(18)
フィオは四つん這いに身を起こし、荒々しく息をしている。
ジェドがその肩に触れるも、その僅かな接触すら激痛を催し、叫んでしまう。
「抜いっ……てっ……抜いてっ……!」
フィオは小刻みに呼吸し、涙ぐんで訴える。
息を呑み、痛みを懸命に食い縛ろうとしていた。
「だいっ……だ、大丈夫っ……だからっ……
早っ、早くっ……! 早くしてっ!」
速まる鼓動が抑えきれないまま、ジェドは暫し目を閉じ、息を整える。
そして彼女に刺さる矢を握った。
ビクターはその光景を横目に歯を鳴らし、魔女に向かって震える照準器を覗いた途端、杖の先が花開くように広がると、シェナが呆気なく落下した。
声を上げる間もなく視界に飛び込んだのは、金色の光を滲ませた球体。
杖の先で、まるで炎のように美しく揺らぎ、ぼんやりと浮かび上がるそれは見るからに温かい。
「シェナ!」
ビクターが叫んでも、返事はない。
魔女は己から光を消すと、本来の声に戻った。
頭を垂れて静止していた下部は目を赤く灯し、魔女の周りで騒ぎ立ててはフィオとビクターに攻め寄る。
「お待ちかねだよ女王陛下。
貴様が命乞いした連中と来たら、笑っちまう。
自ずと血を捧げに来たぞ」
魔女は言いながら、鉄格子の中で開眼したまま動かないリヴィアの顎を引っ掴み、嘲笑う。
「リヴィアを放せこの蛇野郎!」
ビクターは背中の激痛に息を荒げながら怒号を放った。
その直後、矢を引き抜かれたフィオの叫び声が辺りを埋め尽くす。
ジェドは抜いた矢を握るや否や、接近する敵を大きく引っ搔くと、深々と胸部を突き刺した。
ビクターがライフルを支えに中腰になったところ、ナイフを抜き、敵を切り付ける。
だが激痛に空振りし、その隙に頭を殴打されると激しく顔から倒れた。
ジェドがビクターに駆け寄ろうとした時、不意に足元から蔓が伸びると行く手を阻まれる。
腰の高さにまで伸びたそれは荊と化し、ビクターとの間に隔たりができてしまった。
ジェドは怒りに震えながら魔女を睨むも、静かに矢を構えたまま向き合う。
魔女は彼の目の前に浮かんだまま、ただ杖を握っている。
リヴィアの血に染まる蛇の顔が金色に照らされ、露骨に曝け出されていた。
返り血を浴びるその姿は、彼女を連れ去ってからも、もう一悶着あった事を物語っている。
未だ何も仕掛けずに睥睨する魔女。
ジェドは、杖の先端に自然と目を奪われていく。
一体、シェナから何を奪ったというのか。
美しく揺れる金とオレンジが混ざる炎のような球体。
美し過ぎるそれは時折、金の光の強度を増す。
そこからは、微かだが小さな笑い声や泣き声が高くこだまし、耳に流れ込む。
場違いな癒しと温かさは、どういう訳か引き付けようとまでする。
それに気を取られ続けた矢先に何が起こるのか。
油断してはならないと、首を激しく振っては魔女に集中したその時、捉えた最悪の笑みからある事が過った。
金色の球体が何かを察した瞬間、ジェドの矢を握る手が憎悪に震えると首の位置で後方に引かれる。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します