(10)
「ひでぇ仕打ちだな……」
ビクターが全身の痛みに顔を歪めながら起き上がる。
「助けてやったもんに対してやる事かっ」
ジェドは砂を払いながら、真上をギーギーと戯れる小さな竜の群を睨む。
「でも私達……結局最後どうしたの?」
フィオの声に、皆は静止する。
思い出してみても、荊に縛り上げられてからの記憶がない。
ただ、途中から苦痛が拭われ、心地よく海に浮かぶような感覚がする中、穏やかな夢を見ていた事だけは鮮明だ。
四人が放り投げられたそこは、空島へ来た時に浮上した湖だった。
圧倒的な変化に、周囲一帯を声もなく見渡してしまう。
光と共に揺れる青い森。
滝の音は、来た時よりも明確に聞き取れる。
まるで何事もなかったかのように、平穏な時が流れていた。
澄んだ空気を大きく吸い込み、久し振りの安心感を得る。
そしてふと互いの目が合うと、自然と笑い声が込み上げた。
それらは、光る砂浜を軽やかに転がる。
と言っても、未だ不完全なのだが。
互いに寄り合っていると、湖からの鋭い陽光に思わず手を翳す。
指の隙間から薄目を覗かせると、宙で騒いでいた竜が静まり、浜に降り立った。
水平線の光が両側から合わさり、一直線線になると、眩さが際立つ水面の上にぼんやりとした影が浮かび上がった。
四人は翳していた手を下ろし、それに釘付けになる。
気付けば自分達の周りに五人の精霊達がおり、現れた影を迎え入れるように目を青く灯らせた。
陽光が次第に弱まると、影の輪郭が明確になる。
幾重にも重なるパール色の薄衣を、光を絡ませた白銀の長髪と共に靡かせながら、彼女は、青の眼光越しに無表情で皆を見つめていた。
「リヴィア……」
真の姿に瞼を失い、ただ呟く事しかできなかった。
青く血塗られた岩肌の姿が嘘のようで、背も高く感じる。
彼女の眼光が消えていくと共に、従者達のそれもまた連動する。
リヴィアは浜に緩やかに降り立つと、四人に歩み寄る。
自分の見違える姿に声を失う様子を、面白がって静かに笑った。
そのとてつもない美麗さに、硬直してしまう。
「まだ終わってない」
リヴィアはそう言って、右手を優しく差し出した。
純白の手は、あの歌の時に見た凄まじい光そのものだ。
「彼女の喉に触れる時、その力は放たれる……ビクター、ジェド、フィオ……」
皆は互いに目を合わせ、三人は緊張しながら手を差し出す。
最後にリヴィアが底から触れ、軽く持ち上げた。
何をするのかと、四人は小さく戸惑いながらリヴィアを見つめる。
四つの手が重なると、そのままシェナの喉元へ運ばれる。
数秒当てられた後、リヴィアはそっと放した。
何か特別な現象が起こる訳でもなく、未だ緊張の静寂に包まれている。
残る三人の手が、これに戸惑いながら離れた。
シェナは息を呑む。
真っ直ぐ見つめるリヴィアの表情は、ふと微笑みに変わった。
「……あ」
小さな声が溢れた途端、三人の声が盛大に上がるとシェナに飛びついた。
喜びに満ちた四つの笑い声が、温かい風を突如吹かせては、その場の皆を包み込んでいく。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します