人の気持ちを考えてみましょう
ここ何日かで、かなりあゆみちゃんと仲良くなれた気がする。
わがままなところも多いけど、懐いてくれているみたいで嬉しい。何より、捻くれているように見えて、ちょっとしたことで素直に喜んでくれるところが可愛いかった。
今日は何をしてあげよう?
改めて考えてみると私の手札は、お菓子、お笑い、の時点でほとんど尽きかけていた。
私は本当にダメダメで、最近はなんだか浅野少年や花香ちゃんの方が大人に見える……
「ねー、ヒマなんだけど」
「ぉあ、う、うん! ちょ、ちょっと待っててね!」
さっきまでアニメを見ていたはずのあゆみちゃんが、いつの間にか隣に立っていた。
ダメだ、もっとしっかりしなくては!
浅野少年に頼まれたんだから、あゆみちゃんの相手だけは絶対にちゃんとやりとげたい。
そのためにも、あゆみちゃんを楽しませないと!
でも、小学生が好きなことって何だろう?
あんまり最近の子が何をしてるのか分からない。ドラマとか見るのかな?
そもそも私は小さい頃、何してたんだっけ?
「むむ……」
少し昔のことを思い出してみる。
小学生の頃に楽しかったのは、休み時間……そういえば、クラスで折り紙が流行ってた。
それで、私がアゲハチョウを3日くらいかけて折って、クラスの話題の中心になったんだ。
「ふひ……」
楽しかったな、あの頃は。
20分休みがすごく長くて、ずっと友達と占いの本を見ていた。
そういえば、逆張りで休み時間に日向ぼっこをしたとき、なぜか皆も来て一緒に日向ぼっこしたんだっけ……懐かしいな。
「ねー、いつまで待ってれば良いわけ?」
「あぅ、ご、ごめんね! あのあのあのっ、おっ! 折り紙! 折り紙やろ! お姉さんすごいの折れるからっ!」
そう、昔に作ったアゲハチョウ。折り紙を3枚くらい使うんだ。
あれを見せてあげたら、あゆみちゃんもスゴイって褒めてくれるはず!
「……折り紙ぃ? まぁ、良いけど。私、金ピカのやつで折りたい」
「あ、うんっ! あ、うんっ! 待っててね! ぃぃいまっ、持ってくるからっ!」
私は転がるように台所へ行き、流し台の下の収納を開ける。でも、冷静に考えると折り紙なんて家にはない。
どうしよ、どうしよ、折り紙できない。
アゲハチョウ見せないと。
えーと、えーと……どうすれば?
「……ぅ」
どうしよう。
どうしよ、どうしよ、どうしよう。
「ねー、まだ?」
部屋の方からあゆみちゃんの声がした。
それで余計に焦って頭が回らなくなる。
とりあえず、あゆみちゃんの声は聞こえていないフリをして、台所の収納をガサガサと掻き混ぜた。
そこに折り紙が無いことは分かってるけど、もうどうしようもないから。だから、返事をしないことで時間が進んでいないことにした。
そんなの、意味ないんですけどね。
あゆみちゃんの足音が近づいてくる。
鼓動が速くなる。
失望されるのは嫌だった。
いっそ、このまま私が急に倒れて、折り紙どころじゃなくなれば良いのに。
私は、小さく小さくうずくまりました。
夢ということに、なりませんか?
「……」
視線を感じる。
うずくまって何も見ていないのに、あゆみちゃんがすぐ後ろで立ち止まって、じっと私を見ているのが分かる。
別に私だって、こんなの情けないって分かってますよ~。
もう嫌、なにこの人生。
「……またそれ?」
「うっ」
せめないで、せめないで。
全部分かってるから、突きつけないで。
「別に良いけどさ」
「……えぅ」
それは予想外に優しい声で、少しだけ視線を上げる。
すると、あゆみちゃんがしゃがみ込んで私の顔を見つめていた。
「何か嫌なことあった?」
「だっだっ! 大丈夫で〜す! い、い、だ、大丈夫! 大丈夫! 大丈夫! 大丈夫なので!」
ウソだけど、本当のことを言うのも同じくらいウソだから。
あゆみちゃんは私から目を逸らしてくれない。その瞳は大きくて、可愛くて、なんだか同じ世界の生き物とは思えなかった。
「……私さ、母親と仲悪いの」
「えぁ!?」
急にそんなことを言われて驚いてしまった。
あゆみちゃんはもっと、自分を隠してる子だと思ってたから。
これは真剣に聞かなきゃいけない。
さっきまで頭の中にあったグルグルは気がつくと消えていた。
浅野少年が私に家族のことを話してくれたのはいつだっけ?
