(9)
ビクターは持っていた照明を先に伸ばす。
沈船なのだろうが、近付くまではどういったものかは分からない。
フィオが目配せすると、ジェドとビクターが並んで先頭を泳ぎ始めた。
ロープに引かれながら、フィオがシェナの手を掴んで進む。
少し前進しただけで影は明確になった。
東の漁船よりは小さいが、同じく複数人が乗船できるであろう船が沈んでいる。
限られた時間で探索をせねばならないが、そんな事も忘れて皆はしばらく圧倒されていた。
殆ど怖いもの知らずの彼らは、これを持ち帰りたい衝動に抗うのに必死だ。
黒く腐食した木材が地面にめり込み、沈船はあたかもずっとここにあったような容姿だ。
海藻や貝類もかなり付着している光景に、皆は目を疑う。
大人達も何度かここに足を運んでいるが、どうしてこれが見からなかったのだろう。
不思議でならないまま、触れられるところまで接近する。
時々小さな黒い魚が視界を過った。
皆は、船の麓から船体、柱に目を這わせていく。
見張り台と思しき木材が折れた様子が分かる。
そのまま慎重に、轟々と波と雨の音が入り混じる中を移動していくと
「う……うう……」
(!?)
シェナが飛び上がるように船を蹴り、後方に大きく下がった。
連なる三人がそれに引っ張られ、船との間に距離ができる。
ビクターとジェドが地面に槍を刺し、体を固定しては唸り声がした方に目を剥く。
フィオはシェナを引き寄せ、身を縮めた。
今にも口から心臓が出そうになるところ、沈船を観察し続ける。
そこへ
(あそこ!)
フィオが素早く指差した先にあるのは、船室の窓だ。
「うううっ……」
そこから明確に聞こえてくるのは、誰かの唸り声に違いない。
しかしここは海中だ。
ジェドは首を傾げ、窓に接近し始める。
シェナが激しく首を横に振ると、口から大きな気泡が溢れ出た。
フィオは慌てて彼女の動きを止める。
ジェドに引き寄せられるがまま、皆は窓までやって来た。
彼は窓枠に指を掛けて覗くが、暗くて何も見えない。
その時、隣で何かが光った。
見るとビクターがナイフを抜き、どくように指示してくる。
ジェドは窓枠に指を掛けたまま少し引き下がると、その背後からシェナとフィオが目だけで覗き込む。
ビクターは上の窓枠を数回突き刺した。
先端が簡単にめり込んだ様子から、腐敗がかなり進んでいる。
窓が外れるかもしれないと察すると、そのままジェドに首で窓を示し、彼が指先を掛ける窓枠を軽く叩く。
理解したジェドはナイフを抜いた。
ビクターは持っていた照明をフィオに預け、今度は先程よりもナイフを深く窓枠に刺し続ける。
辺りに激しい音が響き始めた。
力を込めて作業する二人を、シェナとフィオは警戒しながら見守った。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します