えっちまん!
恥の多い生涯を送ってきました。
……その続きは知らない。
毎日朝読書の時間に人間失格を開いてるけど、その冒頭以降を読めたためしが無いから。
それでも私が人間失格を手放さないのは、何となくタイトルが何となく格好良いからだった。
高一、夏休み某日。それは私が浅野少年と出会った日で、初めて死のうと思った日。
高一の私は人間失格のあらすじをネットで読んで、自殺というのが自分にとって一番の幕引きだと考えたのだ。
死ぬのは山が良い。
頭に浮かんでいたのは蝉の声、綺麗な川の傍で儚げな笑みを浮かべ、眠るように横たわる私の死体。
とにかく現実を変えたかった。
高校デビューでミステリアスを気取っても、そんな私を見てくれる友達がいないと意味が無い。
逆に孤高を気取ってみても、成績が悪いのだから格好がつかない。
そんな自分が、現実が、嫌いだった。
嗚呼、私はどこで間違えてしまったんだろう?
分不相応な進学校に行ったことか、それとも高校デビューをダウナーキャラで行ったことか。
どうあれ私は、今の自分を捨て去りたくて、美しい死体になりたかった。
齢十六の私にとって、自己実現とはそういうものだったのだ。
だから私は山に登っていた。
良い感じに蝉が鳴いていて、入道雲もアニメっぽい。
執拗に塗り込んだ日焼け止めと汗がベタつくのは不快だったが、夏とは得てしてそういうモノだ。
その道中、崩れかけた廃屋で私は出会った。
「……」
ほっそりとした身体とアンバランスに日焼けした肌。
どこか影のある表情の上で生意気そうに動く瞳。
廃屋の縁側に座り込んで揺れる足。
端的に言って、エロかった。
「少年、こんなところで何をしているのかね?」
嗚呼、きっと私はこの子の前でミステリアスなお姉さんとして完成するんだ。
「ぇ、遊んでますけど……」
「独りでかい?」
私の問いに、少年は警戒したようにこちらを見ながらも小さく頷く。その態度は猫のようで、ますます私好みだった。
「ふふ、実は私も独りなんだ」
「はぁ、そうですか」
決め台詞だったのに、返って来たのは淡泊な反応。
でも、私は少年の鎖骨ばかり見ていたから、あまり気にしていなかった。
「少年、名前は?」
「……浅野ですけど」
「そう、じゃあ浅野少年。私のことは、お姉さんと呼ぶと良い」
「はぁ、お姉さん?」
「んっふ」
「……」
胡乱な目で、少年は私を刺すように見つめる。
風がそよいだ。
夏の青と少年はどこか現実から浮いて見え、この廃屋は日常から切り離されていることを私は直感した。
心を開かせたい。
私はそっと、少年の隣に腰掛ける。
「浅野少年は何して遊んでいたんだい?」
「別に、なんか……本とか読んでました」
「なるほど。実は私も、少し嗜む方でね」
カバンから人間失格を取り出す。至って自然体。
子供は人が自殺する本なんて見たこともないだろうから、きっと私をこれまでに出会ったことのない種類の大人だと思うはずだ。そう思っていたのだが、その予想はあっさりと覆されることになる。
「俺はそれ、あんまり好きじゃない」
「え、ああ、読もうとしたけど難しかったとか? まあ、その気持ちは分かるよ。でもね、いつか浅野少年にも人間失格の本質を理解できるようになる日が来るさ」
私はその良さを、ネットの知恵袋で理解した。
いつか少年も同じサイトを目にするかもしれないと思うと、少し感慨深い。
「別に全部読みましたけど、とにかくオチが嫌でした。吾輩は猫である、とかもそうですけど、あの時代の本ってそういうのばっかじゃないですか」
えー!
「まあ、うーん……オチのどういうところが嫌だと思ったのかな」
「あれって、周囲の人間が主人公のことを良い子って言って終わるから。なんかそういう、そういうヤツらがいるから、主人公はずっと辛かったんだろって、思って、思いました」
えー!
