(7)
ビクターは桟橋から波に乗り、皆から離れ始めていた。
慣れた手つきでゴーグルとウエイトを着用し、酸素シリンダーを背中に固定する。
レギュレーターを咥えて異常がないかを確認しながら、後方を窺った。
「向こうは嵐だ!覚悟しとけよ!」
ビクターの声にシェナが目を剥く。
「雨も波も最悪だった。
漁船が引き返したくれぇだし、途中で帰る事になるかもな。
こいつじゃひっくり返る」
ジェドが沖での事を二人に告げると、ジェットスキーの速度を上げ、ビクターを追い越していく。
「少し見に行くだけよシェナ。行こ」
フィオがそう言って、先の二人に続いた。
シェナは少し不安を滲ませながらついていく。
空の景色が徐々に変わり始めた。
雲の厚みと黒さが増し、暗いグラデーションを西に向かって描いている。
雨よりもジェットスキーのしぶきが全身を打ちつけていた。
冷たい風に、ハンドルを握る手が強張る。
「忘れてた!鮫避けに取っておこうと思ってたのに!」
「何ぃ?」
再び先頭になっていたビクターに、ジェドが近付いて聞き返す。
「ライフル!この間言ったろ!」
「バカ!おじさん達に殺されるわ!」
聞きつけたシェナが透かさず声を張った。しかし、ビクターは笑っている。
目前に、いつも拠点にしている巨大な岩が見えてきた。
そしていよいよ、しぶきよりも雨粒を感じるようになる。
海面に四本の波の白線が太く引かれては、泡となって消える。
漁の際に遭遇した嵐は静まっており、どうにか目的地に停留できそうだ。
次にジェドを先頭に岩まで高速で走り抜けると、後の皆もそれに続く。
油の臭いが雨の臭いに混ざり、鼻の奥を擽った。
「何も聞こえねぇ!」
真っ先に岩に辿り着いたジェドが知らせた。
皆が着いてからも、唸り声や違った変化は感じられない。
「漁船で聞いたの?」
フィオが岩場にジェットスキーを寄せながらジェドに問うと、彼は頷いた。
「誰か唸ってるみてぇな音だった。
船は揺れるし、カイル達もビビってた」
岩にジェットスキーを縄で固定する。
しかし荒波が不安だったので、四台を更に繋げて纏めた。
「お前が吐きそうなのかと思ったぜ」
ビクターのふざけた発言に、フィオとシェナは笑う。
「まだ言ってんのかよ」
ジェドは彼を見向きもせずレギュレーターを咥え、着水した。
冷たい海だが、時間が経てば慣れる。
「待ってジェド!一緒に行かないと危ない」
フィオが岩の縁にしゃがむと、ゆっくり着水する。
その間、小柄なシェナを横目で窺っていた。
彼女はやっと潜水に慣れたのだが、ジェットスキーから勢いよ滑り落ち、短い悲鳴を上げる。
「溺れんなよ」
ビクターが肩にロープを担ぎ、シェナの真横に飛び込んだ。
彼女が水面から顔を出した途端、彼による水しぶきを浴びて再び声を上げた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します