大人のクセに
私と晋作の関係って、なんなんだろう?
変なお姉さんの家に置いてかれてから、よく考える。
私にとって晋作は大切な人。
家族みたいな、血の繋がりとか書類のやり取りとか、そういう意味不明なのとは違う関係。
晋作は私と一緒に、赤色のカワイイ傘を選んでくれた。その傘は、今も晋作の家の玄関に置いてある。
晋作はフツーの顔で、当たり前みたいにそうしてくれた。
別に、名倉桃子の家にも私の傘はある。
でも、それはピンク色で、名倉桃子の好きなキャラが描いてある。
私の身の回りにあるものは全部、名倉桃子が選んだモノだった。
人生で一度だけ、おねだりしたことがあった。まだ、名倉桃子と私の名字が変わる前のこと。
お店で見かけたゲームの映像がどうしても頭から離れなくて、頼み込んだのだ。そうして買ってもらったゲーム機が家に届いた時、アイツは笑って言った。「これならアンタの面倒みてなくても、静かになるから良いわね」
私、あんなヤツに面倒をみられた覚えなんかない。
親も、先生も、クラスのヤツも、みんな決めつけばっかで私の話なんか聞いてなかった。だから晋作は特別だった。
……それに、晋作は私とおんなじだったから。
晋作は、誰かに自分の話を聞いてもらえるなんて思ってなくて、すぐ一人になろうとする。
晋作がとじこもったときも、晋作が屋上の先に行こうとしたときも、私には晋作の気持ちが分かってた。
私とだけ話せばいいのに。
私には晋作しかいないみたいに、晋作にも私しかいない。晋作は、私にとって大切な人。たった一人の大切な人。
それなのに晋作は色々な人に手を伸ばす。どうせ最後にはとじこもるのに。
だから晋作を取り返さないと。
子供の私じゃできることなんて全然ないけど、それでもどうにかしないといけない。
だから、私は作戦を立てた。
バカな大人をペットにする。
それは夏休みに失敗した作戦。でも、今度は大丈夫。
何でも言うこときくように大人をしつけて、利用してやる。それで晋作を取り返すんだ。
私はちょっと、わくわくしてた。
大人のバカさを大人にわからせるのは、私の最初の目的だったから。
そして、その目的の達成は思ってたよりかんたんだった。
変なお姉さんは、もう何でも私の言うことをきく。
やり方はかんたん。優しいことを言ってやって、相手が欲しがってるワガママを言う。変なお姉さんが調子に乗ったらフキゲンなフリ。
なんか、自分の気持ちも相手の気持ちも気にしないで、名倉花香みたいにやってたらできた。
ずっと人に好かれる方法なんてわかんなかったけど、みんなウソついてただけなんだね。
……バカばっか。つまんない。
「……」
変なお姉さんの顔を見た。
まぬけな顔、あほづらだ。
本当の気持ちを吐き出して、泣き疲れたんだと思う。バカみたいにキッチンの床で眠ってる。
変なお姉さんの話、私には意味が分かんなかった。
生きてるだけで迷惑かけてるとか、生きてちゃダメとか、バカみたい。そんなんだったら、私もう死ぬしかないじゃん。
親も学校のヤツも先生も私のことキライだし。晋作だって私が独り占めするより、色んな人を助けたほうが良いって、みんな絶対思ってる。
でも死なない。うるさい。迷惑とか知らない。みんなとか知らない。世界にとって私が迷惑とか言われても、私にとって世界の方が迷惑だし。
なんか、変なお姉さんの頭けっとばしたくなってきた。
コイツ、親に好かれてそうでウザいし。
「……」
めんどくさ! めんどくさ!
晋作なら頭けっとばしても、めんどくさくないのに!
この変なお姉さんは利用しないとだから、ムカついても文句も言えない!
キライ! キライ! キライ! なんで子供ってだけでこんなことになってんの!? 意味わかんない!
