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メスガキのバカな大人観察日記  作者: ニドホグ
人生行路は疑似科学
79/84

人の気持ちを考えてみましょう

 ここ何日かで、かなりあゆみちゃんと仲良くなれた気がする。

 わがままなところも多いけど、懐いてくれているみたいで嬉しい。何より、捻くれているように見えて、ちょっとしたことで素直に喜んでくれるところが可愛いかった。


 今日は何をしてあげよう?

 改めて考えてみると私の手札は、お菓子、お笑い、の時点でほとんど尽きかけていた。

 私は本当にダメダメで、最近はなんだか浅野少年や花香ちゃんの方が大人に見える……


「ねー、ヒマなんだけど」


「ぉあ、う、うん! ちょ、ちょっと待っててね!」


 さっきまでアニメを見ていたはずのあゆみちゃんが、いつの間にか隣に立っていた。


 ダメだ、もっとしっかりしなくては!

 浅野少年に頼まれたんだから、あゆみちゃんの相手だけは絶対にちゃんとやりとげたい。

 そのためにも、あゆみちゃんを楽しませないと!


 でも、小学生が好きなことって何だろう?

 あんまり最近の子が何をしてるのか分からない。ドラマとか見るのかな?

 そもそも私は小さい頃、何してたんだっけ?


「むむ……」


 少し昔のことを思い出してみる。

 小学生の頃に楽しかったのは、休み時間……そういえば、クラスで折り紙が流行ってた。

 それで、私がアゲハチョウを3日くらいかけて折って、クラスの話題の中心になったんだ。


「ふひ……」


 楽しかったな、あの頃は。

 20分休みがすごく長くて、ずっと友達と占いの本を見ていた。

 そういえば、逆張りで休み時間に日向ぼっこをしたとき、なぜか皆も来て一緒に日向ぼっこしたんだっけ……懐かしいな。


「ねー、いつまで待ってれば良いわけ?」


「あぅ、ご、ごめんね! あのあのあのっ、おっ! 折り紙! 折り紙やろ! お姉さんすごいの折れるからっ!」


 そう、昔に作ったアゲハチョウ。折り紙を3枚くらい使うんだ。

 あれを見せてあげたら、あゆみちゃんもスゴイって褒めてくれるはず!


「……折り紙ぃ? まぁ、良いけど。私、金ピカのやつで折りたい」


「あ、うんっ! あ、うんっ! 待っててね! ぃぃいまっ、持ってくるからっ!」


 私は転がるように台所へ行き、流し台の下の収納を開ける。でも、冷静に考えると折り紙なんて家にはない。


 どうしよ、どうしよ、折り紙できない。

 アゲハチョウ見せないと。

 えーと、えーと……どうすれば?


「……ぅ」


 どうしよう。

 どうしよ、どうしよ、どうしよう。


「ねー、まだ?」


 部屋の方からあゆみちゃんの声がした。

 それで余計に焦って頭が回らなくなる。


 とりあえず、あゆみちゃんの声は聞こえていないフリをして、台所の収納をガサガサと掻き混ぜた。

 そこに折り紙が無いことは分かってるけど、もうどうしようもないから。だから、返事をしないことで時間が進んでいないことにした。

 そんなの、意味ないんですけどね。


 あゆみちゃんの足音が近づいてくる。

 鼓動が速くなる。

 失望されるのは嫌だった。

 いっそ、このまま私が急に倒れて、折り紙どころじゃなくなれば良いのに。


 私は、小さく小さくうずくまりました。

 夢ということに、なりませんか?


「……」


 視線を感じる。

 うずくまって何も見ていないのに、あゆみちゃんがすぐ後ろで立ち止まって、じっと私を見ているのが分かる。

 別に私だって、こんなの情けないって分かってますよ~。

 もう嫌、なにこの人生。


「……またそれ?」


「うっ」


 せめないで、せめないで。

 全部分かってるから、突きつけないで。


「別に良いけどさ」


「……えぅ」


 それは予想外に優しい声で、少しだけ視線を上げる。

 すると、あゆみちゃんがしゃがみ込んで私の顔を見つめていた。


「何か嫌なことあった?」


「だっだっ! 大丈夫で〜す! い、い、だ、大丈夫! 大丈夫! 大丈夫! 大丈夫なので!」


 ウソだけど、本当のことを言うのも同じくらいウソだから。


 あゆみちゃんは私から目を逸らしてくれない。その瞳は大きくて、可愛くて、なんだか同じ世界の生き物とは思えなかった。


「……私さ、母親と仲悪いの」


「えぁ!?」


 急にそんなことを言われて驚いてしまった。

 あゆみちゃんはもっと、自分を隠してる子だと思ってたから。


 これは真剣に聞かなきゃいけない。

 さっきまで頭の中にあったグルグルは気がつくと消えていた。


 浅野少年が私に家族のことを話してくれたのはいつだっけ?

