大丈夫、その方が興奮するから
列車が線路を踏み鳴らし、心地よい音と振動を発していた。
「モンステラ、もう見えなくなっちゃったね」
車窓から外を眺め、少し寂しさが混じった声を溢したクロネ。
「んぅ……そうだな」
向かいの席に座って窓枠に肘をかけ、同じように流れる景色を眺めていた俺は気の抜けた返事をした。
「……?元気ないね」
「まあ、な」
頭の中にあるのは、綺麗な景色に対する感動……ではなく、モンステラでの後悔だった。
レーネルに負けない強さを手に入れるために経験値稼ぎをしにきたわけだが……
初戦は気配を殺していた魔物に殺されかけ、その後次元跳躍の魔女の罠を誤起動して死にかける。
さらにウォーカー姉妹と出会い、調子付いていたところにグァトとかいう化け物が現れて、死にかけるどころか大陸が滅びかけた。
そしてこれら全てを尻拭いしたのは、間違いなくクロネだという事実。
「ははっ、俺YOEEE……」
マジで連れてきて正解だった。こいつがいなかったら命がいくらあっても足りなかった。
(はあぁ、自信失くすわぁ……)
ここ1週間で成長したのは間違いない。
だがレーネルとの実力差は縮まるどころか、むしろ広がったと感じている。
というのも、グァト戦の最後――キルフの放った巨大な火柱を見て気づいてしまったのだ。
――あいつらがこの500年で成長していないわけがないのだと。
少なくとも俺の知るキルフは全力を出しても十分の一程度の威力しか出せなかったし、ミランの回復魔法なんて射程10センチである。
ずっと引き籠もっていてイレギュラー戦に参加していないミランですら目に見えて強くなっているのだ。レーネルの強さが500年前のままだなんてあり得ない。
「はああああぁぁ……」
遠い、遠すぎる。
(ていうか、500年の差を埋めるとか不可能では?)
例え効率よく成長できたとしても100年はかかると思う。その間正体を隠し続けるというのは非現実的だ。
うん、絶望しかないな。
「大丈夫だよヴェール」
クロネは項垂れる俺に励ましの声をかけた。
「言ったでしょ?――私がおもりしてあげるって」
「おもりゆーな、俺は赤ちゃんか!?」
「似たようなものじゃん」
こ、こいつ……!
「そんなことよりさ、これ見てよ」
「そんなことって……」
クロネがスマホを操作し、画面をこちらに向けた。
「私たち有名人」
「ああ、これか」
表示されていたのはニュースサイトのとある記事。
内容としては、EXランクのアッシュとチュリンに混じって新人二人が大活躍し、その一方はなんと悪魔だったというものだ。見出し下の画像には、俺たちがキルフとミランから感謝状を受け取っているシーンが載せられていた。
まあ世論的には、俺たちのことよりもミランの方に関心が向いている。何と言っても普段表に出てこないミランが姿を現し、権能まで駆使してモンステラを守ったともあれば当然の反応である。
ツイツイのタイムラインを見ても、ミランを生で見れた人羨ましいだとか、権能を直で見た感想やらで大盛り上がりだ。
まあそれはいいとして……俺は先程から気になっていたことを聞いた。
「てか、嬉しそうだなお前……悪魔バレ嫌がってなかったか?」
「ん?ああ、もうその必要はなくなったからね」
クロネは他の乗客を流し見る。
「この国の人たちは悪魔のこと、本当は嫌いなんだと思ってた。好きなフリしてるだけだって思ってた」
「……」
「でも違った。皆、心の底から悪魔が大好きなんだって教えてもらった。だったらもう隠さなくてもいいかなって」
「……そっか」
こいつの中で気持ちが整理できているのなら、とやかく言う必要もないだろう。
「しかし、印象大分変わったなお前」
「印象?」
「よく笑うようになった」
「んー……気のせいじゃない?」
「お、おう」
クロネは否定するが、声の弾み具合からして無理があると思う。
「――ねえねえヴェール」
俺が窓の外に視線を戻すと、クロネが声をかけてきた。
「なんだ?」
「んーん、なんでもない」
「……はぁ?」
なんだこいつ。
「へへー♪呼んでみただけー」
……だからそういうとこやぞ。
言ったことないだろそんなセリフ!出したことないだろそんな声!
