え?ただのハグですよ?
「そっち行ったでヴェールはん!」
「了解ですっ!」
身体強化を施し、ロゼが追い立てた魔物目掛けて疾駆する。その速度はもはや転移魔法と遜色ない。
追い立てられた魔物が逃げ場を失い、目の前に現れた俺に驚く暇もなく――
「――シッ!」
首と胴体を切り離され、地響きを立てて倒れ込む。ロゼはすかさずアイテムボックスを使い、回収作業を完了させた。
「うっしゃ、十体目ぇ!流石ヴェールはんや!」
「ヴェールちゃん流石!かわいい!かっこいい!」
「あ、はは……どうも」
褒めちぎるロゼとミシャに、思わず照れ笑いが出る。
その横から、不満げな顔をしたクロネが近づいてきた。
「……ねえヴェール。これ私いらなくない?」
「い、いやいやそんなことは…………ないぞ?」
クロネの言葉に対して否定材料を探そうとしたが、努力虚しく見当たらなかった。
「……今の微妙な間が答えじゃん。帰ってゲームしてていい?」
「コラァ、クロネっち!抜け駆けは許さんで!」
「……FPSゲームするだけだよ」
「絶対嘘やん。マックスちゃんといちゃこらしたいって、顔に書いてんで?」
「……ソンナコトナイ」
うん。確かに書いてるわ。
俺とミシャがジト目を向けていると、クロネは観念し、開き直った。
「……だってつまんないし。何かご褒美でもないと……マックスちゃんのコスプレとか」
「えぇ……」
面倒くさいことを言い始めるクロネに俺はげんなりする。
だがこの話題にミシャが食いついた。
「――ヴェールちゃんの生コス!?ウチも見たいっ!」
おかしいな、さっきまでこっち側だったのに。
「……ほら、コイツもこう言ってるし」
「見たい見たい見たい!ヴェールちゃん、是非!」
「……是非」
「うぐっ……」
二人のおねだりにたじろぐ。クロネ一人であれば突っぱねていたのだが……
俺は二人の要望を叶えることと、コスプレをするという恥ずかしさを天秤にかけ――
「「是非!」」
「――わ、わかったよ……帰ったらな」
――押し負けた。
「「しゃっ!!」」
二人はガッツポーズを決め、お互いの手を固く握り合う。
仲良くしてくれるのはうれしいが、こんなところで息合わなくてもと思うのは高望みなんだろうか。
このやり取りを見ていたロゼはミシャの背後から、両手を合わせペコペコと頭を下げていた。
そんな彼女に、俺は笑顔で応える。羞恥心さえ我慢すれば減るものなどないし、これくらいで恐縮されるのはこちらの本意ではない。
さて、ロゼに俺の正体がバレてから二日が経過した。
あの時はどうなることかと思ったが、彼女が思った以上に理解のある人物で、本当に助かった。
(ミシャさんだけ仲間外れみたいになってるのは心苦しいけど……)
最初は彼女にも話そうと提案したのだが、迷惑をかけてしまうの一点張りで引いてくれなかったのだ。
やっぱりこの国の人はみんなこんな感じなのだろうか。
せっかく仲良くなれても正体がバレた瞬間、俺の身分が今までの関係を保たせてくれなくなる。
今ロゼは出会ったときと同じように接してくれているが、それはミシャに勘付かれないように演技しているだけだ。
(もしサリーさんとかナユタちゃんにバレたら……こんな風によそよそしくされちゃうのかな……)
胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。嫌な想像をしてしまった。もしそんなことになったら絶望してしまう。
(……いや違う!俺から歩み寄らないとダメなんだ!)
