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悪魔皇帝は玉座に座らない  作者: はむだんご
第三章 タイムステラに捧ぐ
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凶星


(最悪だ……)


 500年の時を経て再び目覚めた厄災を前に、俺の背筋を冷たい汗が伝う。


「……」


 無表情、無感動。ただ静かに宙に浮くその存在は、無機質な視線で俺たちを射抜いている。


 ――薄ら寒い。


 俺は、以前相見えたときと、まったく同じ感情を抱いた。


 地に落ちた結晶が完全に輝きを失い、ラプティエルは瞳を残してその身を闇の中へと紛れさせた。


「――っ!大光玉、設置!」


 俺は咄嗟に、大量の魔力を込めた光源を打ち上げた。まばゆく光るそれは、擬似太陽として空洞内のほとんどを顕にする。


「ナイス!」


 それを合図に、アヤカが疾風となって駆ける。そして腰につけたアイテムボックスから、身の丈に迫る大太刀を取り出し、構えた。


「――行くよっ!!」


 アヤカが叫ぶ。刀身に黒金の雷が奔り、バチバチと空間そのものを軋ませるように魔力が凝縮されていく。


 対するラプティエルは、その閃光に目を細めることすらなく、悠然と臨戦態勢に入る。


 すると、彼女の周囲に九つの魔力球体(オーブ)が召喚された。それを見て、俺の口からギリリと音が鳴る。


(目覚めたばっかだけど、やっぱり使えるのか……!)


 惑星のように公転するそれらは、各々が特殊な属性魔力障壁を生み出すものだ。


 火、水、土、風、光、闇、幻惑、時空、虚無――これら全属性の魔力を同時に叩き込み、その悉くを相殺しなければ本体には届かない。これが、ラプティエルを倒せる人物が俺だけだった理由である。


「走れ迅雷、轟け金雷――」


 だがそれは、俺がかつてマクス・マグノリアとして生きていた時に限られた話だ。


 500年前に俺が死亡した後、調和の女神ヴァルディニアは助けを求めた。その願いを聞き届けた異世界の神は、女神の力の一部譲渡を条件に、この世界に一人の少女を降臨させた。


「切り裂け――――烈華天雷!!!」


 その少女こそ、今眼前で大太刀を振るう金雷の勇者――アヤカ・ツワブキである。


 操る雷は、この世界の概念にはない、異世界の神の力だ。すなわち、ラプティエルの障壁では阻めないということ。


(……すげぇ)


 黒金色の雷を纏った大太刀と、魔力球体から展開された九色の壁がぶつかり合い、激しい光で空洞内を塗りつぶす。


「――はああああああああ!!」


 アヤカの気迫に満ちた叫びが響き渡る。


 やがて閃光が収まると、アヤカの振り抜いた大太刀は、確かにラプティエルの壁を全て切り裂き、その奥にいる本体へと到達していた。


 だが――


「――後ろッ!」


 俺の警告と、アヤカが振り返るのはほぼ同時だった。


 ラプティエルは無傷のまま、アヤカの背後に佇んでいた。得意の時空魔法で、攻撃が到達する寸前に位置を入れ替えたのだ。


 アヤカは即座に反応し、体を捻って薙ぎ払う。しかし、雷を纏った刃が空間を切り裂くだけで、その手応えはない。ラプティエルは再び姿を消し、今度は俺たちの頭上、遥か高みに現れていた。


 アヤカの忌々しげな舌打ちが響く。


「相変わらずすばしっこいな……!封魔剣もないからキッツい!!」


 大太刀を構え直すと、再び彼女の猛攻が始まった。雷鳴を轟かせながら地を蹴り、ラプティエルを追う。大太刀から放たれる雷の斬撃が縦横無尽に駆け巡り、障壁を切り裂くが、ラプティエルはそのことごとくを時空魔法で回避し続ける。もちろん、ラプティエルも隙を突いて空間断裂の斬撃で対抗している。


 二人の戦いは、常人には目で追うことすら叶わない、まさに神々の領域だった。


(……大丈夫、ちゃんと見えてる)


