表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔皇帝は玉座に座らない  作者: はむだんご
第二章 私、ようやく――
62/85

心配


――ざわざわざわ


 誰も予想し得なかった参戦表明。その一声に、この場は異様な空気に包まれていた。


「――えっ、クロネさん……?」


 ミランが驚いて声を上げる。彼女の反応も無理はない。クロネという人物を少しでも理解していれば、このセリフには違和感を覚えるはずだ。


 だが、モンステラに来てからの彼女を知る俺にはわかる――


 ――冗談でもなんでもなく、本気で言っているのだと。


 クロネはゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。


「……別に、問題ないよね?」


 紫紺の瞳が怪しく輝き、ミランを見つめながら問いかける。


 それに対し、ミランは――


「……え?なっ――!?」


 クロネの瞳を見て激しく狼狽していた。その驚きぶりは、一目でただ事ではないと理解できるほどだ。


(ミラン……?)


 俺は小声で呼びかけたが、ミランは驚きのあまり気付かない。


 二人が見つめ合い、冒険者たちのざわめきだけが聞こえる中、一人の人物が声を張り上げた。


「――何考えてるのよあんたっ!?」


 人垣をすり抜けて飛び出してきたのは、血相を変えたエルフの少女――ルピカだった。


 クロネは面倒くさそうに顔をしかめて振り返った。


「……なに?」

「なに?じゃないわよっ!バカなの!?死ぬわよ!?」


 そうまくしたてるルピカに、クロネは露骨に不機嫌な顔を見せた。


「……(ワレ)が死ぬ?ありえない」

「はぁっ!?どっから湧いてくんのよその自信は!?」


 ルピカの声がさらに大きくなる。






「――Aランクのあんたが勝てるわけないでしょっ!!!」






 その発言に周囲は再びざわめき始めた。何故Aランクの者が逃げておらず、この場にいるのかと。


 クロネは苛立たしそうに言い返す。


「……チッ、勝手に決めつけないで。お前に(ワレ)の何がわかる」

「わかるわよっ!だって私は――!」

「……はぁ、もういい、時間の無駄」


 クロネはルピカの言葉を遮り、一方的に会話を打ち切った。そして再びミランの方へと向き直る。


「……それで、どうするの?ミラン」


 その問いかけにミランはハッとする。今の今まで驚き固まっていたらしい。


「――ちょ、まだ話は終わってないわよ!?てか敬語使いなさいよあんたっ!?」


 クロネにツッコミが止まらないルピカ。しかしクロネは反応しない。


「無・視・す・ん・な〜〜〜!!」


 痺れを切らしたルピカがクロネを揺さぶり始める。


「……っ」


 無視し続けていたクロネだが、流石に限界が来て今にも怒りが爆発しそうになっている。


 そこへ――


「――あ、あの!」


 ミランが震える声でルピカに話しかけた。


「……ふぇ?みみみミラン様!?」


 予想外の出来事にパニックに陥るルピカ。


「えっと……ルピカさん、でしたよね?」

「はははははいっ!」

「クロネさんは、そのぉ……お――」


 そこで言葉に詰まるミラン。顔を赤らめて視線はルピカから外れて地面を向いていた。


「お……お――」

「お?」


 そして、決心がついたのか顔を上げた。




「――っ!“お友達“!!です、の……で……」




「――へ?」


 衝撃の事実にルピカは固まった。周囲の冒険者たちも驚きすぎて唖然とし、声を発せられないでいる。


「……友人じゃなかったらタメ口で話しかけるわけないじゃん。バカなの?」


 クロネはここぞとばかりに溜まった鬱憤を吐き出した。それはもう得意げな顔で。


「んなっ!?ご、ごめんなさ――」


 ルピカは謝りかけたところでハッと気付く。


「――じゃない!あんたどうやって!?羨ましすぎるんですけどっ!?」

「……教えるわけない」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」


 心底悔しそうにするルピカ。しかし、これ以上文句を言うつもりはないようだ。


 ミランは恥ずかしげな顔を真剣なものへ戻し、クロネに話しかけた。


「――クロネさん。ひとつお聞きしたいのですが……」

「……ミランの考えてることで、合ってる」


 クロネはまるで、ミランの質問の内容を理解しているかのように話す。そして続けた。




「――この瞳、この力は……かつて現調停者(ミランたち)が求めていたもの」




「――っ、やはり……代替わりしていたのですね」


 ミランはクロネの発言に納得した様子だった。


「……気づいたのは数日前だけど」

「そうですか……5年前、一体何が――」


 そこまで声に出して、口を止める。


「……いえ、それを聞くのは後にしましょう」

「うん、その方がいい」


 クロネは天を眺めて頷いた。


「――クロネさん。手伝っていただけますか?」

「当然」


 ミランはその返事にホッと胸を撫で下ろした。そして、少し申し訳なさそうな顔でクロネに尋ねた。


「……その、よかったのですか?」


 そんなミランに対し、クロネはくすりと笑う。


「……提案したのはこっちなのに、変なの」

「――あ、そ、そうでしたね……」

「まあ、ひとつ理由を後づけするなら――」

 

 クロネはそこまで言ってから俺の方を見た。


「――友達の頼みを聞くのに理由なんていらない、って偉い人が言ってたからかな」


 ミランは少し意表を突かれたように固まってから、おかしそうに笑った。


「……ふふっ、なるほど。偉い人が言ってたんですね、そんなこと」

「……うん、超偉い人がね」


 二人して俺を見て、クスクスと笑った。


(?????)


