ミラン……お前なぁ
ノールの口から、普段の印象とはかけ離れたセリフが出てきた。それがあまりに衝撃的で、俺は思考が止まっていた。
その間に、ノールはポツポツと話し始めた。
「ごめん、ね……わたし、魔力が、切れちゃって……」
「ん?魔力切れ…………あっ」
俺は一つの可能性にたどり着いた。
「――もしかして、ミランを連れてきてくれたんですか?」
「うん……テレビで、速報が……それで――」
「――あ、無理に喋らなくて大丈夫ですよ!魔力切れ、辛いでしょう?」
魔力切れを起こすと、体を動かそうとすら思えなくなるほどの猛烈な倦怠感と、思考能力の大幅な低下が同時に襲ってくる。そのせいで、さっきからノールの口調が変なのだろう。
俺も魔法使いとして何度も経験したことがあるが、あれは本当に辛い。
「……ありが、と」
「いえいえ。こちらこそ、助けてくれてありがとうございます」
「…………ふぇ?」
ノールの間の抜けた声に、俺は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、どうして不思議そうにしてるんですか?ノールさんが救ったんですよ、この街を。本当に間一髪だったんですから」
「……そっか。それなら、よかった」
安心したように溜め息をついたノール。そんな彼女を見て、俺はミランから受けた頼み事について考えていた。
(ノールさんは現状動けない。どうするべきか……)
この場にいるEXランクと指定されているが、流石にこの状態のノールを連れて行くわけにはいかない。
(となると……あ、そうだ)
俺は一つ思いついたことがあり、それをノールに伝えた。
「ノールさん、お願いがあります」
「……ん?」
「これを飲んで、イベリスという街に行ってください。そこにキルフが向かってるはずですので、回収してきてください」
俺はそう言って、あるものを渡した。
「……これ、は?」
「魔力ポーションです。10分くらいで全快するはずです」
本当は魔力ポーションじゃないけど、それはまあいいだろう。
「それと、ここにスマホ置いておきますので、動けるようになったらこの番号にかけてください。キルフに繋がりますので」
「う、ん……わかった」
「助かります。それではすいません、私はここで失礼しますね」
俺はノールが頷いたことを確認して、転移魔法でその場を去った。そこで俺は、自分の失敗に気が付いた。
(……あ、しまった。飲ませてあげた方がよかったな)
ノールが動けないと分かっていながら、ポンと渡すだけ渡して立ち去ってしまった。
(……いや、流石にヘルメットの中を覗くのはマズイか)
そんなことを気にしていられるような状況ではないのだが、意図的に隠しているであろう顔を、本人の了承もなしに見るのは良心が痛む。
というわけで、顔を見ずに確認できる探査魔法を使って覗かせてもらった。
(――あ、よかった!ちゃんと飲んでくれてる)
ひとまず、あのまま気絶されるという最悪の事態は避けられたようで安心である。
(ノールさんの中の人か……どんな人なんだろう)
先程の喋り方から、クールな振る舞いは演技で、普段は慈愛に満ちた優しい人なんだと思う。
そこで、ふと思った。
(……あれ?そういえば、誰かに似てるような……?)
だが、その“誰か“に合致する人物が分からなかった。
「うーん……」
俺が一つ、唸り声を上げると――
「「――うおぁっ!?!?」」
転移してきた俺に気付かず、会話に花を咲かせていたアッシュとチュリンが驚き振り返った。
「ホワイトイフリート!?お前いつの間に……」
「おおっ!我が娘の恩人じゃないか、びっくりしたぞ」
「あ、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんですが……」
危ない、本来の目的を忘れて考え込んでしまうところだった。
「お二人とも、ミラン様がお呼びです」
「「――っ!?」」
「急ぎなので私がお連れします」
「む?それはどういう――」
俺の言葉に疑問を持った二人だが、無視して手を握り――
――転移した。
「「――なっ!?」」
「――うひゃぁっ!?」
突然、冒険者の輪の中――ミランの目の前に放り出され驚く二人。
そして何故かミランの方も驚きの声をあげていた。そんな彼女に、俺は声をかけた。
「ミラン様、お連れ致しました」
それに対し、ミランは返事する。
「……あ、ありがとう……ございます」
(声ちっっっさ)
近くまで来た俺ですらほとんど聞こえないほどの声量だった。
まあそれはいい。
「ほら、二人に話があるんだろ?」
「…………はい」
俺がミランに耳打ちすると、またもや小さな声で返事した。
「……?」
「……っ」
というか、さっきから挙動不審である。
自分から呼んでこいと頼んでおきながら、一向に話をしようとしなかった。
そんな様子のミランを見て、俺は真実にたどり着いた。
「――あっ!ま、まさか……」
「え、えっとぉ…………」
俺が睨みを効かせると、ミランは気まずそうに目を右往左往させた。
「ミラン……お前なぁ――」
(――こんな大事なとこで“コミュ障“発動させてんじゃねえええええぇ!!!!!)