 思えば、出会ったその日に聞いた気がする。もしかすると、あゆみちゃんや浅野少年みたいな子は、みんな自分の深いところを見て欲しがっているのかも。


 姿勢を正して続く言葉を待つ。

 

「……」


 しかし、あゆみちゃんは黙って私を見ていた。

 無言はちょっと苦手だ。いつが自分の喋る番か分からなくて、喋りすぎたり喋らなすぎたりしてしまうから。

 それでもやっぱり無言が続くと急かされたような気になって、私はついつい言葉を吐いた。


「ぁ、あの……わた、私、あんまり、えっと……」


「ねぇ」


「ひゃ、ひゃい!」


 あゆみちゃんの声は良く通る。

 ハッキリとしていて、声が大きいわけじゃないのに自然と背筋が伸びるのだ。


「なんで最初の日、死のうとしてたの?」


「ぇ、あ、いや……」


 真っ直ぐに見つめてくる瞳から私は目を逸らした。

 あゆみちゃんが言っているのは、浅野少年と再会したあの日のことだ。


「えと……カビが、生えてたから」


「カビ?」


「ぁ、う、あ、わ、分かんないよね。ごめんね。えっと、違くて、あの……」


「いいから、続けて」


 あゆみちゃんの声は淡々としていた。

 それでなんだか落ち着いて、自然と言葉が出てくる。


 ……思えば、このことを人に話すのは初めてのことかもしれなかった。


「あの、死にたかったんだ、ずっと」


 改めて口にしてみると随分安っぽく思えて、少し恥ずかしい。


「わ、私の人生、何も上手くいかなくて……周りに酷い人とか、ぃ、い、意地悪な人がいたわけじゃないんだけど。でも、私がただ無能で、役立たずで、何もできなくて……生きてるだけで世界に迷惑ばかりかけてる、気がして……」


 あゆみちゃんは、静かに私の話を聞いている。だから私の言葉は止まらなかった。


「な、何にも、本当に、何も上手くいかなくて。ぉ、親のお金でっ、ずっと引きこもってて。」


 今だって……。


 目元に涙が滲む。昔はあんまり泣かない方だったのに、最近は両親のことを考えるとすぐこうなる。

 ずっと、惨めなんだ。


「昔からお母さんが、トイレとお風呂だけはキレイにしておきなさいっていってたの。だから、その、引きこもり始めてから、それだけはやってた。それだけで、ギリギリ生きていても良いような気がしてた」


「……」


 真っ直ぐに私を見つめるあゆみちゃんを見て、こんな話しかできない自分が嫌になった。


「でも、本当に、本当に、しょうもない話なんだけど……ふとトイレの後ろを見たら、カビが生えてたの。私、キレイにしてたつもりだったけど、トイレの後ろまで掃除するなんて考えつかなかった。簡単な、ことなんだけど、ね。バカな私は考えつかなかった……」


 真っ白なトイレ。毎日、洗剤をつけてスポンジで擦るだけだけど、それで新品みたいにキレイになるから、それだけが私の存在価値だった。

 でも裏側は黒い黒いカビだらけで。まだら模様は、何かの病気みたいに気持ちが悪くて……


「それで私……無理になっちゃった。生きるの。だから山で首吊ろうって、ね」


 シンと部屋が静まりかえる。

 こんな話、子供のあゆみちゃんにはしちゃダメだった。なのに私は、すっきりとした虚脱感に包まれている。


 力が抜けて、満足でさえあった。

 自分はこんなことを考えていたのだと、吐き出して初めて理解したのだ。


 どこか虚ろな私に、あゆみちゃんは一歩近づく。


「ねぇ、大丈夫だから」


 頭に温かい感覚。

 あゆみちゃんの小さな手のひらが、優しく私の頭を撫でていた。


 自然と小学生の頃を思い出す。学校で喧嘩して帰った日はいつも、母が私を膝の上に乗せて撫でてくれた。


「ありがとね。家とか、色々してくれたりとか……」


 私の目から涙がこぼれる。

 子供のあゆみちゃんに見られているのは恥ずかしいけど、涙がどうしても止まらない。

 だから私は、大人しく撫でられていることにした。そのまま、私は気がつくと眠っていて、夕方に目を覚ますと隣であゆみちゃんも眠っていた。

 その日は、久しぶりに安心して眠れた気がする。


~~~「バカな大人観察日記:PART2」~~~


 そろそろかな?


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