見てる
穴掘りは比較的順調に進んでいる。
お姉さんが必要な道具を祖父の蔵から借りてきてくれたお陰だ。
このまま進められれば、あと四日ほどで必要な深さの穴を掘り切れるだろう。つまり、死体を埋められるのは、殺人の丁度一週間後というわけだ。
ネットを見たところ、母の死はニュースになっていないようだった。
だが、安心はできない。何が切っ掛けでバレるか分からないし、警察が動いたら真っ先に確認されるのは俺の所在だろう。
不安である。だがやりきらなくては……。
俺は無関係なのに?
ふと、そんなことが頭を過った。
事実、俺にはここまでするほどの義理も理由も無いのだ。
「どうしようか」
虚空に一つ言葉を吐きだす。
ネットで軽く調べたら、人を一人殺した際の刑期は十から二十年前後というのが一般的らしい。だが、過去には一人殺して無期懲役や死刑になったケースもあるそうだ。
警察に捕まれば、名倉さんもそうなるかもしれない。
名倉さんは逃げようと言った。
俺がその言葉に乗って、死体を放り出したまま遊び歩いても、きっと困るのは名倉さんだろう。
俺は別に、今にも死体のことなんか忘れて逃げ出せる。
だが、事の発端である死体の隠蔽を提案したのは俺なのだ。
俺は死体の隠蔽を提案し、穴を掘るという行為に名倉さんを縛り付けている。
……だから、俺は共犯者だ。
共犯者とはつまり、共同で罪を犯した者である。
俺と名倉さんは一蓮托生で、だというのに俺の方が罪は小さい。不平等、不均衡、それは名倉さんを見捨てる合理的な理由であるが故に、俺は名倉さんを見捨てられずにいた。
誰からも見捨てられる人だけは、見捨てるわけにはいかないのだ。
「ぉ、お~い……ぁあ、浅野少年?」
ふっと思考の海から意識が切り替わる。
自分が買い物帰りであることを思い出した。
視界には信号機。
そうだ、俺は信号機の待ち時間で考えごとをしていたんだ。
「浅野少年っ、浅野少年っ……なな、悩み事ぉ? ですかぁ……ぇへえへ」
「いや、別に」
「ぁお、お母さんのこと気にしてるならぁ、ぉあ穴っ! お墓にしましょっ!?」
急に大きな声を出され、耳元がキンとする。
お姉さんは普段、近くで囁くように話すが、声の大きさが安定しないから時折こうなるのだ。
距離感も近く、話すときは更に擦り寄ってくるから何とも話しづらい。
「母のことは気にしてないから。というか、急に押しかけてごめん。あと五日もしたら出て行くから」
「ぇあっ! いっ! 五日!? 五日って、五? ななっんでっ? ず、ずぅっと居ましょぉ?」
「いや、急に知らない子供三人で押しかけて来て、死体もあるなんて負担になるでしょ……最悪の場合、お姉さんも警察に色々聞かれちゃうだろうし」
「いっ、良いって! わわ、私はっ! あっ! あ、ぁ、ぃかないでくだぁいぃ……」
「ちょっ、お姉さん」
お姉さんが目に涙を滲ませながら抱き着いてくる。
お姉さんの服は汗で少し湿っていて、濡れた犬のような臭いがした。
このささやかな不快感は小学生の頃にも覚えがあり、俺はあのときと同じく顔を顰める。
「あの、お姉さん……」
俺は抱き着いてきたお姉さんを見下ろし、いっそう深く顔を顰める。
お姉さんは鼻を鳴らし、まるで俺の臭いを嗅いでいるかのように見えた。
「ふぁ……ふひぃ……」
だらしのない声を漏らして、救いようが無い。
これが年長者の姿なのか……?
しかし、匿われている立場の俺に気を遣わせないのは、ある意味お姉さんの才能なのかもしれない。
思い出してみれば、疲弊していた小学生の頃も、今も、お姉さんの奇行に少なからず気を紛らわされている。
……尤も、執拗に臭いを嗅がれるのは遠慮願いたいが。
「お姉さん、止めてね」
「ぉあっ!? やや! 何もしていません! ぉお姉さんっ、浅野少年と離れるのが寂しくてノスタルジックにぃ、なっていました!」
もはや言い訳なのかも良く分からない妄言だ。
「ででででもぉ……ほんと、浅野少年、心配ぃです。お、落ち込んでるとこ、と、取り繕うっ、たた、タイプっですからぁ……」
なるほど、確かにそうかもしれない。
「別に、そんなんじゃないよ」
「そぉ、それとぉですねぇ……あのあのあのぁのあゆみちゃんっ、だ、大丈夫ですかねぇ……」
「どういうこと?」
「ぁゆみちゃんぅ、さ、寂しそう、でした」
意外な言葉にギョッとして、思わずお姉さんの顔を見る。
お姉さんの眼は憂いの色を纏い、どこか遠くを見つめていた。
実際のところ、お姉さんの言葉に思い当たる節はあったのだ。
最近は死体と名倉さんにかかりきりで、あゆみとはあまり話せていなかった。
正直に言ってしまえば、考えないようにしていた。単純に、死体や名倉さんの問題と比べて優先順位が低いから。
けれども、それは良くないことだ。
人間に優先順位をつけて、今までの関係に甘んじ会話が蔑ろにする。そんなこと、子供相手にやりたくない。しかし、やってしまっていた。
子供の頃の影響というのは、そのまま成長に現れる。
俺はそれを身をもって経験しているし、これから大人になるにつれ、今の経験だって歪んだ形で表出するだろう。そしてそれは、あゆみにだって言えることだ。
もう俺は、あゆみを巻き込んでしまっている。
「……お姉さん」
「な、なにっ、なんですかっ?」
ぎこちない笑顔、震えた声、けれども傾げた首は確かに昔の面影を感じる。
「俺、ちゃんとあゆみと話すよ。ただ、お姉さんも……小学生の頃の俺にしてたみたいに、あゆみと一緒にいてくれないかな? やっぱり死体に時間とられちゃうから……」
果たして、お姉さんは首がとれるほどに頷いた。
そのことに俺は安心しつつ、一つため息を吐く。
まだ、何も解決していない。
あゆみの寂しさも、名倉さんの『逃げよう』という提案も、死体も。
だというのに、俺はお姉さんの間の抜けた挙動に、どうやら救われているらしかった。
~~~「バカな大人観察日記:PART2」~~~
今日も留守番、たいくつ。
晋作を助けるためにも名倉花香をどうにかしないとだけど、どうすればいいか分かんないです。
そういえば、あと五日くらいで、名倉桃子の家に帰るらしいです。
変な女が、独り言なのか私に言ってんのか分かんないけど、ブツブツ言ってました。
変な女はキモイけど、晋作が転校していなくなった町にもどらないとなのは最悪です。
というか、晋作はどうするんだろ?
母親いなくても転校のやつとかできるのかな?
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