はいっ、分かります!
やるぞー!
私の気合は十分だった。
何と言っても、浅野少年に頼られたんだから。
役立たずでバカで、人に迷惑をかけるばかりだった私の人生。
それが今、高校生のとき以上に輝いていることを実感している。
私はずっと不安だったんだ。
高校生の頃の思い出は美化された偽りの記憶で、何だったら浅野少年なんて存在しなかったんじゃないかって。存在していたとしても、私のことなんて嫌いだったんじゃないかって。
でも、浅野少年は私を頼ってる。
お金も、死体の置き場所も、おまけにあゆみちゃんの面倒まで!
これもう、ほとんど告白です。あのツンとした浅野少年が、完全に私に頼り切ってますっ。
……ペロペロしたいねぇ。
察するに、浅野少年はあゆみちゃんのことをとても大切に思っている。昔の自分と重ねているのかな? なんて考えてみたり。
だったら、私があゆみちゃんの心を開かせて見せたら、もう浅野少年とのラヴラヴランデヴーも夢じゃない。
なんだか夢みたいだった。
数日前まで毎日、罪悪感で死にたかったのに。今は私なんかが沢山頼られて、必要とされている。
もう死ねないし、死にたくもなかった。
「ふっ、ふほっ、ふっふへへへへ……」
「ねえ、キモイ」
「おはっふぅっ! ご、ごごごめんねぇ?」
あゆみちゃんはお菓子を食べながら、私を怪しむみたいに見つめてくる。
ここまで攻撃的では無かったけど、ツンツンした感じは昔の浅野少年と本当によく似ていた。
「あっ、あゆみちゃんっ、き、きき昨日から難しぃ顔してるけどぉ……な、何か悩み事? おっ、お姉さんにっ、そそ相談しゅる?」
「……別に」
フイと、そっぽを向かれてしまう。
やっぱり浅野少年に置いて行かれて寂しいのだろうか?
「……」
あゆみちゃんの咀嚼音が部屋に響く。
少し気まずいけど、お菓子を気に入ってくれたのは良かった。
「……ぅ」
やっぱり、黙っていてもしょうがない。
私は緊張から少し唇を舐め、ぎこちなく口を開いた。
「わ、わわ、私ぃ……あゆみちゃんのっ、そのっ、ち、力になりたい、なぁ……なん、て……へへ」
汗が一筋、額を伝って落ちるのを感じた。
時間が固まったみたい。私はあゆみちゃんの反応を待つ。
……まあ、やっぱり返事は来なかった。
ちょっと心が折れそうです。
浅野少年は、無視とかしないし。
「……ねえ、この家ってお前のなの?」
「へぁ?」
話しかけられるとは思ってなかったから、思わず聞き返してしまう。
そんな私を見て、あゆみちゃんは露骨に不快そうに鼻を鳴らした。
「この家、お前が自由に使えるの? 誰か遊びに来たりする?」
「えっ、えっ! あっ! えっと……だ、誰も、た、たぶん、あんまり、来ない……でしゅ」
家に来る友達なんか一人もいないのに、『たぶん』とか『あんまり』とか付け加えて見栄を張る自分が情けなかった。
でも、あゆみちゃんは私の様子にはあまり興味が無いようだ。
そのまま「ふーん」と気の無い返事をし、再びお菓子を食べ始める。
「あっ、あっ……い、家に居るのっ、ひっ、暇っだよねっ!? 遊びに行こっ、ど、どどどこ行きたいぃ?」
「別にいい」
「あぁ……」
あゆみちゃんはやっぱりツンとしている。
なんか上手くいかない、心を開かせられない。浅野少年はもうちょっと素直だったのに。
……でも、お菓子をパクパク食べてるのは、やっぱり子供って感じもする。
浅野少年の役に立たないと。
お姉さんなんだから、頼られてるんだから!
「あ、ああっ、あゆみちょんっ」
「……」
当然のように無反応。
あゆみちゃんはまるで私が存在しないかのように、ただパクパクとお菓子を食べ続ける。
無視ですか、そうですか……。
お姉さんやっぱ無理かもです。私みたいな無能ゴミ虫は死んだ方がマシなのです。
せっかく浅野少年が頼ってくれたのに、昔から私は本当に……
「ねえ」
「あっひゅっふひょっ?!」
無視されたと思っていたから、びっくりして変な声出ちゃった。
やばば、恥ずかしっ!
