ペットの虫
晋作を助けなきゃ。
でも、晋作は何で辛そうなんだろう?
考えてみたら、やっぱ名倉花香のせいかなって思う。
名倉花香は頭がおかしい。
夏休みのときみたいなダルさは無くなったけど、気持ち悪さは変わってない。
私は見た。夏休みの終わりにアイツが晋作の首をしめてたとこ。
しかも、興奮してた。怒ってたんじゃなくて、晋作が好きなのに、アイツは首をしめてた。
あのときはちょっとだけ、怖かった。
そしたら次は人殺したって、ヤバい。
すぐ警察に言おうと思ったけど、スマホで調べたらなんか死体かくすの手伝ったやつも犯罪っぽい。
晋作もつかまったらヤダから、警察には言わないことにした。
でもじゃあどうしよう?
名倉花香は体がデカくて強いし、頭がおかしいから論破も意味ないし。
てゆうか晋作は私がつかまえてきたのに、なんでアイツ晋作のこと好きになってんの? 意味わかんないんですけど!
そもそも晋作もあんなの無視すれば良いのに。
「う~……」
「ぁ、ぁ、あ! お、お困り? ぃいひぃ」
じろっと変な女を見る。
そういえば、いたんだったコイツ。
無視して考え事に戻る。
えーと、何考えてたんだっけ?
「あ、あ、ちょ、チョコッまだあるよぉ」
……見れば分かるし。
めんどくさいから、もう一個だけチョコを食べた。
その間も変な女はこっちをじっと見てくるから気持ち悪かった。
なんか、かんしされてるみたい。
「ねえずっと見てくるのウザい!」
「あ! ふっ、あ! あっ、あぁ! あぁ……」
変な女はビクビク震えながら手をバタバタ動かして、急に動かなくなった。
俯いて、口から変な音出してる。虫みたい。
「……」
大人なんて全員キライだもん。
身勝手で理不尽でバカで話聞かなくて、自分が子供よりエラいと思ってるから。
でも晋作は好き。
バカでザコですぐ独りになろうとするけど、ちゃんと話聞いてくれて、私のこと否定しないから。
私は私が好き。好きだった。
そうじゃないと、世界の全部がキモくなるから。
でも最近は晋作がいるから、自分のことちょっとキライ。
学校に友達がいない。
何にもできない。
何も変えられない。
一人で生きていけない。
どれだけ晋作と遊んでも、最後は名倉桃子がいる家に帰らないといけない。
自分で選んだものなんか、あの家には一つもない。
でも晋作の家には、私が選んだ傘があるから。
「……帰りたい」
自分の言葉なのに、なんでか泣きそう。
でも変な女がいるから、涙は出ない。
「ゔっ! ぇあ!」
無視。
「あ、あっ、おほっ、おうちっ、お家までっ! お、送ろうかぁ?」
「……いい」
「でででででもでもっ、かかっ、帰りたいってぇ……」
変な女の表情がムカついた。
心配してるフリ、優しいフリ、気にかけるフリ、大人のフリ。
全部助ける気がないクセに。
「いいって言ってるでしょ!」
「ぁ、しゅ……ふぅ、ふひ……」
変な女は、また小さくなって固まった。
意味わかんない。私の方が子供なのに、私がイジメてるみたいだ。
大人のくせに子供に負けるとか、弱すぎでしょ。
ビビってるみたいな顔して、ありえない。
「……はぁ」
最悪。
「……チョコ、まだある?」
「あっ! あっ! あるあるあるあるっ」
変な女は、台所に走ってった。
その後ろ姿を見て、私はもう一回ため息が出る。
なんで私が気ぃつかってんだろ。
てゆーか晋作のまわり、ヤバいヤツ多すぎ。
「あっ、ふ、こ、こりぇ……」
変な女が抱えて持ってきたのは、ありえないくらい大量のお菓子。
見たことない量、全部食べたら絶対デブる。
でも、ちょっとテンション上がった。
「ヤバ。良いの?」
「ぅ、お、うんっ、はふ、あは、ぉ、な、無くなったらぁ、また買うからぁ……」
「へー、大金持ちじゃん」
変な女は嬉しそうにニヤニヤ笑ってた。
意味わかんない。でも、いっぱい食べられるのは最高。
とりあえずグミを開ける。
ちょっと固めで、好きな感じのヤツだった。
グミはすっぱい系が一番うまいから好き。
「ふふ、うま……あ、こっち見んな」
「ぁ、うふ、ご、ごめぇ……」
変な女は俯いたけど、ニヤニヤ笑いはそのままだった。
別にコイツが落ち込んでるのとか気にしてなかったけど、うじうじしてるのキモイから、ちょっとマシかな。
「ぁ、あふ、あにょぉ~」
グミを食べてたら、変な女が指をクネクネさせながら話しかけてくる。
「なに?」
「あ、あ、は、花香ちゃんとぉ……ぁあ浅野少年、ど、どういう関係ぃ? っひへ」
急に何かと思ったら、コイツそんなこと気にしてたんだ。
でも、改めて聞かれると分かんない。
名倉花香と晋作ってどういう関係なんだろう?
