(10)
薄い靄の中、装填口が閉じる音だけが静かに響く。
気味悪くてならない静寂に、自分達のちょっとした声が水面に敏感に反応し、細かな波紋を生む。
フィオが角の傍でしゃがんでいたシェナの肩に触れ、ビクターの腕を優しく掴んだ。
冷たい手は少し震えているが、揺るがない眼差しのまま、皆に頷く。
中腰だったジェドも、怯えるシェナの手を取って立ち上がり、ビクターの肩に手を置いた。
ビクターは、腕をフィオとジェドの背中に回す。
「中の無事が確認できたら合図する。
それから一緒に上げてもらえ」
皆の震える息は、靄を緩やかに歪ませていく。
「あと、使えるもんは片っ端から使え。
リヴィアの斧は無理だったけど、あの小っせぇ連中の鎌は使えた」
「使ったの!?」
フィオとジェドがビクターに目を剥く。
彼は頷くと、続けた。
「もう最後にする……してみせる……いいな」
シェナの目が、緊張に満ちて揺れる。
「さっさと帰って飯食って寝ようぜ……」
ジェドの言葉が、僅かに笑いを生んだ。
とは言え、未だ空腹を感じないのだが。
円陣を解くと、フィオとビクターは待ち構えていた髭をいよいよ握る。
するとそれらは、二人の手を滑って胴体に巻きつき、ゆっくりと浮上し始めた。
真上に見える最初の小窓が、徐々に近付いてくる。
フィオは槍を、ビクターはライフルを構えた。
互いの顔に、早くも長い冷や汗が伝う。
二人は、窓から頭一つ下の位置で止まった。
髭の長さが限界のようだ。
ビクターは窓枠に手を掛けると、髭が解けると同時に何とかそこを攀じ登る。
麓の透明の岩と同様に、塔の全体が薄い水の膜に覆われていた。
滑らないよう、足元に丁度いい凹みを探して身を支える。
そして身を乗り出すと、中を覗き込んだ。
中は真っ暗で誰もいない。
そのままぐっと首を伸ばし、隅々まで目を凝らす。
森に漂う焦げ臭さもあるが、他にも何かが焼けたような、嗅いだ事のない臭みがある。
しかし、それ以外に何もない、まるで空っぽの桶のようだ。
ビクターはフィオを振り返って頷くと、そのまま窓に攀じ登り、両手を伸ばす。
竜の力が弱っており、フィオの位置が若干下がっていたが、彼女も腕を力いっぱい伸ばしてビクターを掴むと、窓枠にしがみついた。
フィオから髭が解かれると、ビクターは彼女の背中の生地を引いて補助し、無事、侵入に成功する。
二人は下に合図を送り、そのままこちらに来るよう促した。
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します