どうしよ、知恵袋に主人公が無理心中しようとしたって書いてあったことしか覚えてない。
ていうか首元の日焼け跡がチラチラしててスゴイ。
「浅野少年、こっちに来て」
「……」
一回、二回、浅野少年は尻を上げて私の方に寄る。思っていたより素直だ。
褐色の肌が、すぐ目の前にある。やっぱり子供の肌はきめ細かくて綺麗。
「はい、よしよし」
警戒したような表情の浅野少年をバッと抱きしめ、頭を撫でる。
私はとにかく会話を有耶無耶にしたかった。自らの馬鹿さを誤魔化そうと必死だったのだ。
彼は私の手の動きにビクリと震えたが、逃げようとはしなかった。
背中を優しく叩いてやると、少しずつ浅野少年の身体が弛緩していくのが分かる。一方で、私の興奮はどんどん高まっていった。
少年の細くて小さい身体、サラサラとした髪の手触り。
ドキドキと鼓動が早くなり、より深く息を吸い込む。
汗の香りがした。
更に鼓動が早くなる。
性欲が腹の奥から広がるようで、更に強く浅野少年を抱きしめる。
鼓動が早くなる。
抱き締める。
息を吸い込む。
胸が疼き、顔を髪の毛に押し付ける。
鼓動が早くなる。
そこで私は目を覚ました。
+++++
暗い部屋、いつもと同じ天井。
あれ、私って死んだんじゃなかったっけ?
遅れて自分のものとは違う体温に気が付く。
夢と鼓動の早さを同期させたまま、顔を下に向ける。
そこにいたのは、浅野少年が連れて来た無口な女の子だった。
顔を上げ周囲を見渡すと、少し離れたところで浅野少年がJKに抱きしめられている。
脳の奥が熱くなった。これが寝取られ?
私の唯一の拠り所だった高校の夏の思い出を奪わないで欲しい。希死念慮が強くなるから。
私はジッと、浅野少年だけを見つめた。
あの夏の夢は、大学を中退して少ししてから毎日のように見ている。
ずっと、懐かしい過去を、繰り返し、繰り返し……
目覚める度に自分の現実を思い出した。でも今、私の部屋には浅野少年が居る。
高校生になって体は成長しているけれど、相変わらずエロすぎる。
やばい、興奮する。未成年淫行したい。
「ほっ、ふふっ」
思わず声が漏れた。
嗚呼、きっとこれは現実で、間違いなく夢の続きだ。
+++++
少し離れたところにいるお姉さんが、身動ぎしました。
私は意識をすぐに浅野くんへと戻し、再び目を瞑ります。
浅野くんと二人寝転んでいるこの時間こそが、きっと私の幸せでした。
でも、本当は二人きりになりたいのです。
最近は何だか、浅野くんと一緒にいられない全ての時間が無意味に思えます。
全部、どうでも良いのです。
学校も家族も将来も、浅野くんと過ごす今この瞬間よりも価値があるとは思えなくて……
たぶん、私は狂ってしまったのでしょう。
ずっと記憶の中のお母さんに怯えて取り繕っていた表面が、なくなってしまったのですから。
でも、良いのです。
浅野くんは私を否定しないから。
理解されなくても、否定もされない。それだけで、私は私という存在を否定せずに済むのですから。それで良いのです。
ふと目を開けると、カーテンの隙間から街灯の明かりが差し込んでいました。
光の線は浅野くんの首筋を撫でて、私の指先で止まっています。
ドキドキするのは、恋しているからなのでしょう。
光の線を指先でなぞると、浅野くんはビクリと震えて、緊張したように体をこわばらせます。
まだ、起きていたみたいです。
私は何故だか嬉しくなって、次は喉仏を指でなぞりました。
ふわりと逆立つ産毛すら愛おしいのは何故でしょう?
私はただ、どうしようもなく一つになりたいと思いました。
全部、全部分かってもらいたいのです。本当は理解してもらいたいのです。ぐちゃぐちゃになって一つに混ざって脳の髄まで一緒になれば、それは叶うのかな?
言葉をどれだけ尽くしても、頭のおかしい私を理解してもらえないのなら……もう、感覚で、痛みで、快楽で、一緒になって理解し合うしか無いのではないかと、時々思えてしまうのです。
浅野くんにしたように、ふと自分の首を絞めて、これこそが共感なのではないかと考えます。
……でもきっと、こんな方法では浅野くんの理解を得られないですよね。
頭の中で、まだ時々お母さんの声がします。
私は首を絞めるのと同じ気持ちで、浅野くんの体を抱き締めました。
……望みすぎです。
私を拒絶しないでいてくれる浅野くんに、私はもう満足しているのです。満足しているのです。
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・あらすじ
宗教と家族に翻弄されながら生きて来た少年は、ウサギ殺しのお姉さんに連れられ神様と出会う。 神様の実在により崩れる価値観。大人になって気が付く退屈な日常。 常識と衝動の狭間で幸せとは何かを考え、大人になりきれないまま大人になっていく少年の半生を書く。※非倫理的でグロテスクな内容を含みます。
「嫌いなものが溢れている。表層を撫でる無思考な道徳と、自分自身を人質にされて回っている社会。そして、そういった文言の陳腐さが知れ渡ったインターネット後の終末論。考えている奴は不幸になる。それでも、自分を信じている。」