みんな、どこまで許されるのかが分からないから不安なんだろう。だったら、こちらから示してあげればいい――どの程度までなら大丈夫なのかを。
俺は早速ロゼに近づき、行動で示した。
「――ロゼさん」
「え、ヴェールは――ほわあああああああああぁ!?」
突然の出来事にロゼは大きく驚いた。
「「――ちょ、ヴェール(ちゃん)!?」」
そして他の二人も驚きの声を揃えた。
「ああああのあのあの、ヴェールはんっ!?いきなり何をっ!?」
「え?ただのハグですよ?」
みんな何を慌てているのだろうか。ハグなんて今の時代普通のはずなのに。
俺は周りとの温度差を不思議に思った。
「い、いやっ、なんで急に!?」
「……だって、あの日から距離を置かれてる感じがしますし」
「え?いやそれは――」
ロゼが戸惑いながら何か言いかけるのを遮り、俺は言葉を続ける。
「――わかってます。わかってますけど、寂しいものは寂しいんです!もっと気軽に接してほしいですし、今みたいにハグとか……(ちょ、ちょっとだけならおさわりも構いませんよ?)」
「――ゴフッッッ!?!?」
俺が耳元で囁いた瞬間、ロゼは盛大にむせ返った。
(ななななに言うてますん陛下!?)
(え?ただ仲良くなりたいなって……普通の女の子みたいに)
(いや、普通の女の子はそないなこと……あ、やっぱ何でもないです)
(……?)
ロゼは何か言いかけたが、途中で飲み込んだ。続きが気になるが、何となく聞いたら後悔しそうな気がして追求は思いとどまった。
その間に、クロネが背後から近づいてきて……
「……ヴェール!いつまで引っ付いてるつもり!?」
「――ぐえっ、ちょ、ぐるじい……」
俺をロゼから引き離した。
「せやでお姉ちゃん!はよ離れや!」
「――ぐえっ」
続けてミシャも、ロゼを俺から引き離しにかかる。
「な、何すんだクロネッ!?」
「……いつまでもベタベタと、恋人みたいに引っ付いてるからでしょ」
「はぁ?」
恋人?何を言ってるんだこいつは?
「ハグくらい普通だろ?みんなしてくるし」
「……え」
俺の言葉を聞いて、クロネは硬直する。
そしてしばらく考え込んだあと、クロネはボソッと呟いた。
「………………まあ、都合いいから問題ないか」
「どういう意味だよ」
「……別に」
何なんだ一体。
クロネの言葉の意図を問いただそうとしたが、結局何も答えないままだった。
☆★☆★☆
それから順調に森の中を進み、俺たちは切り立った峡谷にたどり着いた。
「――お、久々にここまで来たなぁ」
「うわ、凄い深いですねここ」
俺はおそるおそる峡谷を覗き込む。眼下には険しい断崖が広がり、底が見えないほどの深さがあった。
「あはは、せやな……」
「……?」
ロゼが笑うものの、どこか歯切れが悪い。
その様子を見て、ミシャが説明を引き継いだ。
「ここはな、昔レーネル様が異分子と戦ったときにできた跡なんや。結構森の深いとこにあるから、Sランクでもここまでこれる人はなかなかおらんで」
「アッ、ナルホド……」
そゆことね。
俺はロゼの態度に納得した。
(しかし、すごいな……大地割っちゃってるよ)
レーネルであればこれくらいできることは知っているが……相当本気を出していたのは想像に難くない。
(なんというか、申し訳ないな)
女神の使徒たる調停者にとって、イレギュラーの排除は使命である。それを500年もほっぽりだしていたのだ。
まあ、死んでたから仕方ないんだけど……。
「――あああああああっ!」
そんなことを考えていると、突然ミシャが大声をあげる。ミシャは谷の奥深くを指差していた。
何事かと指し示す方を見てみると、少しわかり辛かったが、岩壁に一箇所だけポッカリと穴が空いていた。
「あはっ!見てお姉ちゃん、“ダンジョン“や!あははははははは!」
「――でかしたでミシャ!でも暴走しかけとるから落ち着きや」
「あは、あはははははははは――はい!はい!はい!落ち着いた!落ち着いたから通帳出すんやめてや!?」
「お、今日は戻ってこれたな。よかったやん」