私が知ってるのは夏休みに首しめられてたことだけど、なんであの後にまだ仲良くしてんのか意味わかんない。
てゆーか殺人犯なの知ってて一緒にいる晋作って、結構頭おかしいかも。
……まあ、別に良いけど。晋作は私のだし。
「あの二人の関係とか、知らない」
私がそう言うと、変な女は周囲を気にするみたいに目を動かした。
「ぇ、ぇと、あのぉ……つ、ちゅ、付き合ったりぃ、し、してる? かなぁ?」
「は?」
「あ、だ、だって! 浅野少年っ、お、お母さん殺しちゃったのに一緒にいるのっ! な、なんかっ! ふ、普通じゃないっていうかっ! ぁ、あ、穴掘りもっ! 花香ちゃん手伝ってるみたいだしぃっ!」
変な女が何か言ってるけど、全然頭に入ってこなかった。
てか、だって、ありえないし。名倉花香と晋作が付き合ってるとか。
だって私、晋作と……チューしたし。ありえない。
でも変な女の言う通り、普通に考えて人殺したヤツと一緒に死体かくすの手伝うとかおかしい。
もし付き合ってなくても、全然好きとかありえるかもしれない……。
でもだって、私、めっちゃ晋作の家とか行ってたもん。
てゆーか晋作、私に合鍵くれてるし!
付き合うみたいなのないけど、でも、だって好き同士じゃん! ふつーに!
私になにも言わないで彼女つくるとかしないもん!
「うぅ~……」
頭が熱い。ぐちゃぐちゃする。意味わかんない。
どうしよ、あんな頭おかしいヤツのこと晋作が好きになるわけないって思ってたけど……。
「ぁあにょ」
変な女は私に睨まれ、ビクッとしてから控えめに口を開いた。
「ぁゆみちゃんもぉ……あ、浅野少年のことぉ、しゅき……なの?」
「はぁ?」
なに? ていうか意味わかんない意味わかんない意味わかんない!
なにコイツ、ホント意味不明! バカバカバカバカ!
顔がカッと熱くなって頭がふっとーしそうになる。
何か、急に恥ずかしかった。ていうか、別に、私っていうか、晋作の方が私のこと好きだし。
私じゃないし。
ていうか、私と晋作の関係を他人から言われるのって最悪だった。
私たちの『好き』ってもっと大事なヤツで、それだけじゃなくて、もっと全部なのに。
他人が私たちのこと何か言うのも考えるのも何もかも全部ヤダった。ヤダ、嫌だ!
「あーもっ!」
意味わかんないくらいムカついて、気が付いたら大きな声出してた。
頭の中が真っ白で、分かんないけど、たぶん私は、なぐろうとした。
そのとき、玄関から鍵を開ける音がした。
晋作と名倉花香だ。
二人は何か話しながら手を洗いに洗面所へ行った。
私は何か、どうすれば良いか分かんなかった。
変な女から「好きなの?」って聞かれて、急に意味わかんなかった。
私と晋作の関係って、好きだけど、他の人は全部うるさくて、もっと大切なヤツだったはずなのに、頭の中がアニメとか映画の……チューのシーンみたいなのでいっぱいになった。
「やあ、戻ったよ。穴掘りというのは、なかなかに骨が折れるものだね……お、随分な量のお菓子だな。少しいただいても良いかね?」
洗面所から戻ってきた晋作が、のんきに変なしゃべり方してる。
人が死んでから変なしゃべり方してなかったけど、戻ったんだ。
「……知らない、お菓子私のじゃないし。そこの変な女に聞けば?」
なんか、晋作の顔が見れなくて、私はグミをつぶしながらボソボソしゃべった。
でも、そういうときに晋作はすぐ気が付く。うれしいけど、でも今日はウザかった。
「どうしたのかね、あゆみ君。留守中に何かあったのか?」
「何もないー! ザコ!」
晋作は笑って「そうか」とだけ言う。
うっさかった。名倉花香と二人で穴掘りしてたくせに。
そのまま晋作は私の隣に座って、私が食べたのと同じグミを食べ始めた。
「……なんでそのグミ、一番最初に食べたの?」
私が聞くと、晋作は「え?」と言って少し考える。
「なんか、美味しそうだなと思っただけだよ。深い理由は無い」
「ふーん?」
私は、晋作の肩に頭突きした。「痛っ」って言ってる顔見て、なんか許した。
絶対、私が助けてやろうと思った。
晋作はすぐ私のとこから逃げるから、捕まえに行ってあげないといけないんだ。