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モチロンヤッテナイ

時系列的には21話の終盤と22話辺りになります


拝啓

お父さん、お母さん


 急で驚かれるかもしれませんが、この手紙を読んでる頃には、私はこの世からいなくなっているでしょう。


 私は大罪を犯してしまいました。私の口からその内容を言うことはできません。国から公表されることもないでしょう。それくらいの大罪です。


 愚かな娘でごめんなさい――




 手に持つペンがピタリと止まる。


「ほんと、バカだよね……私」


 なんで……


 なんで――






「――なんで陛下にアイアンクローかましてんの、私のアホおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」






 知らなかったからで済む問題じゃない。陛下(神様)に手をあげるなど大罪以外の何物でもない。


「はぁ……こんな性格じゃなかったらなぁ」


 ファッションのことを馬鹿にされるとどうしてもムカムカしてしまう。


(……中学の時のあいつのせいだ)


 師匠直伝のファッションセンスを身に着けた今なら、あいつの言っていたことが正しいのは分かる。……だがそれとこれとは話は別だ。


「死刑になったら呪い殺してやるんだからああああああああ!!!」


 ひとしきり叫んでから、はあああ、と深くため息をついた。


 謝って許されることじゃない。かといって謝らないという選択肢はない。


「正体隠すとか言ってる場合じゃないよね……」


 あ、師匠にも手紙書いとかないと……あと店の常連――はいらないか。


「あとは……あれ?」


 もしかしてもういない?


「……私の交友関係狭過ぎっ!?」


 おかしい、こんなはずでは……


 いや……考えてみれば私のルーティンは、朝から昼過ぎまで冒険者家業(本業)、その後居酒屋の開店準備、開店後は接客、終わったら就寝である。


「そりゃ狭くなるよねぇ……」


 冒険者やってるときもほぼソロ……こんな生活で広がるわけがなかった。


「……まあ、迷惑かける人が少なくてよかったと考えよう」


 無理矢理そう思うことにした。 


「はあぁ……私これからどうなっちゃうんだろ」


 絶対死刑だよねぇ……そうだよねえええ!

 

「もし公表されちゃったりしたら……」




――大罪人で草




――不敬過ぎワロタw




――シンプルにクソ女




「――ってSNSで叩かれながら死ぬんだあああああ!!!うわあああああああああ!!!」


 やばい、想像したら泣けてきた。


「死ぬ前にこの街の景色、目に焼き付けとこう……ぐすん」


 私の大好きな街。それを見に行くため外に出たところで、ふと家の扉を見つめた。


(まだ買ってから数日しか経ってないのに……)


 グッバイ億ション……


 そう別れを告げていると、後ろから声をかけられる。


「サリーさん!」


 ――地獄からの案内人だった。


「――ピィッッッ!?!?!?」


 勢いよく振り返ると、そこには白髪の悪魔と桃髪のエルフがいた。


(えっ……もう終わりなの?)


 まだやり残したことがいっぱいあるのに……


「え、ええと……ヴェール様?本日はお日柄もよく……」


 変な挨拶が出た。


「え?急にどうしたんですか?」

「いえなんでもございません!」

「いやなんでもないわけ無いでしょう……敬語になってますし」

「ハッ!?そ、そうだった……」


 あれ……?


(あ、そっか……私が”ノール・グリーズ”だってバレてないんだ)


 それもそうだった。そもそも正体を知っているのは師匠と元老院の方々だけ。


 つまり陛下は、私が”陛下(ヴェールちゃん)の正体が陛下(マクス様)である”と知ってることを知らない。キルフ・バルサン様が率先して伝えることも、多分ないはずだ。


(あれ?もしかしてこれっていける――)


 そう思って顔を上げたのも束の間、陛下は私に疑いの目を向けていた。


(――っ!?ま、まずい……バレる前に逃げようっ!)


 本当は心配する目だったのだが、このときの私には分からなかった。


「も、もうしわけ……じゃない、ごめんね!今日は忙しいから!またねヴェールちゃん、クロネちゃん!」


 それだけ言って、私は家の中へと逃げ込んだ。陛下は私を呼び止めようとしていたが、無視した。


 そして冷静になって気付く。


(……ん?私超失礼なことしてない???)


 陛下の声を無視するなど言語道断である。私はまた新たな罪を重ねたようだ。


「な、何やってんの私はあああああ!!!」


 自ら一歩、死刑に近付いてしまった。


「アホだ……生きてる価値ないわ」


――ピコン


 そう自己嫌悪に陥っていると、スマホからRINEの通知音が鳴った。


 確認してみると、お父さんからだった。




パパ: 今日は来ないのか〜?




(あ、もうこんな時間……)


 窓から注ぐオレンジ色の光は、夕刻を告げていた。


 本来であれば既に居酒屋にいて、手伝いをしている時間だ。




サリー: ごめん、今日はしんどいからパスで


パパ: あいよ〜




「……これでよし」


 私は返事を書き終えて、深く息を吐きだした。


「とりあえず考える時間が出来たかな」


 そう思って状況を整理しようとしたが上手くまとまらなかった。


「うぅ、頭の中ぐちゃぐちゃ……お風呂でも入ろう」


 私は心を落ち着かせるため、風呂に入った。






☆★☆★☆






「――ハッ!?」


 あれ?私は一体何を……?