 え、俺そんなこと言ったっけ?


 必死に思い出そうとするが、その間に話が進み、戦闘の時間が来てしまったようだ。


 ミランが耳打ちをしてくる。まだ自分で話したくはないらしい。


(……お前、今普通に喋ってたじゃん)


 そう責める視線を送ったが、またしても目が合わなかった。


 仕方ないので、クロネを加えた三人にその内容を話した。


「みなさん、準備が良ければ教えてください。グァトを地上へ下ろします」


 全員が頷いたのを確認すると、ミランは早速行動に移した。


 徐々に地上へ迫りくるグァト。結界越しとはいえ、その圧倒的な威圧感は健在だ。周りを見ても、萎縮してしまっている人が大半だった。


 そんな彼らへ、アッシュが指示を出す。


「――離れていろお前たち。後は俺らに任せろ」


 その一声により、冒険者たちによる壁が取り払われた。


 空いたスペースにグァトが降ろされる。グァトはミランに向けて激昂しており、結界へ激しい攻撃を打ち続けていた。


 俺はグァトから目を外し、三人の方を見て手を差し出した。


「……戦闘準備ができた人から私の手に触れてください。結界内に入った瞬間攻撃されると思いますので、万全の状態でお願いします」


 俺がそう言うと、アッシュが不思議そうな顔をした。


「む、恩人殿も参加するのか?」 

「はい。結界内外は隔離されてますので、転移魔法以外で出入りできません。私も必然的に参加することになります」

「なるほど、それもそうだな。はっはっはっ!」


 軽快に高笑いするアッシュ。その笑い声に、戦闘前の緊張感が少し和らぐ。


「――恩人殿、この戦いが終わったら“色々“聞かせてくれるか?」


 アッシュの聞きたい内容は想像がつく。


 魔法のこととかミランとの関係とか、そういう類いのものだろう。


 だから俺の答えは――


「――残念ながら、あまり話せることはありません」

「……そうか。ははは、それは本当に残念だ。ミラン様をご不快にさせるわけにはいかんし、聞くのは辞めておくことにする」


 その言葉が聞けて安心した。


 やはり、持つべきものは権力者のコネかもしれない。これで根掘り葉掘り聞かれるようなことにはならなそうだ。


「――よし、俺はいつでもいけるぜ」


 各々準備に取り掛かり、最初に終わったアッシュが一番に俺の手に触れる。


 続いてチュリンも、力強く頷きながら触れてきた。


 俺たちは残る一人――クロネに目を向ける。


 彼女はプルトーンMk3の最終調整を、慣れた手つきで行っていた。その顔つきは、普段の気の抜けた表情からは想像できないほど真剣そのものだ。


「――よし」


 調整を終えたクロネがスッと立ち上がる。


「……(ワレ)もいける」


 そして、俺の手に触れようとしたところで――




「――待って!!」




 クロネの背後から大きな声が上がる。ルピカだ。


「……まだ何か?」


 クロネの声は冷たかった。だが、ルピカは気にせず続ける。


「――絶対……絶対っ、死ぬんじゃないわよ!」

「…………はぁ?」


 ルピカの激励に、クロネは心底不思議そうな顔をする。


 そしてルピカの背後を見ると――


「……意味わかんない」


 ――冒険者たち全員、こちらを向いて心配そうに見つめていた。


「…………」


 クロネの顔が不快に染まる。その表情に、ルピカは首をかしげた。


「な、なによ……?」

「……知りもしない他人の心配ばっか。やっぱり、この国の奴ら頭おかしいよ」


 そして、クロネはルピカから目を背け、吐き捨てるように呟いた。





「――気持ち悪い」





「――っ!?」


 クロネのセリフに、ルピカは目を見開いて驚き固まった。


「……行こう、みんな」

「いいのか?」

「うん」


 クロネが手に触れてくる。先程のセリフが気にはなるが、これで準備が整った。


 俺は一度深呼吸を入れ、心を落ち着かせた。


「……カウントダウンで飛びます」

「「「おう!」」」




 各々が、武器を強く握りしめた。




「――3」




 俺もヴァルド=ヘクシルを握る。




「――2」




 俺を握るみんなの手に力が入る。




「――1」




 さあ、ここが踏ん張りどころだ……行こう。




「――転移っ!!!」






 ☆★☆★☆







「……そういう、ことだったのね」


 ルピカは結界内に消えたクロネの残像に目を向ける。 


 その視線には、憂いと哀愁が入り混じっていた。


「はぁ……一人で舞い上がってた私がバカみたいじゃない」


 結界内に視線を移す。


 そして、祈るように呟いた。


「……無事でいなさいよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