(9)
竜は湖に浮かぶと下顎が浸かるまで沈み、音もなく器用に泳いで進む。
斜めに流れる優雅な波紋を生みながら、漣のような無音の波を立てていく。
安定した速度が保たれ、まるで船に乗っている感覚だ。
辺りに靄がかかる肌寒い空間。皆は身を寄せ合い、接近する薄気味悪い塔に硬直する。
そこへ、フィオが切り出した。
「これ、辿り着いてからどうなるの?」
「……どっか入口でもあるの?」
シェナが角の横からそれらしいものを探り、ビクターは塔の全体を舐め回すように観察する。
今のところ、壁に小窓があるだけで、他に出入りできそうなところは見当たらない。
「まさか登るんじゃねぇだろうな……」
ジェドは嫌な予感を呟いた時、竜が止まった。
太く鋭利な透明の岩に、薄っすらと四人が映る。
滑らかな表面には水が流れており、まるで膜を張っているようで、手足を掛けると滑ってしまいそうだ。
壁に沿って塔をうんと仰ぎ見ると小窓を捉え、皆は顔を見合わせる。
やはりジェドの言う通りなのかと焦ってしまう。
「ねぇ! 他に入り口はないの?」
フィオは竜の頭から鼻筋を這い、目が見えるところまで来て訊ねた。
だが、唸り声などの反応も、これ以上移動する気配もない。
「もっと木登りしておくんだったわ……」
シェナが青ざめて呟くと、髭が二本、皆の目の前に伸びて止まった。
暫し目を瞬く間、その動きの意味を共に察すると、ビクターが髭の先を掴む。
「待って」
フィオは慌てて、彼の背中に伸びるライフルのベルトを引いた。
「一緒に上げてもらいましょ」
言いながら、彼女はもう一本の髭を掴んだ。
「一人で行かないで」
いつも我先にと出るビクターは、何に置いても手本になってくれていた。
しかしこの状況に置いてまでそうするのは、きっと違うだろう。
いつもの遊びや悪戯ならば笑って見ていられるが、今の彼は、友達の為に体を張って先陣を切っている。
それが分かるほどに、酷く怖くなった。
ここにいる誰よりも年長だが、大人ではない。
彼がいつでも先に行く事を、当たり前にし続けてはならない。
ビクターはしばらくフィオを見てからふと笑い、頷く。
「入る前にちゃんとよく調べろよ」
ジェドは言いながら、持っていた唯一の弾薬箱を彼に渡した。
「お前の方が上手い……」
ビクターは静かにそれを受け取ると、ライフルに装填していく。
そこへ、シェナの不安気な声が小さく転がった。
「もう帰れる……?」
大海の冒険者~空島の伝説~
後に続く
大海の冒険者~人魚の伝説~
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって完全閉幕します