人格三重くらいないかこいつ。精神大丈夫そ?
「えへへ」
……なんて、この破壊力抜群の笑みを見ていれば、そんなツッコミも口にする気力がなくなるというものだ。
「……はぁ」
「どうしたの、ため息なんかついて」
「誰のせいだ誰の!」
「ふふっ、ごめんごめん。一度やってみたかったからつい」
でも……と続けてクロネは可笑しそうに笑った。
「――ヴェールがそんな顔するから悪いんだよ?」
「はぁ……顔?」
「気付いてないの?顔赤いし妙にポワポワしてるし、端的に言って――エロい」
「――エロッ、はぁっ!?」
急になんつーこと言うんだこいつは。
「色気やばいし、正直誘ってるようにしか見えない」
クロネは立ち上がり俺の肩に手を置くと、蠱惑的な笑みを浮かべて舌なめずりした。
俺は初めて見るクロネの表情に、不覚にもドキリとしてしまう。
「――お、おいっ!落ち着け!」
「とか言って、ほとんど抵抗しないじゃん」
あ、あれ?クロネってこんな力強かったっけ?
「はぁ……はぁ……待って、皆見てるって」
「大丈夫、その方が興奮するから」
「おい変態!マジで落ち着け!?」
ダメだこいつ目がイってやがる。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい!)
このままじゃ、喰われる。
なのに体は言うことを聞かない。
頭が霞がかったように思考がまとまらない。
クロネの瞳から目を背けられない。
「はぁ……はぁ……待って、ホントに」
「ふふっ、それはできない相談かな」
クロネの整った顔が近づいてくる。
心臓の鼓動がバクバクとうるさい。今にも張り裂けそうだ。
「く、くろねぇ……」
「可愛いよヴェール。食べちゃいたいくらい」
頬を優しく撫でられ、そのまま顎をくいっと持ち上げられる。
「ぁ……」
「それじゃあ――いただきます」
鼻と鼻が触れ合う。
そして――
――ドクンッッッ!!!
「――ひゃあっ!?」
俺とクロネの間にまばゆい光が生まれた。
突然の出来事に、驚き飛び退くクロネ。
そして、俺は俺で驚いていた。
(……あれ?)
一際大きく心臓が跳ねたかと思うと、先程までの“動悸“が嘘のように消えており、入らなかった力も元に戻っている。
思考もスッキリしているし、なんなら過去一番の冴え具合である。
(なんだこれ、すげぇ)
体の奥底から無限のエネルギーが湧いてくる。そんな感覚だった。
俺はクリアになった脳で、たった今起きた出来事について考えた。
先当たっては、目の前でふわふわと浮かんでいるこれだろう。
(宝石か……?)
雫形をした宝石のようなもの。色は翡翠のように見えるが、角度を変えると何色にも変化する。
閃光とともに俺の体から出てきたこれをまじまじと見つめていると……
「世界樹の、種子……っ!!」
クロネがポツリと呟いた。
そして、宝石を忌々しそうに睨んでいる。
「クロネはこれが何か知ってるのか?」
「……うん、知ってる」
怒りの籠もった震える声で続けた。
「――私とヴェールの仲を引き裂いたクソゴミでしょ」
「……は?」
何を言ってるんだろうこの人。
「クソッ、クソッ、クソッ!!あとちょっとだったのに!!最高のシチュだったのに!!もうこんなチャンス二度と来ないのに!!」
「えぇ……」
「ねえヴェールお願い!もう一回!もう一回初めからやり直させて!お願い!!」
「えぇ……」
その後、駄々をこねるクロネを拒み続けたらしばらく不貞腐れて口を利いてくれなくなった。
解せぬ。




