動物園に行こう!
ひ、人が多いよ……
あゆみちゃんが動物園に行きたいっていうから頑張って来てみたけど、ヤバいかもしれない。
行きの電車で既にグロッキーだったのに、園に入ってから更に動物が増えている。
まだ何も動物見てないけど少し休みたいな〜、なんて横目であゆみちゃんを見てみる。けど、彼女は既にちょっと退屈そうだった。
唇を尖らせて地面の土を爪先で擦るあゆみちゃんの姿に、胸が締め付けられる。大人なのに、上手に彼女を楽しませられない自分が嫌だった。
元々ダメダメな私なのに、あゆみちゃんに見捨てられたらどうしよう。せっかく浅野少年に頼られたのに幻滅されちゃう。
よし……なんとか挽回しないと、しないといけません!
「あ、ふぁ……あゆみちゃんっ、な、何か見たい動物いるぅ?」
「……デカい動物」
「あっ! あっ! じゃあっ! ゾウ! ゾウ見よ!」
私はあゆみちゃんの言葉を聞いた瞬間、体の動かし方も分からないままに歩き始めた。端から見たら、私はきっとガタガタと転がるようなギコチナイ動きをしている事だろう。
横目で動物を確認しながら、私は頑張ってゾウを探す。
あれは、鳥。あれは、猿。
鳥、鳥、猿、ヤギ。猿、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥、鳥! いや鳥多いな!
全然ゾウがいません! どこ? そもそも居なかったらどうしようかと不安になる。でも動物園なのにゾウ居ないとかある?
動物園なんて小学生の頃に行ったきりだから、全然勝手が分からないよ……
「はあぁあっ!!!」
重大な事に気が付き、思わずおおきな声が出てしまいました。そのことに、周囲の目! 目! 目! 目で気が付いた!
私は口を閉じて、改めて冷や汗の気持ち悪さを実感する。
「あゆみちゃん……ど、どこぉ?」
ゾウ探しに夢中で、あゆみちゃんが、もう、全然、どこにもいない。
バカです。愚か者です。私には何をやらせてもダメなのです。無能不必要な人間の私は、もはや死ぬしかありません。
「ぃいいいいい……」
ストレスから漏れる自分の小さな奇声。
私はすぐさましゃがみ込んで、カバンから色々な物と一緒に薬を取り出し飲み込む。
あ、前に買ったグミ、カバンの中にあったんだ。
おいしい……
えーっと、少し落ち着いた、落ち着いて、落ち着いてきた。
あゆみちゃん……どこぉ?
右、左を見渡して、猿、猿、鳥、鳥……
「あっ!!!」
少し離れたところで、あゆみちゃんがしゃがみ込んでいた。
私はやはりガタガタと転がるようなイメージで、あゆみちゃんに駆け寄る。
あゆみちゃんは、じっと見つめていました。
ウサギを見つめていました。
この動物園、猿と鳥以外にも動物いたんですね。
「ふぉ……」
話しかけようとして喉が詰まった。
あゆみちゃんを、寂しい気持ちにさせたかもしれない。そんなことを思ったら怖くなって、すぐ目の前にいるあゆみちゃんに声をかけられられられません。
私は、そろりそろりと後退る。
嫌われたく無かったから、視界の端に映る自動販売機でジュースを買うことにしたのです。
自動販売機が、沢山。
どれが良いのだろ?
あゆみちゃんは何が好きなのだろ?
私はカルピスが好きだけど!
浅野少年は確か、コーラが好きだった気がする。何だか可愛いねぇ……
結局、オレンジジュースにした。
あゆみちゃんには柑橘系の香りが似合うと思ったから。
私はそろりそろりとウサギのコーナーに戻り、ジュースを差し出すと同時に口を開く。
「ぁ、ふぅ……は、はい! ど、どぞ〜。こ、これ買ってたからちょっと離れちゃった離れちゃってぇ……」
私の声に反応し振り向いたあゆみちゃんは、第一声にこう言いました。
「おねーさん、だれー?」
終わり!
頭が真っ白になる。何を言われたか分からない。
現実を認識して言葉を出力するのに随分時間がかかった気がする。
ともかく私は、数秒後か数分後か言葉を発した。
「あえっ!? え、ぁ、お、お姉さんデス! あにょ! い、いちお、一緒に……あぁ」
よく見てみたら、それはあゆみちゃんではない。知らない子ども! 誰!? 誰、誰? 誰!?
