(2)
「やかましい……」
魔女の体から炎が引き、苦痛に満ちた濁声が空気を震わせる。
「小癪な……愚かな……忌々しい人間の分際が!」
全身が焼け焦げても尚、ただれた斑模様の皮膚に黒い血を伝わせながら、淡い紫に灯した杖を大きく宙に振り上げた。
だが、間髪入れずに竜の青い眼光が、その場を明々と照らして包む。
強過ぎるそれに目が眩み、痛く、手や腕で遮るのだが、容赦なく瞼の裏まで入り込む。
魔女はまるで、その眼光に全身を締め上げられるような感覚に陥り、声を上げて苦しみ、蹲る。
竜はその隙を窺うと眼光を抑え、髭を操り始めた。
球体型鉄格子の中で、三人に抱き寄せられていたリヴィアとジェドをそっと引き上げる。
ジェドが地面に下ろされるも、リヴィアは掴まれたままだった。
三人は彼女を受け止めようとするが、竜は彼らに引き渡す事をせずその場から遠ざかってしまう。
シェナは離れていく竜を引き止めようと手を伸ばすが、竜は、辺りに立ち込める濃い灰色の靄の先に、リヴィアと共に呆気なく消えてしまった。
「どうして……」
フィオは不安と恐怖に満ちた声で呟く。
ビクターも不安に目を震わせながら眺めていたが、すぐさま横たわるジェドに振り向く。
何か異変が起きている事に気付いた彼は、目を見開くとジェドの体を叩いた。
「ジェド起きろ!」
その声にフィオとシェナがしゃがんだ。
ジェドの服は電流で焼け、部分的に裂けている。
激しい火傷によって流血もしていたが、今はその傷がどこにも見当たらない。
また、竜の眼光を浴びる前よりも顔色が良くなっていた。
「返事してよ!」
フィオは、ジェドの頬を必死に叩きながら叫ぶ。
ビクターは彼を背中から起こし、座位を取らせると更に揺さぶった。
そしてようやく、彼は薄目を開いていく。
シェナはそれに気付くとすぐさま彼の背後に回り、ビクターを無理やり退かすと力強く背中を引っ叩いた。
「てっ!」
その声にフィオが感涙し、彼を抱き締める。
そこで、後の三人も気付いた。
これまでに負った傷が、すっかり完治している。
「いつまでも……おめでたい奴らだ……」
竜の眼光の苦しみから抜け出た魔女が、濁声を地に這わせる。
震える身を起こすと、端に虚しく転がる先端が折れた杖を取り、四人に激しく牙を剥いた。
黒と青の血で全身が汚れ、ローブは完全に焼失し、まるで人間の血を浴びたような赤黒い衣姿で、こちらを睨め上げる。
肌の爛ただれが一層、奇怪さを強調させていた。
その姿に四人は怯むも、意を決して立ち上がる。
ビクターは魔女に視線を向けたまま、地面に転がっていた下部の槍を拾そっとい上げた。
フィオはその剣を、ジェドは自分の槍を、シェナはナイフに力を込める。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します