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メスガキのバカな大人観察日記  作者: ニドホグ
人生行路は疑似科学
80/84

大人のクセに

 私と晋作の関係って、なんなんだろう?

 変なお姉さんの家に置いてかれてから、よく考える。


 私にとって晋作は大切な人。

 家族みたいな、血の繋がりとか書類のやり取りとか、そういう意味不明なのとは違う関係。


 晋作は私と一緒に、赤色のカワイイ傘を選んでくれた。その傘は、今も晋作の家の玄関に置いてある。

 晋作はフツーの顔で、当たり前みたいにそうしてくれた。


 別に、名倉桃子の家にも私の傘はある。

 でも、それはピンク色で、名倉桃子の好きなキャラが描いてある。

 私の身の回りにあるものは全部、名倉桃子が選んだモノだった。


 人生で一度だけ、おねだりしたことがあった。まだ、名倉桃子と私の名字が変わる前のこと。


 お店で見かけたゲームの映像がどうしても頭から離れなくて、頼み込んだのだ。そうして買ってもらったゲーム機が家に届いた時、アイツは笑って言った。「これならアンタの面倒みてなくても、静かになるから良いわね」


 私、あんなヤツに面倒をみられた覚えなんかない。


 親も、先生も、クラスのヤツも、みんな決めつけばっかで私の話なんか聞いてなかった。だから晋作は特別だった。

 ……それに、晋作は私とおんなじだったから。


 晋作は、誰かに自分の話を聞いてもらえるなんて思ってなくて、すぐ一人になろうとする。

 晋作がとじこもったときも、晋作が屋上の先に行こうとしたときも、私には晋作の気持ちが分かってた。


 私とだけ話せばいいのに。


 私には晋作しかいないみたいに、晋作にも私しかいない。晋作は、私にとって大切な人。たった一人の大切な人。


 それなのに晋作は色々な人に手を伸ばす。どうせ最後にはとじこもるのに。

 だから晋作を取り返さないと。

 子供の私じゃできることなんて全然ないけど、それでもどうにかしないといけない。


 だから、私は作戦を立てた。


 バカな大人をペットにする。

 それは夏休みに失敗した作戦。でも、今度は大丈夫。

 何でも言うこときくように大人をしつけて、利用してやる。それで晋作を取り返すんだ。


 私はちょっと、わくわくしてた。

 大人のバカさを大人にわからせるのは、私の最初の目的だったから。


 そして、その目的の達成は思ってたよりかんたんだった。


 変なお姉さんは、もう何でも私の言うことをきく。

 やり方はかんたん。優しいことを言ってやって、相手が欲しがってるワガママを言う。変なお姉さんが調子に乗ったらフキゲンなフリ。


 なんか、自分の気持ちも相手の気持ちも気にしないで、名倉花香みたいにやってたらできた。

 ずっと人に好かれる方法なんてわかんなかったけど、みんなウソついてただけなんだね。

 ……バカばっか。つまんない。


「……」


 変なお姉さんの顔を見た。

 まぬけな顔、あほづらだ。

 本当の気持ちを吐き出して、泣き疲れたんだと思う。バカみたいにキッチンの床で眠ってる。


 変なお姉さんの話、私には意味が分かんなかった。

 生きてるだけで迷惑かけてるとか、生きてちゃダメとか、バカみたい。そんなんだったら、私もう死ぬしかないじゃん。


 親も学校のヤツも先生も私のことキライだし。晋作だって私が独り占めするより、色んな人を助けたほうが良いって、みんな絶対思ってる。


 でも死なない。うるさい。迷惑とか知らない。みんなとか知らない。世界にとって私が迷惑とか言われても、私にとって世界の方が迷惑だし。


 なんか、変なお姉さんの頭けっとばしたくなってきた。

 コイツ、親に好かれてそうでウザいし。


「……」


 めんどくさ! めんどくさ!

 晋作なら頭けっとばしても、めんどくさくないのに!

 この変なお姉さんは利用しないとだから、ムカついても文句も言えない!


 キライ! キライ! キライ! なんで子供ってだけでこんなことになってんの!? 意味わかんない!


