(6)
フィオは桟橋の先で小さく座っていた。
ゴーグル越しに、真っ暗な西を見つめている。
こちらは雨が止み、雲の厚みが和らいできているというのに、一体どうしてあの島だけ別世界のようになってしまったのか。
黒い波の音が、やけに胸の奥まで響いてくる。
まるで恐怖が押し寄せるような感覚だ。
風は再び冷たくなっている。
いつもと違う不気味な感覚に肌が粟立つところ、静かに両腕で包み込んだ。
シェナは桟橋へ向かう途中、漁船へ魚を貰いに行く親子に足止めを食らっていた。
「何処行くの?」
「うろうろしてっと、うみのあくまにたべられっぞ」
「ないわね」
小さな少年の発言を適当に流すも、声をかけた彼の母親は再び行き先を訊ねる。
彼女は、シェナの荷物が気がかりだった。
「秘密基地の様子を見に行きたいの……」
とんでもないと、少年の母親が言いかけた時
「あ、ビクター!ジェド!」
少年が明るく声を放った。
シェナがそれを振り返りながら、荷物を持つ手に力を込める。
その途端、駆けつけたビクターがシェナの腕を勢いよく引き、その場を走り抜けた。
「あー早くしねぇと!
フィオの家が嵐で荒れてんだってよ!
おっかねぇ!」
親子が再び皆に声をかけようとするが、後から駆けてきたジェドがその視界を遮る。
彼は何も言わず、先に行く二人の後に続いた。
シェナは体が大きく足が速いビクターに引かれ、躓きそうになるのをどうにか維持している。
颯爽と林を駆け抜けていく最中、雨に濡れた草木が雫を散らした。
「フィオの家、そんな大変なの!?」
「んなわけねぇだろ」
ジェドが背後から言う傍ら、ビクターは面白がっていた。
蹴られた砂が草木に激しく当たる音に、装備が激しくぶつかり合う音も重なる。
目を閉じて耳を澄ましていても、唸り声は聞こえない。
一体何の音なのか。
声ならば、誰のものなのか。
誰もいない筈の西を見て、フィオはじっと考えていた。
その静寂はやがて、背後からの騒音に搔き消される。
「急げ!早くしろ!」
ビクターはフィオを急かしながら、自分のジェットスキーに乱暴に荷物を載せると颯爽と席に跨る。
あまりに急な皆の合流に、フィオは慌てて立ち上がった。
ジェドは早くもエンジンを鳴らしている。
「ちょっと待ってよ!」
シェナは息を整える間も無い事に苛立った。
「どうしたのよ一体!」
フィオがシェナの荷物を半分取りながら、エンジン音に負けずに声を張った。
「あいつ適当な事ほざくから、誰か追っかけて来そうなんだよ」
ジェドはゴーグルをかけながら答えた。
それは困ると表情で訴えたフィオは、シェナの支度を急いで手伝った。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します