(7)
遠くの方で水を激しく叩きつける音が、川のせせらぎと共に木霊している。
海とは違う水の香りが鼻腔を擽る。
冷たくも熱くもないそこは、陽光を浴びる温かい水の中。
暗い闇の底から一気に空に飛び出すような夢を見ていた。
沢山の痛みが、風が拭い去るように消えていくのだ。
何故か疲れすら心地よく、久し振りに感じた優しい柔らかなものに身を預け、体が軽くなった。
大地を感じず、自らが風になったような不思議な感覚。
そして、温かい光に包まれていった。
肩が揺れている。
小さく、大きく、やがて激しく――
フィオは目覚めた。
透明の岩に俯せに身を預けていたところ、視界に飛び込む光り輝く白い世界に目を奪われる。
そこへ、シェナが覗き込んだ。
「シェナ!」
フィオは咄嗟に彼女を抱き締めると、喉を確かめる。
すっかり綺麗になった彼女の首に、胸を撫でおろしたのはいいが
「声は!? 話して!」
フィオの要求に彼女の唇が開いて、止まる。
少し閉じかけては、無声の言葉を放った。
フィオは青褪め、シェナの喉に再び触れる。
しかし、震えるその手は軽々と退けられ、顔に水を勢いよくかけられてしまった。
「そんな顔すんなってか」
どこからかビクターの声がし、二人は辺りを見渡す。
そして気付いた。今いるここは、あの滝壺だ。
見るに堪えなかった黒い森も、灰色の空も、見違えるほどの青さを取り戻しているではないか。
背後から水を蹴る音がする。
滝の近くの岩に身を預けていたビクターがへやって来た。
見ると、傷はすっかり完治し、汚れも払拭されている。
水から出た体は、一瞬にして乾いていく。
その姿はまるで、戦いなんてしていなかったようだ。
「声が出ないままだ? 治るんじゃねぇのかよ」
そう言ってビクターは、シェナの喉に触れると再び辺りを観察する。
「……ジェドは!?」
フィオが慌てると、遠くで何かが水を激しく弾く音がした。
恐らく湖に繋がっているであろう先で、剝き出た岩からジェドが顔を出す。
眠っているところ、どうやら水中に沈んで溺れかけたようだ。
彼は忙しなく周囲を見渡すと三人に目が留まり、すぐさま激しいしぶきを上げながら駆ける。
「もう帰れんのか!?」
「いや。シェナの声がまだだ」
「は!?」
ジェドがシェナの喉に慌てて触れる。
その力は強く、やや締め付け気味になっており、シェナは目を尖らせて彼の手を引っ叩いた。
「リヴィアは!?」
焦るジェドに三人が肩を竦めた時、小さな声が風に乗って聞こえてきた。
囀りにも思えるそれは、徐々に何かしらの言葉になって聞こえてくる。
するとシェナが、森を指差した。
皆は振り向くと、揺れる水面の光を受ける大木の枝に腰を据え、白い足をふわふわと揺らしながら歌う精霊がいた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します