「――あ。ご、ごめんなお姉ちゃん、ありがと……」
一連のやり取りのあと、ミシャは恥ずかしそうに顔を手で覆い隠した。この前の暴走で相当参っているようだ。
俺は特に気にせず、二人に話しかける。
「おー、凄いとこにありますね……でもどうやってあそこまでいきますか?」
「ん?ああ、これ使ったらエエで」
そう言って手にしたのは、長くて重厚感のある鎖だった。
「――え、呪縛の大鎖ですか?」
「おう。こいつに捕まっとけば目的地までビューンやで」
「そ、そんな使い方もできるんですか……」
「はは、まあ捕まっとる間は魔法とか諸々使えんくなるから、そこは注意やけどな」
「なるほど、わかりました。それで行きましょう」
俺たちはロゼの提案を受け入れ、早速移動を開始した。
移動時間は一瞬だった。強い風を切る音が耳元を通り抜けると、あっという間にダンジョンの入り口に到着していた。
「ほい、着いたで」
「おおっ!凄く速いですねこれ!」
感心している俺の横で、ロゼは苦笑いを浮かべた。
「まあその代わり、短時間しか使えんけどな」
そういいながら鎖を御札へと戻し、アイテムボックスから明かりを取り出して前を向いた。
「――ほな、楽しい楽しい宝探しといこか!」
☆★☆★☆
数時間後、俺たちはダンジョンの奥深くまで歩みを進めていた。
「――ぜんっぜんあらへんやんけ!!」
ロゼの怒号が洞窟内で響き渡る。
「悪い夢……そう、これは悪い夢や」
「……ヴェールぅ疲れた、帰ろうよ」
ミシャは意気消沈し、クロネはダルそうに絡んできた。
目的のものを一つも見つけられず、ダンジョンに入る前のハイテンションが嘘のように、全員の士気が目に見えて下がっていた。
そんな中、俺はというと――
(うーん……なんだろうこの感覚)
――この光景を見て、どこか不安を感じていた。
しかし考えども考えども、その理由にまったく見当がつかないのである。
「――あ」
俺が不安感を拭えないでいると、ミシャが何かを見つけ、小さく声を上げる。
彼女が指差す先に目をやると、暗がりの中に浮かび上がるのは――
――巨大な両開きの扉だった。
その扉に、ミシャはダッと駆け込んだ。
この光景を見て、ようやく自分の中にある不安感の正体がわかった。
(そうか、似てるんだ――)
――俺が死んだときの状況に。
あのときも目当てのものを探し続けてそれらしいものは見つけられず、最後の最後でミランが見たことのない両開きの扉を見つけるのだ。
そしてミランがその扉に触れた瞬間……
俺はそのときの状況と目の前の光景を重ね合わせる。
ミシャが扉に近づき、触れる――その瞬間。
――ギィィ……
軋む音とともに、扉がゆっくりと開き始める。
それを見て、嫌な予感が全身を駆け巡った。
「――――っ!!」
俺は即座に動いた。ソラバナを手に取り、加速魔法と身体強化を同時に発動する。
「――うひゃぁっ!?」
あのときできなかった最適解を実行し、目にも止まらぬ速さでミシャを抱きかかえ、扉から距離を取る。
そして俺は何が起きてもいいように、発動の早い攻撃魔法を準備しておく。
「はわ、はわわわっヴェールちゃんのいい匂いが――フシュゥ……」
俺の緊張感とは裏腹に、ミシャの情けない声が響いた。どうやら気絶してしまったようだ。
(今度は失敗しない……!)
あの時の最悪の結末を回避するため、俺は最善の手を尽くした。
扉の隙間に視線を集中させ、何が飛び出してくるのかを見逃さないように備える。
――影が見える。
ゆっくりと広がる隙間の向こうに、2メートル近い大きな影が浮かび上がる。
それを確認した瞬間、俺は準備していた魔法を放――
「いやあ、大量大量――」
「――えっ!?」
「ん?――うぉわっ!?!?」
――ドガァンッ!!
咄嗟に魔法をそらし、扉近くの壁に着弾させる。壁は大きな音を立てて抉れた。
一瞬静寂が訪れるが、それもつかの間……
「――うぉい!?あぶねぇだろうがっ!!」
扉の奥から出てきた人物が怒りの声を上げた。