「確かお風呂上がって、ボーッとしてて」


 それから……


 頭が回り始めた頃、ふと部屋が暗くなっていることに気付く。


 窓の外を見ると、下弦の月が夜空をほんのり照らしていた。


「夜じゃんっ!?!?!?」


 いつの間にか寝てしまっていたようだ。


「……暑ぅ」


 春先の気まぐれな気温は高い方に振れていた。そのせいもあり、体が火照って寝汗をかいていた。


「うへぇ、せっかくお風呂入ったのに……」


 これじゃあ入り直しかと考えたが――


「……いや、外に出よう」


 今なら風もあって多少は涼しいだろう。


 そう思って家を出て、もうすぐで下に降りる転移陣に着きそうというところで、目の前に人影が現れる。


 桃髪エルフの少女、クロネだった。


 彼女はデスクトップPCと、下着のはみ出たパンパンのカバンを重たそうに運んでいた。


「こんばんは〜」


 私は彼女が驚いてバランスを崩さないよう、ゆっくりすれ違いながらそっと挨拶した。


「――あ、こんばんは。()()()


 特にアクシデントはないまま無事にすれ違い、転移陣から一階に下りた。


 そして一歩踏み出そうとしたところで――


「――ちょっと待ったあああああああああああああああああああああああ!?!?!?」


 転移陣は使わず、自前の魔法で最上階まで転移し、クロネの前に立ち塞がった。


「ほわっ!?」


 勿論驚いたクロネはバランスを崩して手に持った物を落としかけた……が、地面にぶつかるギリギリのところで亜空間倉庫に入れて、落下のエネルギーを消してから再び出すことで無事だった。


「あぶなっ、急にどうし――」

「ななななんでそのこと知ってるの!?!?!?」


 私はクロネの肩を掴んで、そう迫った。


 理解出来なかった。今まで一度もバレたことがなかったのに。


「……え?隠す気あったの?」

「――っ!?!?!?」


 心底驚いている様子のクロネを見て、私は心底驚いた。


 クロネの顔は、そんな偽装で完璧だと思ってたのか?と暗に語っていた。


「……だって私の名前知ってたじゃん、()()()なのに」

「…………あっっっ!!!」


 指摘されてようやく、自分の犯したミスに気が付いた。


(そうじゃんっ!(サリー)がクロネちゃんのこと知ってたらダメじゃんっ!!!)


 気付いてくださいと言っているようなものだった。


「ハッ!?くくくクロネちゃん!ヴェ――陛下もこのこと知ってるの!?」

「え?……いや、気付いてないけど――」

「――言わないで!絶対言わないでね!!!バレたら死刑になっちゃうからっ」

「……死刑?何かやったの?」

「えっ、いやぁそれは……そのぉ……」


 急にしどろもどろになる私を見たクロネは、頭の中で点と点が繋がった。


「――ああ、アイアンクロー」

「なっ、なんでっ、?!?!?」

「……やっぱり」

「あ」


 自分から肯定してどうするの私のアホおおおおお!!!


「……ヴェールにアイアンクローしたんだ」

「うぐっ」

「……それで死刑、ね」

「…………そう、です」


 もはや認めざるを得なかった。


(ああ、怒られるかな……)


 この国の民であれば間違いなく、陛下に何てことを!とブチ切れていただろう。


 だが目の前にいるエルフは違った。


「……はぁ、アホらし」


 クロネの見せた表情は、怒りではなく呆れだった。


「ヴェールがそんなことするわけないじゃん」

「な、何を根拠に」

「……私はさっき、ヴェールを無理矢理お風呂に連れ込もうとした」

「……はぁっ!?!?!?」


 何を言っているのか一瞬理解出来なかった。


「ふ、不敬」

「……でも私は無事。ノールよりやばいことしてるのに」

「ハッ!?確かに……」

「……なんなら寝てる隙に唇を奪って――」

「――っ!?!?!?!?!?」

「…………冗談」

「そ、そうだよね……そこまで行ったら不敬以前に普通に犯罪だもんね」


 私がそう言うと、クロネはほんの少しだけ体を跳ねさせた。


 私はそれを見逃さなかった。


「――え、ホントにやってないよね?」

「……モチロンヤッテナイ。ホッペプニプニシタダケ(棒)」


 クロネは目に見えて挙動不審になっていた。


「そ、そう……」


(――ヤッとる!絶対ヤッとるこの子!!!)


 なんて羨ましい!!!


 ……間違えた。なんて不敬な!


(てかクロネちゃん肝据わり過ぎじゃない?)


 相手が一国の王だと知ってるはずなのに、やってることが過激すぎる。


 むしろ知ったからこそ過激になっているのだが……そのことを知るのはクロネ本人のみである。


(()()()()()()()そんなことする人いないはず……)


 そう思った瞬間――


(あ、れ……???)


 視界の端にヒビが入る。


 この感覚、何度も覚えがある。師匠に散々鍛えてもらったから。


 その絶対的な自信が、ヒビをどんどん押し広げる。そして――


「……悪魔だ」


 クロネの正体を見破った。


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