 だが俺も、その領域に片足を突っ込んだ一人である。


 これがモンステラにいた頃の俺であれば蚊帳の外だっただろう。しかし、世界樹の種子(アストラルシード)を芽吹かせ、神となった今は違う。


「来い、宝杖ソラバナ」


 亜空間倉庫から、俺が最も信頼する相棒を呼び出す。先端に空色の宝玉が収まった長杖だ。相変わらず今の俺では少し不格好だが、それでもこいつが一番手に馴染む。


 戦況は膠着していた。アヤカの猛攻はラプティエルの障壁を貫き続けるが、本体を捉えきれない。このままではジリ貧だ。


「アヤカ様、私も行きますッ!」

「――え?」


 俺はソラバナを握りしめ、自己強化を施して地を蹴った。


 狙うはラプティエルの障壁。過去、一度敗れた俺が、雪辱を果たすために編み出した対抗策。


 魔力を注ぎ込み、練り上げる。


 そして――


「いけ――白妙(しろたえ)九ノ花(ココノカ)!」


 俺の詠唱に応じ、空色の宝玉から魔力の花弁が奔流となって放たれる。


 そして、ラプティエルの軌道をなぞる九つの魔力球体(オーブ)と、俺の魔法が衝突する直前――奔流は九つに分かたれ、それぞれの障壁を完璧に相殺した。


 ラプティエルを包む絶対的な守りが霧散する。その隙を突き、魔法の本体である対消滅性魔導砲(徒なる六ツ花)が殺到する。


「……」


 だが、ラプティエルは表情一つ変えず、その一瞬で俺の攻撃線上から姿を消していた。俺の攻撃は虚しく空を切り、障壁は瞬きする間に再生されてしまう。


「くそっ……!」


 口から、ギリリと音が鳴る。


(……これでもダメか)


 転移を封じたいが、魔法は障壁に阻まれる。だから障壁を無効化したいが、それをしているうちに逃げられて態勢を立て直される。戦う前からわかっていたが、今の俺でも、ラプティエルには届かない。


(権能さえ使えれば……!)


 ないものねだりの一つもしたくなるものだ。






「今のは……?」


 ラプティエルの意識が俺に向いているその一瞬、アヤカは先ほどの光景を不思議に思っていた。


(障壁、一瞬だけだったけど……なくなってた?)


 目の錯覚かと考えたが、ラプティエル側に避ける理由がそれ以外に見当たらないのだ。


(おじさんは、どう思う?)


 心の中に問いかける。だが、返事はない。返事はないが、今はそんなことを気にしている場合じゃないと、おじさんはそう訴えているような気がした。


「うん……そうだね」


 今は、目の前の戦いに集中しないといけない。






☆★☆★☆






「カワイ子ちゃん!私に合わせてッ!」

「――はい!」


 俺とアヤカはその後も果敢に攻め続けた。彼女が障壁を無視して斬りかかり、俺が障壁を無効化して魔法を叩き込む。


 だが、全てあと一歩のところで回避されてしまう。そして、その一歩が絶望的に遠い。


「……」


 攻めあぐねる俺たちに対し、ラプティエルが反撃に転じた。


 無数の空間断裂の斬撃が嵐のように吹き荒れる。俺は咄嗟に結界魔法を展開するが、アヤカは避けきれず、大太刀で受け流したその腕から血が噴き出した。


「アヤカ様!」

「――大丈夫ッ!平気だよ!」


 その顔を見ればわかる、明らかに強がりだ。俺はアヤカに回復魔法をかけようとする。


 だが、ラプティエルは、待ってはくれない。おぞましい魔力が増幅し始めている。間違いなく、今のよりも激しい攻撃が飛んでくる。


(まずい、押し切られる!)


 俺は回復魔法をあきらめ、アヤカの手を握ると――咄嗟に幻惑魔法を使用して透明化した。




「……っ」




 その瞬間、ラプティエルの動きが初めて、明確に止まった。


(え?)


 今まで無感情に攻撃を処理していた彼女が、わずかに戸惑いを見せている。


(まさか、見えてないのか?)


 幻惑属性の障壁があるにも関わらず、幻惑耐性を持っていない?


