(20)
「失くすな!」
ジェドがシェナに放つや否や、魔女に鉄格子へ薙ぎ払われ、中のリヴィアに衝突した。
フィオとビクターの叫び声は、魔女の濁声に掻き消される。
「それがないから何だ! 代替はいくらでもある!」
魔女の嘲笑と共に、辺りの装置が塔を揺らした。
足元から白光を上げ始めた時、ビクターが怒りに身を任せ、端で興奮しながら騒ぎ立てる敵の裾を引っ張り、横転させた。
透かさずライフルをその口に捻じ込むと発砲し、そのまま杖を突くように体を支え、ようやく立ち上がる。
フィオが涙目で魔女を睨み、引き抜かれ落ちていた矢を拾って投げつけた。
しかし魔女は見向きもしないまま、それを呆気なく払い除ける。
「シェナ来て!」
フィオは足を引きずりながら、窓に上った彼女に両腕を広げる。
だがシェナは何も言わず、体を外に向けてしまう。
何をしようというのかと、ビクターは胸がざわついた。
「止めろシェナ!」
シェナは無言のまま、傍で動揺する二人に肩越しに微笑んだ。
大きく見開かれた、怯えながらも何かを決心した眼差し。
彼女は一つ頷くと、跳び下りた。
フィオの叫び声が遥か彼方に遠ざかる中、手足を宙に激しくバタつかせる。
光を手放すまいと、固く握っていた。
取り出されたこれを、魔女は相当欲しがっていた。
それにあの時、リヴィアは言っていた。
“特殊な血や魔力と……己の魔力を併合させる事で生まれる新たな力は……欲望のままに扱える……”
ならば――
ふと、一か八かに賭ける恐怖に涙が滲む。
その一粒一粒が、思い出を浮かび上がらせた。
下から上に全身を這う風に、その日々が乗せられて消えていく。
いつか、声が出せず話せなかった。
見知らぬ島に流れ着き、見知らぬ人々に心底恐怖した。
自分が何処の誰かも覚えていない。
その怖さ故に喉を縛り付けられ、誰とも会話ができなかった。
でも、誰も拒絶しなかった。
自分を家族として迎え入れ、友達ができた。
数々の愛おしい顔が、勢いよく天に吹き飛んでいく。
(大丈夫……あたしは皆がいる……)
大きな不安と願いは、大粒の涙に変わる。
それを振り払うと、視線は塔の麓で島の崩壊に狂い鳴く竜に向く。
竜は、間もなく落ちる彼女に気付いて顔を上げた。
僅かに残る魔力を青の眼光に灯すと、首が伸び、口を大きく開ける。
シェナは、光を放り投げた。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します