心配
――ざわざわざわ
誰も予想し得なかった参戦表明。その一声に、この場は異様な空気に包まれていた。
「――えっ、クロネさん……?」
ミランが驚いて声を上げる。彼女の反応も無理はない。クロネという人物を少しでも理解していれば、このセリフには違和感を覚えるはずだ。
だが、モンステラに来てからの彼女を知る俺にはわかる――
――冗談でもなんでもなく、本気で言っているのだと。
クロネはゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「……別に、問題ないよね?」
紫紺の瞳が怪しく輝き、ミランを見つめながら問いかける。
それに対し、ミランは――
「……え?なっ――!?」
クロネの瞳を見て激しく狼狽していた。その驚きぶりは、一目でただ事ではないと理解できるほどだ。
(ミラン……?)
俺は小声で呼びかけたが、ミランは驚きのあまり気付かない。
二人が見つめ合い、冒険者たちのざわめきだけが聞こえる中、一人の人物が声を張り上げた。
「――何考えてるのよあんたっ!?」
人垣をすり抜けて飛び出してきたのは、血相を変えたエルフの少女――ルピカだった。
クロネは面倒くさそうに顔をしかめて振り返った。
「……なに?」
「なに?じゃないわよっ!バカなの!?死ぬわよ!?」
そうまくしたてるルピカに、クロネは露骨に不機嫌な顔を見せた。
「……私が死ぬ?ありえない」
「はぁっ!?どっから湧いてくんのよその自信は!?」
ルピカの声がさらに大きくなる。
「――Aランクのあんたが勝てるわけないでしょっ!!!」
その発言に周囲は再びざわめき始めた。何故Aランクの者が逃げておらず、この場にいるのかと。
クロネは苛立たしそうに言い返す。
「……チッ、勝手に決めつけないで。お前に私の何がわかる」
「わかるわよっ!だって私は――!」
「……はぁ、もういい、時間の無駄」
クロネはルピカの言葉を遮り、一方的に会話を打ち切った。そして再びミランの方へと向き直る。
「……それで、どうするの?ミラン」
その問いかけにミランはハッとする。今の今まで驚き固まっていたらしい。
「――ちょ、まだ話は終わってないわよ!?てか敬語使いなさいよあんたっ!?」
クロネにツッコミが止まらないルピカ。しかしクロネは反応しない。
「無・視・す・ん・な〜〜〜!!」
痺れを切らしたルピカがクロネを揺さぶり始める。
「……っ」
無視し続けていたクロネだが、流石に限界が来て今にも怒りが爆発しそうになっている。
そこへ――
「――あ、あの!」
ミランが震える声でルピカに話しかけた。
「……ふぇ?みみみミラン様!?」
予想外の出来事にパニックに陥るルピカ。
「えっと……ルピカさん、でしたよね?」
「はははははいっ!」
「クロネさんは、そのぉ……お――」
そこで言葉に詰まるミラン。顔を赤らめて視線はルピカから外れて地面を向いていた。
「お……お――」
「お?」
そして、決心がついたのか顔を上げた。
「――っ!“お友達“!!です、の……で……」
「――へ?」
衝撃の事実にルピカは固まった。周囲の冒険者たちも驚きすぎて唖然とし、声を発せられないでいる。
「……友人じゃなかったらタメ口で話しかけるわけないじゃん。バカなの?」
クロネはここぞとばかりに溜まった鬱憤を吐き出した。それはもう得意げな顔で。
「んなっ!?ご、ごめんなさ――」
ルピカは謝りかけたところでハッと気付く。
「――じゃない!あんたどうやって!?羨ましすぎるんですけどっ!?」
「……教えるわけない」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」
心底悔しそうにするルピカ。しかし、これ以上文句を言うつもりはないようだ。
ミランは恥ずかしげな顔を真剣なものへ戻し、クロネに話しかけた。
「――クロネさん。ひとつお聞きしたいのですが……」
「……ミランの考えてることで、合ってる」
クロネはまるで、ミランの質問の内容を理解しているかのように話す。そして続けた。
「――この瞳、この力は……かつて現調停者が求めていたもの」
「――っ、やはり……代替わりしていたのですね」
ミランはクロネの発言に納得した様子だった。
「……気づいたのは数日前だけど」
「そうですか……5年前、一体何が――」
そこまで声に出して、口を止める。
「……いえ、それを聞くのは後にしましょう」
「うん、その方がいい」
クロネは天を眺めて頷いた。
「――クロネさん。手伝っていただけますか?」
「当然」
ミランはその返事にホッと胸を撫で下ろした。そして、少し申し訳なさそうな顔でクロネに尋ねた。
「……その、よかったのですか?」
そんなミランに対し、クロネはくすりと笑う。
「……提案したのはこっちなのに、変なの」
「――あ、そ、そうでしたね……」
「まあ、ひとつ理由を後づけするなら――」
クロネはそこまで言ってから俺の方を見た。
「――友達の頼みを聞くのに理由なんていらない、って偉い人が言ってたからかな」
ミランは少し意表を突かれたように固まってから、おかしそうに笑った。
「……ふふっ、なるほど。偉い人が言ってたんですね、そんなこと」
「……うん、超偉い人がね」
二人して俺を見て、クスクスと笑った。
(?????)
