(9)
森を飛び出すと、そこには大海原のように光り輝く湖が広がっていた。
温かい風が吹き、細かな光が宙を躍るように舞っている。
「いた!」
ジェドが横に向かって叫ぶと、精霊は四人に笑って砂浜を蹴り、宙に浮かぶ。
するとその真横から、後ろで一束に編んだ髪を揺らす別の精霊が現れ、そのまま歌声を紡いだ。
それは湖を覆うように、瞬く間に広がり緩やかな波紋を起こす。
光の波を立たせながら三重奏、それを追いかけるように四重奏になり、声の太さがより増していった。
芯を構築していく歌声を包み込むような、光を纏う旋律。
それが、水面から放たれる輝きと風に乗って流れていくのを耳で感じながら、四人は導かれるように天を仰いだ。
いつの間にいたのか、頭上に浮かぶ短髪の精霊に歌声が引き継がれ、五重奏になる。
高い音と低い音が交わる、柔らかい霧のような声は、島中に沁み渡るように響き渡った。
力強く結合した旋律に、四人の肌が粟立つ。
鼓膜が激しく振動し、美しい歌声だというのに自然と耳を覆ってしまう。
目を泳がせているうちに、甲高い竜の声が聞こえてきた。
四頭の使者達が、戯れながら急接近してくる。
四人はそれに大きく身を引いては、段々と恐怖の声が漏れ出た。
「おいおい待て待て待てっ――」
ジェドの声に後の三人の絶叫も合わさる。
四人は目をきつく閉じた瞬間、足元から全身が強風に包まれ、砂の光が高々と舞い上がった。
竜の使者達の足遣いは、子ども故に乱暴だった。
ジェドは左腕、ビクターは襟首と肩。
シェナは腰の装具ベルト、フィオは背中の服と右腕を、それぞれ不安定に掴まれ、空高く上昇していく。
今にも落下しそうな体勢に悲鳴を上げた瞬間、五重奏を上回る最も高い、全身を骨の髄から震わせる別の声が鋭く響き渡った。
瞬時、六重奏が空島一帯を白光で包み、雲は拭われ陽光の雨を降らせる。
光の風は強まり、まるで呪いなどなかったかのように、島をそのまま忘却へと導いた。
あまりの眩しさに四人は目をきつく閉じ、顔を伏せる。
足先から微かな痺れを感じた。
そこから痛みすら覚え、つい引っ込めてしまう。
六重奏の最高音が、抑揚をつけながら大気を震わせ続けた。
竜が更に上昇すると視界が落ち着き、四人はそっと瞼を開いていく。
そして驚嘆の声に、青い輝きを重ねた声が覆い被さった。
眼光を力強く放つリヴィアが、復活した塔の天辺で六重奏の終盤を最高音でリードし、島中を光と風の音と共に轟かせる。
確立した空の神々の旋律に、勝手に涙が流れては拭われる。
四人が竜の使者達によって、リヴィアの頭上を旋回した。
その時、真横から閃光の如く現れた巨大な竜に率いられ、下降し始める。
凄まじい風圧と浮遊感に、リヴィアを振り返る隙を与えては貰えないまま、砂浜が急速に接近する。
あの、空島一帯をベールの如く覆っていた痛みを伴う白光が、いつの間にか消えていた。
四人は宙で解放されては乱暴に転がり、砂煙に包まれる。
――そして、歌は止んだ。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します