思い込み
~~~「バカな大人観察日記:PART2」~~~
今日は、晋作の家に名倉花香が来ました。いやだったです。
なぜ、いやだったかと言うと、名倉花香が晋作の家にいたら、晋作と遊べる時間が減るからです。
なんか、晋作の家まであっちの家みたいな感じになるからいやです。
あと、名倉花香が今まで来たこと無いのに、晋作が病気になったしゅんかんに家に来たのも、なんかいやでした。
学校でも悪口言われたし、名倉桃子にもカゲグチ言われてたし、最悪の日でした。
バカバカバカバカバカ!
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「先輩~! やっぱ綾加にはムリっす~」
本日は土曜日だが、文化祭の二日前ということもあり学校中が朝から騒がしい。
かく言う俺も、文化祭準備のために午前中から登校していた。夏休み前の俺であれば考えられない奇行である。
「綾加くん、まだ当日までは時間があるのだからそう悲観するなよ。寝なければあと五十時間も使える」
アンティークな置物の位置を調整しつつ、俺は改めて部室全体を眺めた。
まだいつもと大して変わらない教室だが、最終的には大正ロマンな雰囲気になる予定である。
現在、平川と名倉さんは文芸喫茶用の本を図書室へ借りに行っており、部室には俺と綾加、そして暇そうな部長が席でふんぞり返っている。
「綾加後輩、やっぱり消しゴムはじきトーナメントに決めようよ」
「イヤっす! 芥屋先輩、手伝ってくれるって言ったのにその案しか出してくれないじゃないっすか! もっと文芸っぽくてカッコイイ案を出して、綾加もカフェを盛り上げたいんすよ!」
綾加の案である『なんかトーナメント』のアイデアは文化祭二日前にして未だ固まっていない。
案出し会議も随分難航しているように見える。俺は飾りつけの手を止めて、二人の近くの席に座る。
「綾加くん、他にはどんな案が出ているのかね?」
「えっと、マラソントーナメントと、花火トーナメントと、本トーナメントっす!」
未定の案を自信満々に列挙する綾加の様子を見ていると、文化祭まであと二日という状況を理解しているのか不安になる。
「……その中で一番文芸らしいというか、直球の案は本トーナメントだと思われるが、本トーナメントとはどんな企画かな?」
綾加は『本トーナメント』に自信が無いのか、視線を逸らして机の落書きを指でなぞり始める。さっきまで自信満々で案を列挙していたように見えたのだが、どういう心理状況なのか。綾加のようなタイプの思考回路はなかなか掴めない俺であった。
「あの、本トーナメントは、なんか、本でトーナメントできたら文芸部っぽくて一発でOKだと思ったんすけど、本を戦わせる方法が浮かばなくて保留になってるっす……」
「ふむ……とりあえず『本トーナメント』と聞いて俺が思い浮かんだのは、文芸喫茶に置いてある本から好きな本を客に一人一冊ずつ選んでもらって、その本の年間貸し出し回数を競わせてトーナメントをする、みたいな案だが。どうだろうか?」
パッと思いついた案を言ってみる。これならどの本が生徒に人気だったのか予想するゲーム性が生まれるし、勝敗を定量的に判定できる。
後は優勝賞品か何かで釣ればそこそこ客入りも増えそうだ。
「おおっ! なんか分かんないけど良さそっすね! それにします!」
果たして綾加はガタッと席から立ち上がり、諸手を挙げて飛びついた。しかし、そこで芥屋先輩の待ったが入る。
「まってまって、後輩くんの案は叩き台として上出来だけど、まだ改善の余地があるよ。綾加後輩、どうせならお客さんには今回の企画を通して本に興味を持ってもらいたいと思わないかい? 先輩はね、綾加後輩なりのアイデアを聞きたいよ」
「え? うーん」
綾加の反応は鈍い。しかしそれも当然である。そもそも綾加は本に興味を持っていない側の人間なのだから。
芥屋先輩もそれを察したのか言葉を付け加える。
「というよりもね、私は綾加後輩に今回の文化祭を通して文芸に興味を持ってもらいたいんだ。仲の良い人がいるという理由で文芸部に入ったのならそれはそれで良いけどさ、せっかくここが文芸部で、君は文芸部員なんだから。どうせなら私は、君に文芸を通じて世界の楽しさを知って欲しい」
先輩にしては珍しく真面目な雰囲気である。
綾加は少し驚いたように目を見開いた。芥屋先輩は、そんな綾加に優しく微笑みかける。
「大丈夫、綾加後輩ならできるよ」
「ぉ、は、はい! 綾加ガンバルっす!」
大きく破顔した綾加を見て、芥屋先輩は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ綾加後輩、君のように本にあまり興味が無い人たちはどうやったら本に興味を持つと思う?」
綾加はその問いに答えようと目を瞑った。
しかし、うんうんと唸るばかりで表情は険しくなっていく一方である。
どうにも答えが出なさそうだったので俺の方から案を出そうとた瞬間、芥屋先輩に手で制される。
「ねえ、綾加後輩はどんなものが好きかな?」
「え? 朝ごはんが好きっす! あとは、プ……ア、いや、やっぱり、えっと、えぇ~と」
綾加が何かを言いかけて露骨に口ごもる。
周囲の様子を窺う、否定され慣れた人間の行動だった。
「俺は綾加くんの趣味にケチをつけるつもりは無い。言いたいのなら気にせず言いたまえ、言いたくないのなら朝ごはんの方から話を広げよう」
「あ、えっと……」
綾加は俺を見て、それから芥屋先輩を見る。彼女の手は机の下でギュっと握りこまれていた。
数秒ほど逡巡した後、綾加は意を決した様子で口を開く。
「……プ、リキュアが、プリキュアのアニメが、好き、っす」
「では綾加が俺に対してプリキュアに興味を持たせるなら、どういう方法を取る?」
「え? あ……ふふっ、いやあ、先輩は見ないっすよね?」
綾加は冗談だと思ったのか、妙に白々しい笑い方をした。俺はその様子に少しばかり苛立ちともどかしさを覚える。
「見るさ、綾加くんは面白いと思っているんだろう? 無論、俺にとっても面白いかどうかは分からないが、少なくともつまらないか面白いかの判断を下すために一度は見る。最初に見るのは一番新しい作品の一話で良いのかね?」
「あ、待って!」
綾加は反射的に手を伸ばしたあと、考え込むように手を擦り合わせる。
ぶつぶつと呟きながら椅子をガタつかせる様子は、周囲を忘れているような、真剣そのものと言って良い態度である。恐らく、よほどプリキュアが好きなのだろう。
俺が黙って綾加の返答を待っていると、彼女は突然「あっ!」と声を上げた。
「本の紹介カードを作るっす! それで、お客さんに自分がトーナメントで選んだ本がどんな内容か興味を持ってもらうのはどうっすか!?」
プリキュアの紹介方法から思考を連想させたのだろう。どうだっ! とばかりの表情で、綾加は芥屋先輩の方を振り向いた。
先輩は鷹揚に頷く。
「良いと思うよ、それで行こう」
「じゃあ、さっそく紹介カード作るっす!」
俺は年間貸し出し冊数でも調べてリストアップするか。
やる気に満ち満ちている綾加を眺めながらそんなことを考えていた矢先、タイミング良く名倉さんと平川が図書室から戻ってくる。
綾加は嬉しそうに二人の元へと飛んで行き、『本トーナメント』の説明を始めたようだった。
文化祭まであと二日、俺は『浅野晋作殺害計画』を頭から追い出すように次の仕事へと没頭した。