え、俺そんなこと言ったっけ?
必死に思い出そうとするが、その間に話が進み、戦闘の時間が来てしまったようだ。
ミランが耳打ちをしてくる。まだ自分で話したくはないらしい。
(……お前、今普通に喋ってたじゃん)
そう責める視線を送ったが、またしても目が合わなかった。
仕方ないので、クロネを加えた三人にその内容を話した。
「みなさん、準備が良ければ教えてください。グァトを地上へ下ろします」
全員が頷いたのを確認すると、ミランは早速行動に移した。
徐々に地上へ迫りくるグァト。結界越しとはいえ、その圧倒的な威圧感は健在だ。周りを見ても、萎縮してしまっている人が大半だった。
そんな彼らへ、アッシュが指示を出す。
「――離れていろお前たち。後は俺らに任せろ」
その一声により、冒険者たちによる壁が取り払われた。
空いたスペースにグァトが降ろされる。グァトはミランに向けて激昂しており、結界へ激しい攻撃を打ち続けていた。
俺はグァトから目を外し、三人の方を見て手を差し出した。
「……戦闘準備ができた人から私の手に触れてください。結界内に入った瞬間攻撃されると思いますので、万全の状態でお願いします」
俺がそう言うと、アッシュが不思議そうな顔をした。
「む、恩人殿も参加するのか?」
「はい。結界内外は隔離されてますので、転移魔法以外で出入りできません。私も必然的に参加することになります」
「なるほど、それもそうだな。はっはっはっ!」
軽快に高笑いするアッシュ。その笑い声に、戦闘前の緊張感が少し和らぐ。
「――恩人殿、この戦いが終わったら“色々“聞かせてくれるか?」
アッシュの聞きたい内容は想像がつく。
魔法のこととかミランとの関係とか、そういう類いのものだろう。
だから俺の答えは――
「――残念ながら、あまり話せることはありません」
「……そうか。ははは、それは本当に残念だ。ミラン様をご不快にさせるわけにはいかんし、聞くのは辞めておくことにする」
その言葉が聞けて安心した。
やはり、持つべきものは権力者のコネかもしれない。これで根掘り葉掘り聞かれるようなことにはならなそうだ。
「――よし、俺はいつでもいけるぜ」
各々準備に取り掛かり、最初に終わったアッシュが一番に俺の手に触れる。
続いてチュリンも、力強く頷きながら触れてきた。
俺たちは残る一人――クロネに目を向ける。
彼女はプルトーンMk3の最終調整を、慣れた手つきで行っていた。その顔つきは、普段の気の抜けた表情からは想像できないほど真剣そのものだ。
「――よし」
調整を終えたクロネがスッと立ち上がる。
「……私もいける」
そして、俺の手に触れようとしたところで――
「――待って!!」
クロネの背後から大きな声が上がる。ルピカだ。
「……まだ何か?」
クロネの声は冷たかった。だが、ルピカは気にせず続ける。
「――絶対……絶対っ、死ぬんじゃないわよ!」
「…………はぁ?」
ルピカの激励に、クロネは心底不思議そうな顔をする。
そしてルピカの背後を見ると――
「……意味わかんない」
――冒険者たち全員、こちらを向いて心配そうに見つめていた。
「…………」
クロネの顔が不快に染まる。その表情に、ルピカは首をかしげた。
「な、なによ……?」
「……知りもしない他人の心配ばっか。やっぱり、この国の奴ら頭おかしいよ」
そして、クロネはルピカから目を背け、吐き捨てるように呟いた。
「――気持ち悪い」
「――っ!?」
クロネのセリフに、ルピカは目を見開いて驚き固まった。
「……行こう、みんな」
「いいのか?」
「うん」
クロネが手に触れてくる。先程のセリフが気にはなるが、これで準備が整った。
俺は一度深呼吸を入れ、心を落ち着かせた。
「……カウントダウンで飛びます」
「「「おう!」」」
各々が、武器を強く握りしめた。
「――3」
俺もヴァルド=ヘクシルを握る。
「――2」
俺を握るみんなの手に力が入る。
「――1」
さあ、ここが踏ん張りどころだ……行こう。
「――転移っ!!!」
☆★☆★☆
「……そういう、ことだったのね」
ルピカは結界内に消えたクロネの残像に目を向ける。
その視線には、憂いと哀愁が入り混じっていた。
「はぁ……一人で舞い上がってた私がバカみたいじゃない」
結界内に視線を移す。
そして、祈るように呟いた。
「……無事でいなさいよ」