変なお姉さんの目元は、涙で濡れてた。
大人のクセにさ。
……まあ良いや。もう変なお姉さんは何でも私の言うこときくし。
次はどうやって晋作を名倉花香から取り戻すか、だ。
名倉花香は絶対晋作から離れない。力で無理やり引き離そうとしても、変なお姉さんはガリガリのザコだからたぶん無理。
でも、しょせん名倉花香は子供だから、やっぱり大人には勝てないんだ。
「……さいあく」
子供って、なんでこんなに弱いんだろ。
はぁ、もういいや。
変なお姉さんが起きるまで私も寝ちゃお。
作戦は、起きてから。
+++++
「……ねぇ」
「んぼっ、な、な、なに? ぉあ、か、買ってきた折り紙、何か変だった? かな?」
変なお姉さんは、変な顔でニヤニヤしながら、変な目でこっちを見てる。キモい。
「あのさぁ、お姉さんって何でも私の言うこと聞いてくれるよね」
「ぉふっ、や、や、な、何でも……? ぁ、ふへへ。あにょ、そんな、大したことないよぉっ! 全然! へへ……!」
声がおっきくてうるさい。
なんか嬉しそうにニヤニヤしててムカつく。
「でっ、でもっ! あにょ! ガンバル! な、何でも言ってよ! ぉ、お姉さん、あゆみちゃんの役に立つからぁ!」
変なお姉さんが体を前のめりにして来る。なんか汗がすごい。それに、押し入れみたいな、ちょっと変な臭いがした。
「……じゃあさあ、ちょっとだけ、良い?」
「な、なになになになに!?」
私は真っすぐに、変なお姉さんの目を見つめる。
その目はどこか緊張しているようだった。
そこに映り込んでいる私は、なんだか退屈そう。人生全部つまんないみたいな、そんな顔。
「お姉さんさ、名倉花香に晋作から離れろって言ってよ」
はい、『晋作取り返し作戦』終わり。
これで、完ぺき。
名倉花香に勝つのなんて簡単。
変なお姉さんに言わせれば良いんだ。この家にいたいなら、晋作から離れろって。
名倉花香には死体があるから、この家にいないといけない。だから家の持ち主の変なお姉さんには逆らえない。
いつもの大人のやり方。
「誰のおかげでこの家にいられると思ってるの」「誰のおかげでご飯食べられると思ってるの」「両親に感謝しなさい」「お小遣いはあなたのお金じゃありません」「働くのは大変なんだから」「嫌いなもの残すなら晩御飯は抜き」「親の言うことを聞きなさい」
全部、全部同じ。
家がないと困る。ご飯が無いと死んじゃう。お金が無いと生きていけない。
大人がみんな、何回も何回もそう言ってて、実際世界はそうだって分かってる。
でも、子供の私は働けないから家も買えないしご飯も買えないし。
結局どれだけ反発したって、今生きてる私がバカな大人に負けてる証明。
結局子供は大人に勝てない。
私、頭いいから全部分かってる。
だから毎日さいあく。
だから、大人を利用してやる。
じっと、変なお姉さんを見つめる。
言うこと、きけ!
「ぇあ、あ、の……あゆみちゃん? 花香ちゃんと、ケンカしちゃった?」
ムカつく。
ケンカとか、バカじゃん。
「ちがう! そういうのじゃない! いいから名倉花香に晋作から離れろって言って!」
「ひぁ……」
私がおっきい声出したら、変なお姉さんはビビって目を瞑った。
だから、私はもっとおっきい声を出す。
「名倉花香が、晋作に近寄らないようにして! ていうか、もうアイツ帰らせてよ! アイツには本当の家あるんだし!」
「え? え? でででも、死体埋めるの、まだ2日か3日くらいかかるってぇ……」
「うっさい!」
「ぅ、うう……?」
変なお姉さんはビクビクして目で私の顔を見る。意味わかんないって顔。
でも、私の方が意味分かんない。
ちゃんと、しつけたはずなのに。話聞いてやって、味方してやって、ほめてやったのに……!
優しくして、やったのにっ!
「ぁ、あゆみちゃん、あの、しっかり花香ちゃんと話そう? は、は、花香ちゃんは、浅野少年の死体の処理、手伝ってくれてるんでしょう? ワガママ言ったら、ぁ浅野少年も、こ、困っちゃうよぉ……」
「……っ!」
こいつ、本当になんにも知らないで!
私はムカついてテーブルを叩いた。
変なお姉さんは、大人のクセに泣きそうな顔してる。
……手がジンジンする。
テーブル叩いただけなのに、ムカつく。
自分の手を睨みつけ、ぎゅっと握り込んだ。
ムカつく。意味わかんない。なんで言うこときかないの。今まではすぐ言うこときいてくれたのに……。
私は変なお姉さんを睨みつけた。
なのに、変なお姉さんは、子供を見る目で私を見ている。
心がすっと、冷めるのを感じた。
「……逆だよ。晋作が、名倉花香の死体処理手伝ってんだよ」
「え?」
変なお姉さんはバカだから、意味わかんないって顔してる。だから私は、もっと分かりやすく教えてやった。
「人殺しは、晋作じゃない。名倉花香だから」
「ぇう……? で、でも、浅野少年がお母さん殺しちゃったって……」
変なお姉さんはプルプル震えていた。
細い手をぎゅっと握って、何も信じたく無いみたい。
いつもの雰囲気だった。変なお姉さんがうずくまる直前の、あの雰囲気。
大人のクセにっ……!
「だから、それが嘘なの!」
イライラとムカムカが、炎みたいにワッと広がる。
「名倉花香が殺したの! お前はダマされたの! お前は、初対面の女が殺した死体を家に置かされてんの!」
「っぅ……」
変なお姉さんは、なんだか困ってるみたいな顔をしていた。
大好きな男を助けてるつもりが、知らない殺人女の証拠隠滅に利用されてたんだから、とーぜんかな。
「ふんっ……」
変なお姉さんは、いつもみたいに小さく小さくうずくまった。
本当に小さく、小さくなる……。
私は変なお姉さんの、この習性が嫌いだった。子供と大人の違いが分かんなくなるから。
それに、胸の奥が後悔みたいな、罪悪感みたいな、よく分かんないイヤな気持ちになる。こんな気持ちになる自分も、ムカつく。
ただ、今はそんなこと関係なくて、自分が失敗したことだけが分かってた。
日が沈みかけて薄暗い部屋で、うずくまる大人を見下ろしている。
なんだか、すごく部屋が広かった。広くて、寒い。
私は意味もなく、泣き出してしまいそうだった。