 いや、今、理由は重要じゃない。ラプティエルが俺の幻惑魔法を見抜けない――その事実をどう利用するかだ。


 ひとまず、アヤカに回復魔法をかける。


「あ、ありがと……これは、どうなってるの?」

「幻惑魔法で透明化しています。あいつ、耐性ないみたいです」


 アヤカの瞳に、一瞬だけ希望の光が宿る。


「……カワイ子ちゃん、私がでっかいのをお見舞いする。500年前に封印するとき使ったやつだよ。合わせてくれる?」


 その提案に、俺は即座に頷いた。断る理由はない。


 アヤカは大太刀をアイテムボックスへ戻し、片方の手を天へと向けて詠唱を開始した。


「世界を超越し、神威よ応え給へ――」


 アヤカの周囲に膨大な魔力が渦巻く。その密度は、ラプティエルに勝るとも劣らない。


 だが、ラプティエルは気付かない。未だ周囲を警戒し、その場を動く様子はない。


「――万象を裁く原初の雷を、今此処に顕現せよ!」


 アヤカが俺の握る手に力を込めた。その合図に、俺も魔力を練って合わせる。


 準備ができ、俺も強く握り返した。


 そして、アヤカが極大魔法を完成させる、その瞬間。


「――白妙の九ノ花!!」


 吹き荒れる魔力の花弁がラプティエルを襲う。


 不意を突かれ、避け損なったラプティエルの肩を、俺の魔法が貫く。


 それでも、ラプティエルは瞬時に身を翻し、魔法の出どころに向けて斬撃を飛ばした。


 しかし、そこに俺たちの姿はない。見えていないわけではなく、本当にそこにいない。




 なぜなら、俺が魔法を放った瞬間――ラプティエルの背後に転移したからだ。




「これで終わり! 」




 転移とほぼ同時。完璧なタイミングで、アヤカの魔法は放たれた。




「――原初の裁雷、アルファ=ケラウノス!!!」




 ――轟音。


 空洞内全て染め上げるほどの黒金色の雷光が、無防備なラプティエルを呑み込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 俺とアヤカは固唾を飲んでその光景を見守る。


 やがて光が収まり、もうもうと立ち込める煙が晴れていくと――そこには、左腕を失いながらも、なお佇むラプティエルの姿があった。


「「――っ!?!?」」


 初めて明確なダメージを与えた。だが、俺たちの顔に浮かんだのは絶望だった。


 ラプティエルの纏う魔力の質が変わる。今まで感じたことのない、底知れない怒りと破壊の意思が、凄まじい圧力となって俺たちを襲った。


「まずい……!」


 アヤカが戦慄の声を漏らす。俺たちは、最悪のスイッチを押してしまったのだ。


「カワイ子ちゃん、逃げて!」


 アヤカが決死の形相で叫んだ。


「――“継承者“を連れてきて!」


 一瞬躊躇するが、彼女の覚悟に満ちた瞳を見て、俺は頷くしかなかった。


 だが確かに、今のままでは勝ち目はない。グァト戦で見せたクロネの力があれば、もしかしたら……


 そう考え、心苦しいが、アヤカを残して転移を試みる。しかし――




――バチンッ




「な!?はじかれたっ!?」


 間違いない、妨害されている。ラプティエルは俺が時空魔法を操ることに気付き、手を打ったのだ。


「……くっ!」


 背を向け、入口の扉へと全力で走る。


 だが、おかしい。走っても走っても、扉との距離が一切縮まらない。むしろ、遠のいていく。


「――なんだ、これっ!!」


 思わず叫ぶ。だが、この現象の正体にはすぐ気づいた。


(いや、そうか!自己定義空間魔法だ!)


 空間そのものを拡張しているのか!こんな使い方が……!




 絶望する俺の目の前に、音もなくラプティエルが現れた。無言のまま、その手が振りかぶられる。




「――っ!?」




 俺は間一髪でその斬撃を回避した。




 ――だが、甘かった。




「カワイ子ちゃん、後ろッ!!」




 アヤカの悲鳴が聞こえる。




「――え」




 回避した直後、背後から――俺のすぐ真横を、もう一つの斬撃が通り過ぎて行った。




 転移する前に、こちらに向けて放っていたのだ。




 視界が、やけにゆっくりと動く。世界から音が消え、目の端に鮮やかな赤が散った。




 そして、くるくると宙を舞う腕が見え、それが自分の右腕だと認識すると同時に、俺の意識は暗転した。 


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