 変なお姉さんの目元は、涙で濡れてた。

 大人のクセにさ。


 ……まあ良いや。もう変なお姉さんは何でも私の言うこときくし。

 次はどうやって晋作を名倉花香から取り戻すか、だ。


 名倉花香は絶対晋作から離れない。力で無理やり引き離そうとしても、変なお姉さんはガリガリのザコだからたぶん無理。


 でも、しょせん名倉花香は子供だから、やっぱり大人には勝てないんだ。


「……さいあく」


 子供って、なんでこんなに弱いんだろ。


 はぁ、もういいや。

 変なお姉さんが起きるまで私も寝ちゃお。

 作戦は、起きてから。


+++++


「……ねぇ」


「んぼっ、な、な、なに? ぉあ、か、買ってきた折り紙、何か変だった? かな?」


 変なお姉さんは、変な顔でニヤニヤしながら、変な目でこっちを見てる。キモい。


「あのさぁ、お姉さんって何でも私の言うこと聞いてくれるよね」


「ぉふっ、や、や、な、何でも……? ぁ、ふへへ。あにょ、そんな、大したことないよぉっ! 全然! へへ……!」


 声がおっきくてうるさい。

 なんか嬉しそうにニヤニヤしててムカつく。


「でっ、でもっ! あにょ! ガンバル! な、何でも言ってよ! ぉ、お姉さん、あゆみちゃんの役に立つからぁ!」


 変なお姉さんが体を前のめりにして来る。なんか汗がすごい。それに、押し入れみたいな、ちょっと変な臭いがした。


「……じゃあさあ、ちょっとだけ、良い?」


「な、なになになになに!?」


 私は真っすぐに、変なお姉さんの目を見つめる。

 その目はどこか緊張しているようだった。

 そこに映り込んでいる私は、なんだか退屈そう。人生全部つまんないみたいな、そんな顔。


「お姉さんさ、名倉花香に晋作から離れろって言ってよ」


 はい、『晋作取り返し作戦』終わり。

 これで、完ぺき。


 名倉花香に勝つのなんて簡単。

 変なお姉さんに言わせれば良いんだ。この家にいたいなら、晋作から離れろって。


 名倉花香には死体があるから、この家にいないといけない。だから家の持ち主の変なお姉さんには逆らえない。

 いつもの大人のやり方。


「誰のおかげでこの家にいられると思ってるの」「誰のおかげでご飯食べられると思ってるの」「両親に感謝しなさい」「お小遣いはあなたのお金じゃありません」「働くのは大変なんだから」「嫌いなもの残すなら晩御飯は抜き」「親の言うことを聞きなさい」


 全部、全部同じ。

 家がないと困る。ご飯が無いと死んじゃう。お金が無いと生きていけない。

 大人がみんな、何回も何回もそう言ってて、実際世界はそうだって分かってる。


 でも、子供の私は働けないから家も買えないしご飯も買えないし。

 結局どれだけ反発したって、今生きてる私がバカな大人に負けてる証明。

 結局子供は大人に勝てない。


 私、頭いいから全部分かってる。

 だから毎日さいあく。


 だから、大人を利用してやる。


 じっと、変なお姉さんを見つめる。

 言うこと、きけ!


「ぇあ、あ、の……あゆみちゃん? 花香ちゃんと、ケンカしちゃった?」


 ムカつく。

 ケンカとか、バカじゃん。


「ちがう! そういうのじゃない! いいから名倉花香に晋作から離れろって言って!」


「ひぁ……」


 私がおっきい声出したら、変なお姉さんはビビって目を瞑った。

 だから、私はもっとおっきい声を出す。


「名倉花香が、晋作に近寄らないようにして! ていうか、もうアイツ帰らせてよ! アイツには本当の家あるんだし!」


「え? え? でででも、死体埋めるの、まだ2日か3日くらいかかるってぇ……」


「うっさい!」


「ぅ、うう……?」


 変なお姉さんはビクビクして目で私の顔を見る。意味わかんないって顔。

 でも、私の方が意味分かんない。


 ちゃんと、しつけたはずなのに。話聞いてやって、味方してやって、ほめてやったのに……!

 優しくして、やったのにっ!


「ぁ、あゆみちゃん、あの、しっかり花香ちゃんと話そう? は、は、花香ちゃんは、浅野少年の死体の処理、手伝ってくれてるんでしょう? ワガママ言ったら、ぁ浅野少年も、こ、困っちゃうよぉ……」


「……っ!」


 こいつ、本当になんにも知らないで!


 私はムカついてテーブルを叩いた。

 変なお姉さんは、大人のクセに泣きそうな顔してる。


 ……手がジンジンする。

 テーブル叩いただけなのに、ムカつく。


 自分の手を睨みつけ、ぎゅっと握り込んだ。


 ムカつく。意味わかんない。なんで言うこときかないの。今まではすぐ言うこときいてくれたのに……。


 私は変なお姉さんを睨みつけた。

 なのに、変なお姉さんは、子供を見る目で私を見ている。

 心がすっと、冷めるのを感じた。 


「……逆だよ。晋作が、名倉花香の死体処理手伝ってんだよ」


「え?」


 変なお姉さんはバカだから、意味わかんないって顔してる。だから私は、もっと分かりやすく教えてやった。


「人殺しは、晋作じゃない。名倉花香だから」


「ぇう……? で、でも、浅野少年がお母さん殺しちゃったって……」


 変なお姉さんはプルプル震えていた。

 細い手をぎゅっと握って、何も信じたく無いみたい。

 いつもの雰囲気だった。変なお姉さんがうずくまる直前の、あの雰囲気。


 大人のクセにっ……!


「だから、それが嘘なの!」


 イライラとムカムカが、炎みたいにワッと広がる。


「名倉花香が殺したの! お前はダマされたの! お前は、初対面の女が殺した死体を家に置かされてんの!」


「っぅ……」


 変なお姉さんは、なんだか困ってるみたいな顔をしていた。


 大好きな男を助けてるつもりが、知らない殺人女の証拠隠滅に利用されてたんだから、とーぜんかな。


「ふんっ……」


 変なお姉さんは、いつもみたいに小さく小さくうずくまった。

 本当に小さく、小さくなる……。


 私は変なお姉さんの、この習性が嫌いだった。子供と大人の違いが分かんなくなるから。

 それに、胸の奥が後悔みたいな、罪悪感みたいな、よく分かんないイヤな気持ちになる。こんな気持ちになる自分も、ムカつく。


 ただ、今はそんなこと関係なくて、自分が失敗したことだけが分かってた。


 日が沈みかけて薄暗い部屋で、うずくまる大人を見下ろしている。

 なんだか、すごく部屋が広かった。広くて、寒い。


 私は意味もなく、泣き出してしまいそうだった。

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