大海の冒険者
※本部で完結します
約1800字でお送りします
月夜。
それは未だ、避けられない別れがもたらした幸福を、藍色で複雑に彩っていた。
そこに散らばる星々は、岸辺に揺れる炎を静かに見守っている。
島中は歓喜に犇めき、暫し混乱していた。
大きな理由は、膨大な資材が空島の神々によって引き上げられた事。
沈没した漁船のガラクタだけでなく、すっかり見る事がなくなった鉄材にガラス、プラスチック容器までもが浜に大量に積まれていた。
それらは嘗て、自分達が散々利用し倒し、廃棄してきた物。
どれも今となっては、蒸留や調理など圧倒的に使い道がある貴重な優れ物だ。
当時の事情に応じ、当然のように扱ってきた。
現在の生活を送るようになってからは、喉から手が出る程それらを欲するようになった。
それらをこんなにも貴重なものとして扱う事になるなど、思ってもみなかった。
明日から早速、造船作業を始める。
その計画も楽し気に、興奮を滲ませながら飛び交っていた。
その合間を縫うように、四人は空島での事をあれこれ聞かれた。
しかしどうにもこうにも、上手く話せなかった。
後々急激に襲ってきた疲労と空腹が邪魔をするせいもあったが、思い出そうにも、あの数々の凄まじい出来事がぼやけている。
目を疑うあらゆる現象や体験を並べ、大人達を圧倒させてやりたかった。
なのに、適当に湯浴びと食事を済ませると、逃げるようにその場を離れ、ひっそりと浜に佇んでいた。
遠くの海に向かって、小石を投げる音が立つ。
何の変化もない、普通の波紋を広げては消えるそこを、ジェドは無言で見つめていた。
「魚、跳ねないね」
もう青くない炎を横に、シェナは呟く。
隣でフィオが、静かに遠くを眺めていた。
磯の香りに満ちた風は、髪を火と共に靡かせ、背後の林に音を立てる。
そこへ、何かが重い音を立て細い水柱を上げた。
「跳ねた」
ビクターの声に、皆が音の方を見る。
「凄く大きかったわね」
「明日の飯」
フィオの声を横にビクターは立ち上がると、ジェドの横に来ては石を握った。
もう光る透明な石でも何でもないそれを、海面へ滑らせるように水平に投げる。
石が四回跳ねて沈むのを、ただただ無言で見届けた。
話したくないのではない。
ただ、今は信じ難い怒涛の時間が終わった事に勝手に浸ってしまうのだ。
夢だったのではないかとも思うほどに、島も空も恐ろしく穏やかだ。
しかし、握った鋼や角、鬣、何よりリヴィアの温度はその手に確実に残っている。
そしてもう一つ残ったのは、一体自分達が何なのかという事だ。
ジェドは両手をポケットに入れ、月光を受けて揺れる黒い水平線を見つめる。
その横で、ビクターが夜空を見上げた。
点々と浮かぶ星とちっぽけな月から、彼らの目を思い出す。
四つの無言の背中が温められていくところ、砂を踏む音が近付いてきた。
「随分静かだな」
四人から湧き出るどこか不安な様子を、グリフィンがそっと解く。
振り返ったそこに立つ彼の姿もまた、夢ではない。
集まる勇ましい視線はしかし、疲労で少々重たい瞼に押されていく。
静かな波の音が、優しい眠気を催す。
「よくやった」
静かに、だが強く放たれた言葉は順に、勇者達の光る目を辿る。
そして、最後に留まったのはビクターだ。
「な」
声だけだというのにまるで撫でられたような気がして、ビクターは静かに笑って顔を伏せる。
「火が尽きるまでまだあるぞ。何から話すかな」
「本……」
ジェドがグリフィンの言葉に被せるように言った。
「失くした……ごめん……」
「役に立ったか?」
勿論だ。
そう口々に表情を変えて訴える四人に、彼は今度は安心して笑い声を上げる。
「また作ればいい。次は君達が遺せ」
そう言うとグリフィンは、立ち込める火に目を向ける。
「字なら教える。知識も。これからずっと……な」
小さな感嘆は火を囲み、影を柔らかく揺らす。
「伝説にするんだ。その経験と、力で。
彼女が言ったように……」
青白い月が浮かぶ夜空で、一番星が周りに仲間を増やし、闇を力無く灯し始めた。
薪が音を立て、火の粉を舞い上げると共に、煙が高く昇っていく。
林の向こうからは、人々の笑い声が潮風に乗って流れてきた。
一つの小さな火の粉が消える事なく空へ舞った時、風がふわりとそれを握った。
ふと、高く昇る煙が女王の顔を薄く描いては一番星に重なり、彼らを見下ろすとそっと消える。
その真下で、黒い影が潤んだ目で彼らを眺めていた。
不安と躊躇に震える微かな息遣いはやがて、そこに落ちる月の画を、連なる鋭利な銀の光に歪ませては、海底に引き返した。
― 完 ―
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します