顔が熱くなって、鏡なんか見なくても自分の顔が真っ赤なことが分かった。
そうしていたら、あゆみちゃんが「……ふっ」って笑って、ちょっとだけ心が軽くなる。
「ぉっふぉ! ぁあゆみちゃんっ! おお面白いビデオ見るっ?!」
もっと笑わせたかった。
私、とびきりの秘密兵器があったから。
それは昔から録りためてた、お笑いのビデオ。中学入りたてのときにDVDに移して、今はUSBメモリに入ってる年代物だ。
思えばこれは誰にも見せたことが無かった。でも、小学生の頃から何度も厳選を重ねた自信作。
最近は全然見てなかったけど、これなら絶対に笑わせられる。
私は走って台所へ行き、下の収納を漁ってUSBメモリを探し出す。
無くしたかと思って少し焦った。
そう、このメモリは固くてツルツルとしていて、手触りが良いんだった。
走って戻って、ノートパソコンはを開く。
早く見せたかった。なんだか少し、鼓動が早かった。
「ぁへっへっへっへへ……ぁれ、あれ?」
ノートパソコンに、上手くUSBがささらない。
裏表の問題じゃなくて、手の震えが原因だった。
分かんない。
カチャカチャとUSBメモリを押し付けて、ささらなくて。
そうやって、不安になっていく。
これ、これ見せて、あゆみちゃんが全然笑わなかったらどうしよ。
バケツに絵筆をつっこんだみたいに不安が広がって、焦れば焦るほどUSBがささらない。
しまいには、床に落としてしまった。
なんだか、死にたかった。
「ぁふ~、ふぅ~……や、やっぱ、ぃい、良い、かな……」
義務感で、チラっとあゆみちゃんの方を見る。
見るんだけど、目に入らない。なんだか良く分からなかった。
見なきゃと思って顔を向けるんだけど、あゆみちゃんが目に入って表情なんかを認識する前に……視線は床へと落ちてUSBへ。
こんなこと、訳が分からない。泣きそうなんだ。
どうしよう。
……動けなく、なってしまいました。
思考はできできできできできるんだけど、どうしようっておなおなおなおな同じことを考えている。
帰りたいって思ってしまう。
どこへ?
あ、鍵が開いてる。窓の鍵が開いている。
敷布団を干しにベランダに出た時、そのまま閉め忘れたんだ。
鍵……あ、USB。あ、あ、あ、あ……
「まだ?」
「あうぅっ!」
まだです。ごめんなさい。
そう言いたかったんだけどな。
動かない私の体。
背後から、とたとたと軽い足音が聞こえている。
動かない私の身体。
「面白いヤツって、それ?」
動かない私。
あゆみちゃんは、何気なく床からUSBを取り上げて、ノートパソコンにさした。
ノートパソコン、ぶっこわれていないかな?
ノートパソコンはパッとUSBの中身を表示した。入っているのは一本の動画ファイル。
「ぁああああああっ!!!」
突然大声を出した私に、あゆみちゃんがビクッとしてこちらを見る。
「……なに?」
「ご、ごめんなしゃい」
私には、もうどうすることもできないのでした。
あゆみちゃんは動画ファイルをクリックして、ノートパソコンはぶっこわれていないので、動画が再生される。
一番最初に流れるのは、このビデオを作り始めた初期から今まで生き残っている最強のコント。
見慣れたテレビ番組の煽り文句が、これから登場する芸人への期待を盛り上げる。
でもなんだか、今はそんなテレビ番組のノリが寒く思えて、早く終わってくれと願った。
あゆみちゃんは、黙って見てる。
笑ってない。たぶん私も。
芸人が二人登場し、コントが始まる。
内容はあまり頭に入ってこない。
確か、子供向けアニメをパロディした内容だった気がする。
あゆみちゃんは真顔だった。
「いっけぇ~!!!」
画面の中で、芸人が相方の首を持って剣のように振り回す。
そのときだった。あゆみちゃんがニヤっと笑って「ふん」と鼻を鳴らす。
「あっ、あっ! あっ! おっ、おもっ、面白いよねぇ!?」
「……まあ、面白いんじゃない」
なんだか、その一言で天にも昇る気持ちになった。
大丈夫、なんだ。
「えと、えと、これ、私が中学生のときに始めて見たやつなんだけどっ! この二つ後に同じコントの、ライブ版の長いやつあって、で、次の漫才はっ! そのコントに繋がるヤツで、私が中学卒業するときにテレビで初公開されたんだけどねっ、お、面白くて! えっと、なんか、修治……あっ、左の黄色ネクタイの方がっ、相方を叩くんだけど!」
私の口は止まらなかった。安心した。
あゆみちゃんも、楽しそうに聞いてくれてるっ!
大丈夫だった、私、ちゃんと、必要になれる!
~~~「バカな大人観察日記:PART2」~~~
思いついた。
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