いながら浮かぶ彼の様子に、ジェドは険しい表情で引いた。
自分が前に乗せて運ぶとは言ったものの、どこをどう掴めばよいのだろう。
考えた末に彼は、今にも砕けて消えそうな男性の胴体に腕を回し込み、海面に向かって浮上していく。
瞬きもしないその彼は、一体どこを見ているのだろう。
一点に集中しているようで、フィオはその視線を辿って海底に振り向いた。
その先の地面に落ちているのは、破壊した窓の残骸だが
(違う!)
浮上しようとする最中、フィオが逆走して再び潜り始めるのをビクターが肩を掴んで止める。
フィオは彼に、行き先を指し示した。
ジェドとシェナが先に浮上していくところ、後の2人が捉えたのは、窓よりも小ぶりの四角い塊だった。
海藻や貝類が纏わりついているが、明らかに文字が見える。
ロープで繋がる2人はそのまま共に潜り、それを掴んだ。
フィオが眺めようとするが、ビクターは後にしろと彼女の肩を叩き、そのまま腕を引いて海面に急ぐ。
彼の酸素はもう、殆ど無かった。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します