(8)
四人が驚いて身を引くと同時に、足元から煌びやかなしぶきが勢いよく上がる。
精霊はそんな彼らを小さく笑った。
リヴィアにどこか似たその精霊は、顎下までの長さをした灰色の髪を風に靡かせている。
判別がつかない言葉は、空島の言語か。
優しく囁くように溢れる声に、風が緩やかにそれを乗せて運び、白砂が舞っては宙を光らせる。
滝壺から川を伝い、森の内と外を撫でるように漂う。
陽光は、太さを増していった。
ビクターは、歌による変化を見届けた後、再び精霊を振り返る。
しかしもう、そこにはぽつんと枝だけが伸びているだけだった。
それでも歌声は残ったまま、その場に響き続けている。
「行こ」
彼の掛け声に、皆は森の中へ駆けた。
木霊する精霊の歌声は植物に触れて共鳴し、森の中を広々と優雅に擦り抜ける。
乱雑に木々が伸び、通路を遮っていた黒い森が嘘のようだ。
辺りは見通しがよくなり、光り放つ奥の道が四人を自然と導いていく。
川に沿って流れる精霊の歌声が風に舞い上がると、森の真上で浮遊する別の精霊に渡る。
一束に結い上げられた灰色の髪を揺らしながら、真っ青な森を見下ろし、声を紡いで旋律を吹き込んだ。
茂みはより青さを増し、幹に受ける水面の反射光が強まる。
精霊は、その間を足早に抜ける四人に微笑むと、ふわりと消えた。
「あそこ!」
フィオが立ち止まり、横道を指差した。
見覚えがあるそこは、竜が連れて来たあの崖だ。
太陽が燦々と照らすそこは、あの時と同じ、濃い靄がかかって向こうが見えない。
靄に滲むしぶきの光の美しさに、暫し目を奪われる。
「塔は、この先にあったわよね?」
「まさか崩れたのか……?」
ジェドは見えなくなったそれに背筋がぞっとする。
真上から降り注ぐ精霊の声が優しく森の中に落ちて合わさり、二重奏になって辺りを漂い始めた。
シェナが来た道を引き返し、先へ進みだすと、三人は慌てて後を追う。
地面を踏み込む度に青い光がぼんやりと放たれ、静かに消えていった。
森の半分を抜け、木々の合間から湖が見えてくる。
そこで再び立ち止まった。肩までの髪を揺らしながら、白砂の上を歩く精霊がいた。
「リヴィア!」
三人が声を揃えるも、その精霊は振り返る事なく森からの二重層の歌声を紡ぎながら、笑って視界から消える。
「リヴィアじゃないわ……」
皆は不思議に思いながら首を傾げ、その精霊を追いかける。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します