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!)
俺は頭を抱えた。
(だ、ダメだこいつ……使い物にならん)
さっき、颯爽と現れてグァトの攻撃を防いだときはめちゃくちゃカッコよかったのに……
その功績が全てパーになってしまう程、今のミランの姿は残念なものだった。
(……仕方ない)
「ミラン、俺が話すから伝えたい内容を教えろ。それでいいな?」
「――っ!――っ!」
俺の提案に、ミランは顔が晴れやかになり、ブンブンと首を縦に振った。
情けないことこの上ないが、ここでミランの残念さが露呈して士気が下がるよりはマシだ。むしろ、下々どもに聞かせる声は無いのだと理解させることによって、威厳を持たせられるだろう。
俺は大人しくしてろよとアイコンタクトで伝えつつ、ミランの耳打ちに意識を向けた。
「ごにょごにょごにょ……」
(ふむふむ……まあそうなるよな)
その内容は、おおむね予想通りのものだった。
俺は早速それをアッシュとチュリンに伝えた。
「お二人とも、ミラン様よりお言葉を賜りましたのでお伝えします」
「「――ハッ!」」
言い終えた直後、目にも留まらぬ速さでひざまずく二人。
俺はその突然の行動に驚き、何これと疑問をぶつけるようにミランを見つめた。しかし、ミランは不思議そうに見つめ返してくるのみだった。
(……え、これが普通なの?)
俺はこの状況に混乱しつつも、ひとまず頭の片隅に追いやり、話を続けた。
「……ごほん、単刀直入に言います。EXランクであるお二人には――」
一息挟んで、告げる。
「――結界内でグァトと戦っていただきます」
周囲からどよめきが巻き起こる。
肝心の二人の反応は――
「「御意っ!!!」」
嫌がる素振りなど一つもせず、声高らかに応えてみせた。
そんな二人を見たミランは、再び耳打ちしてきた。俺はその内容を二人に聞こえるように反復する。
「……いいんですか?死ぬかもしれませんよ?」
二人は少し顔を上げると、その表情からは覚悟が見て取れた。
「我がタイムステラ家は帝国の剣。国のため命を賭すことに、何ら躊躇いなどございません」
「私も、タイムステラ家の分家として同じ気持ちでごさいます」
混じりっ気のない本心からの言葉だった。
(忠国心高すぎだろ……どうなってんだこの国マジで)
そう戸惑っていたところで――
「――あ、ありがとう……ごさいましゅ」
なんと、ミランが自分から喋りかけた。……盛大に噛んでいるが。
「〜〜〜っ!!」
顔を真っ赤に染め、手で覆い隠すミラン。威厳もへったくれもなかった。
(失敗するくらいなら黙ってて欲しかったんですけどおおおおぉ!?)
俺の完璧な作戦Aが、早速崩壊してしまった……かに思えたが――
「「勿体なきお言葉、光栄に存じます」」
一切ツッコミを入れることなく、二人はそう応じてみせた。
そして観衆たちも、ミランから感謝の言葉を貰った二人に盛大な拍手を送っていた。
(き、気付かれてない……?よかったぁ……)
実際、最後の方は声がしぼんでいて、俺以外聞き取れていなかったらしい。不幸中の幸いである。
俺はまだ恥ずかしがっているミランの脇腹に、周りから見えないよう肘を入れて続きを促した。
正気に戻ったミランは、慌てて耳打ちをしてきた。
その内容は戦闘を行う理由を補足するもので、主にキルフの到着が30分後であること、グァトを閉じ込めている結界が10分後には破壊されているであろうこと、そして――
「――こちらから攻撃を仕掛け、キルフさんが到着するまでの間、結界の破壊を妨害する必要があります」
以上の三点をかい摘んで説明した。
ここまで話して、周囲の冒険者たちの顔は相当に暗くなっていた。先程見た、グァトの異次元的な強さを思い出しているのだろう。平気そうなのは不思議なことに、当人であるアッシュとチュリンぐらいである。
「しかし、決して無謀な戦いではありません」
ミランは権能の効果について話した。
「結界内の敵は強力な弱体化を受け、逆に味方には強化を付与します。EXランクであれば“権能を有した調停者クラス“の力が得られると思っていただいて差支えありません」
この言葉に、周囲の雰囲気は一気に明るくなった。
「私からは以上です。二人とも、楽にしていただいて構いません」
「「――ハッ!」」
ミランからの許しを得て、アッシュとチュリンは立ち上がった。
「……何か質問はありますか?」
この問いかけに、二人は揃えて首を横に振った。
「いえ、特にございません」
「私も同じく」
「わかりました」
俺は後ろを振り返り見つめると、ミランはコクリと頷いた。GOサインだ。
俺は再び二人に話しかける。
「……時間がありません。早速行きましょう」
しかし、そのとき――
「――ねえミラン。それ、私も参加していい?」
いつの間にか近くに来ていたクロネが、とんでもないことを言い出した。




