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悪魔皇帝は玉座に座らない  作者: はむだんご
第一章 やっぱり苦いのは嫌いです
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あ、悪魔になってるううううううう!?


 夢を見ていた。


 自分が暗くて冷たい無限の虚空の中にいて、悠久とも言える長い時を過ごしている。


 黒一色。方向感覚なんて当てにならない。音も光も感じない、一切代り映えのしない世界。


 今がいつなのか、どこにいるのか、まったくわからない。


 世界でただ一人自分だけが存在して、変化を期待して彷徨い続ける。


 そんな夢だ。


 だけど覚めることはない。


 微睡みの中、記憶の断片が浮かび上がっては消え、何一つとして確かなものは残らない。


――自分は何者なのか?


 幾度も繰り返した自問。その答えは、常に――


――思い出せない。


 思い出せない、思い出せない。自分は何者だ?


 今日もまた、そんな思考の沼に沈んでいると……突然、転機が訪れる。


 ゆっくりと流れていた時が、ふいに加速し始めた。


 風を掻き分け、見えない力に引き寄せられる。目的地へと一直線に。


 そして、ピタリと止まる。


 ここはどこだろう?相変わらず黒一色の世界で何も見えない。


 だが、不思議と心は安らぎに満たされ、思考が次第にクリアになっていく。


――そうだ、思い出した。私は……ヴェール……"ヴェール・オルト・プリムローズ"?


 思い出したはずなのに、なぜか胸の内に不快な感覚が残る。


『――、――――』


 声が聞こえた。久しく聞くことのなかった、他者の声。


 声の主に問い掛ける――あなたは何者か?


『――――――――。』


 大きな声ではない。それでも、何故かはっきりと聞こえた。「あなたはヴェールではない」と。


――ヴェールは、私ではない?


 なら、私は……?


――私は一体、何者なのか?


 思考がさらに加速する。水を得た魚のように、脳を得た魂のように……そして、ついに思い出す。


――そうだ、私は……いや、俺は


 "マクス・マグノリア"


 調和の女神の使徒――"調停者"であり、澄み渡る碧天の波動を持つ"大空の賢者"だ。






 ☆★☆★☆






 覚醒して最初に目に入ったものは、薄暗く狭い路地裏の地面だった。そして同時に、嗅覚と味覚が血に支配されているのを感じた。


「……カハッ!?ゲホッ」


 あまりの息苦しさに咳き込み、口から出た血が地面を赤黒く染める。そして体から力が抜けていくのを感じて咄嗟に壁にもたれようとしたが、うまくいかずにバタリとその場に倒れてしまった。


「ハァ、ハァ……ど、どういう……状況、だ?これ」


 口から出てきた声はカスカスで、この声が自分の声ではないんじゃないかという錯覚にすら陥ってしまう。


 痛みでしばらく動けないでいると、建物の影で冷たくなった地面が心地よく、徐々に頭は冷静さを取り戻していった。


「だいぶ、マシに、なったかな」


 多少は力が入るようになったので、プルプルと震えながらなんとか地面を這い、壁を背にしてもたれ掛かる。


「うわ……なんだこれ」


 目についたのは痛々しい自分の体だった。白のワンピースが胸の辺りで破れていて、自分の血で汚れていた。一目見て、後ろからグサッとやられたに違いないと分かる。


 そして同時に、色々な疑問が浮かび上がってくる。


「なんで、ワンピース……?」


 自分の性別は男だったと認識しているが、今身に付けている服は明らかに女性用の物だ。ワンピースから覗く足は普段より細く白く、また全体的に体も縮んでいるように感じた。


 ここまで証拠が揃っていれば嫌でも理解してしまう。しかし、頭のどこかでそんなはずはないと認めたくない自分がいた。


 真相を確かめるべく、おそるおそる両手を胸部に持っていった。


「……ある」


 フニュっとした柔らかい感触、小さいながらもその感覚は男には体験できないものだった。これだけでも十分な証拠だが。


「――いや、まだだ!」


 胸のある男だっている、そういう話を聞いたことがある!


 ……多分。


 もっと決定的な証拠が必要だ。今度こそ真実に迫るべく、片手でワンピースをたくしあげ、もう片方の手を中に突っ込んだ。


「……………………ない」


 現実は非情であった。


「女の子っ!?なんでぇ!?」


 目が覚めてみれば見知らぬ場所にいるし、胸に風穴あいてるし、なぜか女の子になってるし。ほんとにどういう状況だこれ。


 しばらく混乱していると、ふと気付いた。


「あれ、体が再生してる?」


 胸に空いていた痛々しい穴が徐々に塞がっており、重度の貧血による立ちくらみもほぼなくなっていた。


「魔導具……ではないか」


 パッと見でそのようなものは身につけていない。欠損を治せるレベルともなると、かなりの大きさになるはずだ。


「――っ!?」


 そして一つの可能性に辿り着く。


「――まさか!」


 いるじゃないか。自力で再生出来て、血液まで勝手に回復していく……それが出来るトンデモ種族が。俺が女になった説明もつく。


 それを確認するべく、顔をおそるおそる後ろに向けた。すると思っていたとおり、視界の端にチラチラと映る尻尾が見えた。


「あ、悪魔になってるううううううう!?」


 叫ばずにはいられなかった。






 ☆★☆★☆






 悪魔――何らかの理由で魂が抜けた生物(うつわ)に別の魂が憑依した存在だ。このときに生えてくる尻尾が、神話に登場する悪魔の尻尾と類似していたためそう呼ばれるようになった。


 自分が悪魔になった。その事実から導き出される結論は――


「俺死んじゃったのかあああああ!」


 である。このとき感じたのは、後悔や悲しみなどではなく、羞恥心だった。


「ダンジョンのトラップで死ぬヤツおる?バカなのか俺は」


 仮にも"調停者"であり、"大空の賢者"などと大層な二つ名で呼ばれている存在が、ダンジョンのトラップ如きで死んでしまうとは……情けないにも程がある。


「……………………ま、いっか」


 悪魔とはいえ生き返ることが出来たのだから。気にしても仕方ない。今ここですべきことは悔やむことではなく、これからの身の振り方を考えることだ。


 性別が変わったことはひとまず置いておくとして、問題は……


「コイツだよなあ」


 そう、主の気も知らずに楽しそうにフリフリしてる尻尾(コイツ)である。


 聖ヴァルディニア教という宗教がある。


 魔物は世界を蝕む侵略者であり、この世界の正統な住人である人間は調和の女神ヴァルディニア様の名の下にこれを討伐すべし、といった教義である。


 この魔物の定義の中に悪魔が含まれており、悪魔は人類の敵であると認識されている。この宗教は広く受け入れられており、善良な悪魔はかなり肩身狭い思いをして生きているのだ。


 余談だが、これに対し女神自身は


『は?そんな宗教許した覚えはないし正統な住人とか傲慢すぎだろ天罰下してやろうか、あ゛あ゛ん?』


 と言っていた。まあ彼女にとって信者が増えるというのは重要なことだそうで放置しているらしいが。


 まあつまり何が言いたいのかというと、何が何でも悪魔だとバレてはいけないのである。生き返って早々に討伐されるなんて、流石に嫌だ。


「さて、どうしたものか……」


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