思えば、出会ったその日に聞いた気がする。もしかすると、あゆみちゃんや浅野少年みたいな子は、みんな自分の深いところを見て欲しがっているのかも。
姿勢を正して続く言葉を待つ。
「……」
しかし、あゆみちゃんは黙って私を見ていた。
無言はちょっと苦手だ。いつが自分の喋る番か分からなくて、喋りすぎたり喋らなすぎたりしてしまうから。
それでもやっぱり無言が続くと急かされたような気になって、私はついつい言葉を吐いた。
「ぁ、あの……わた、私、あんまり、えっと……」
「ねぇ」
「ひゃ、ひゃい!」
あゆみちゃんの声は良く通る。
ハッキリとしていて、声が大きいわけじゃないのに自然と背筋が伸びるのだ。
「なんで最初の日、死のうとしてたの?」
「ぇ、あ、いや……」
真っ直ぐに見つめてくる瞳から私は目を逸らした。
あゆみちゃんが言っているのは、浅野少年と再会したあの日のことだ。
「えと……カビが、生えてたから」
「カビ?」
「ぁ、う、あ、わ、分かんないよね。ごめんね。えっと、違くて、あの……」
「いいから、続けて」
あゆみちゃんの声は淡々としていた。
それでなんだか落ち着いて、自然と言葉が出てくる。
……思えば、このことを人に話すのは初めてのことかもしれなかった。
「あの、死にたかったんだ、ずっと」
改めて口にしてみると随分安っぽく思えて、少し恥ずかしい。
「わ、私の人生、何も上手くいかなくて……周りに酷い人とか、ぃ、い、意地悪な人がいたわけじゃないんだけど。でも、私がただ無能で、役立たずで、何もできなくて……生きてるだけで世界に迷惑ばかりかけてる、気がして……」
あゆみちゃんは、静かに私の話を聞いている。だから私の言葉は止まらなかった。
「な、何にも、本当に、何も上手くいかなくて。ぉ、親のお金でっ、ずっと引きこもってて。」
今だって……。
目元に涙が滲む。昔はあんまり泣かない方だったのに、最近は両親のことを考えるとすぐこうなる。
ずっと、惨めなんだ。
「昔からお母さんが、トイレとお風呂だけはキレイにしておきなさいっていってたの。だから、その、引きこもり始めてから、それだけはやってた。それだけで、ギリギリ生きていても良いような気がしてた」
「……」
真っ直ぐに私を見つめるあゆみちゃんを見て、こんな話しかできない自分が嫌になった。
「でも、本当に、本当に、しょうもない話なんだけど……ふとトイレの後ろを見たら、カビが生えてたの。私、キレイにしてたつもりだったけど、トイレの後ろまで掃除するなんて考えつかなかった。簡単な、ことなんだけど、ね。バカな私は考えつかなかった……」
真っ白なトイレ。毎日、洗剤をつけてスポンジで擦るだけだけど、それで新品みたいにキレイになるから、それだけが私の存在価値だった。
でも裏側は黒い黒いカビだらけで。まだら模様は、何かの病気みたいに気持ちが悪くて……
「それで私……無理になっちゃった。生きるの。だから山で首吊ろうって、ね」
シンと部屋が静まりかえる。
こんな話、子供のあゆみちゃんにはしちゃダメだった。なのに私は、すっきりとした虚脱感に包まれている。
力が抜けて、満足でさえあった。
自分はこんなことを考えていたのだと、吐き出して初めて理解したのだ。
どこか虚ろな私に、あゆみちゃんは一歩近づく。
「ねぇ、大丈夫だから」
頭に温かい感覚。
あゆみちゃんの小さな手のひらが、優しく私の頭を撫でていた。
自然と小学生の頃を思い出す。学校で喧嘩して帰った日はいつも、母が私を膝の上に乗せて撫でてくれた。
「ありがとね。家とか、色々してくれたりとか……」
私の目から涙がこぼれる。
子供のあゆみちゃんに見られているのは恥ずかしいけど、涙がどうしても止まらない。
だから私は、大人しく撫でられていることにした。そのまま、私は気がつくと眠っていて、夕方に目を覚ますと隣であゆみちゃんも眠っていた。
その日は、久しぶりに安心して眠れた気がする。
~~~「バカな大人観察日記:PART2」~~~
そろそろかな?
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