いつの間にか、あゆみちゃんはウサギコーナーから離れちゃってた。
どうしよ? どうしよ、どうしよう?
周囲を見渡す。
ウサギ、鳥、猿、鳥、鳥、猿、鳥、ウサギ!
どこにも、いない。
あゆみちゃん、どこぉ……?
途方に暮れてしゃがみ込んだ。
もう、終わりだ。終わりです。
また見失うなんて。本当に自分が嫌になる。話しかけるのにビビってジュースなんか買いに行った、結果が今。私は何回失敗するんだ? 今日も明日も明後日も失敗して、あゆみちゃんに嫌われて、浅野少年に嫌われて、誰にも必要とされないまま、最後は床のシミ。
「ぃぃい……」
口から漏れる奇声。
何も考えないように、何も考えないように、何も考えられない。何も考えられない。
「ばぁ!」
「ぉわわっ……」
突然大きい声を出されて、わけわからないまま身をすくめる。
頭は真っ白、なになになになにと思っていると、ひょっこり視界にあゆみちゃん。
「あっ! あっ! いたぁ……」
「いるけど?」
「はぃ……」
いつも通り、あゆみちゃんはツンとしていた。
気持ちが体に追いついてこない。少しの時間で焦ったり驚いたり考えたり……。引きこもってウジウジしていた頃と違って現実が目まぐるしくて、もう疲れてしまった。
「ぁ、ジュー……ぃゃ」
手元のオレンジジュースはすっかり温くなっていたから、そっと体の後ろに隠した。
「ふーん……?」
あゆみちゃんがジッと見つめてくる。
その2つの眼は全てを、全て全てを見透かしているようで、私は自らの浅ましさや醜さに死にたくなってしまいました。
「えい!」
突然、あゆみちゃんが抱きつくように腕を回してくる。
想定外に目を白黒させていると、気がつけばオレンジジュースは彼女の手に収まっていた。
「なにこれ? 私の?」
「ぁ、ぅん、でも、温くなってるから……」
あゆみちゃんは私の言葉を無視してオレンジジュースを開ける。
思わずギュッと目を瞑った。
全部無意味になるのが怖かった。たかがジュースだけど、拒絶されたら、否定されたら、私の心が重くなる。
受験、就活、日常会話、見栄、友達作り、生活、全部失敗した。これ以上失敗したくなかった。これ以上失望されたくなかった。
人のためみたいな顔をして問題を先送りにしてきた私の人生、それがオレンジジュースに集約されているようだった。
「おいしー」
あゆみちゃんは、目を細めてゴクゴクとジュースを飲んでいる。
「ぇ……」
固く瞑っていた目を開く。
「ぁ、ぁ、でも、温い、から……」
小さく言葉を吐いた私の眼を、あゆみちゃんはじっと覗き込んでくる。
「じゃあ新しいの買ってきてよ」
「は、はひっ!」
私は転がるように自動販売機へ走る。
今の状況が、あまりよく分からなかった。だって温いジュースなんて美味しいわけないし、あゆみちゃんは気難しい子だと思っていたから。
だったらあの「おいしー」って、なんなんだろ?
私は、もう一度オレンジジュースを買うと、来たときと同じように走って戻った。汗をかいて、ドタドタと奇妙な走り方。展示されている動物より、私の方がよっぽど見せ物みたいだ。
「はぷぅ……はひゅっ、かひっ……はぁ、はぁ、あゆみ、ちゃん……こ、これぇ」
あゆみちゃんは黙ってジュースを受け取る。
「ひゅああぁっ?!」
ヒヤリとした感覚が、首に押し当てられた。冷たいジュースからの刺激が脳へと響く。私は涙目で、ケラケラと笑うあゆみちゃんを見た。
「これ、飲んでいーよ!」
「え、でもこれ、冷たいやつ……あゆみちゃんの……」
「お前、汗だくだからさ、ごほうび〜」
「あ、う……」
受け取ったジュースを一口飲む。甘かった。冷たくて、火照る体に心地良い。
「美味しい……」
「そーだね?」
あゆみちゃんは、ニャアと笑って温いジュースを飲み干した。
私はちょっと、泣いてしまった。
~~~「バカな大人観察日記:PART2」~~~
かんたーん
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