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メスガキのバカな大人観察日記  作者: ニドホグ
祭囃子と心理学
49/84

指きっっってない!

 名倉さんから文化祭に誘われてしまった。

 目の前の彼女は期待するような面持ちでこちらを見ている。


 だが、正直なことを言えば断りたかった。

 浅野晋作殺害計画のことがある、そこに来てこの提案。

 殺害予告と受け取るのが普通だ。


 しかし俺は、先ほどルーズリーフの話題を出した。

 もし名倉さんが犯人なら、このタイミングでわざわざ文化祭を巡ろうなどという怪しすぎる提案をするだろうか?

 ……どれだけ考えても、所詮憶測の域を出ないな。


 そもそも俺は人を疑ることが嫌いなのだ。

 根拠もなく悪を糾弾し自らの正義を疑わない人間は、滑稽を超えて醜悪ですらある。


「ちょっと、こう、文化祭の日は……」


 俺の口から漏れたのは随分となさけない、ハッキリとしない言葉だった。

 名倉さんは「うん?」と言いながら期待と緊張が入り混じった面持ちで俺の様子をうかがっている。


 非常に断り辛い。

 そも、俺は断るべきではない。

 体育祭をサボった日に名倉さんと約束したのだ。普通のことを沢山しようって。

 であれば俺の返事は一つであり、その答えは二つ返事で出てくるべきだった。

 なりたい自分と現実の自分は、何故こうも違うのか。


 首に這う手が脳裏を過る。


「申し訳ないが文化祭当日には先約があってだね」


 俺は嘘を吐いた。


「ぁ、そっか。そうだよね、ごめんね? 浅野君だもんね、うん、人気者だし仕方がないよ。ごめんね、私、誘っちゃって、断り辛かったよね」


「いや、俺が人気者という認識は明確に誤りだろう。寧ろ人間関係を良くやっているのは名倉さんの方だ、逆に俺はクラスの爪弾き者というのが正しい」


「そんなことないよ~、ほら……文芸部でも、さ、モテモテだったし」


「勘弁してくれ、小学生でもあるまいし。ただの友人関係だ」


 名倉さんはチラと俺を見て「そうかな」と呟いた。

 俺はギクリとする。


「…………」


 その目は何かを見透かすようだった。

 名倉さんの考えていることは分からないけれど、他ならぬ俺に思うところがあるため動揺してしまう。

 俺は名倉さんのことが好きなのか? 以前からしばしば頭を過っている疑問であった。


 前を向いて歩く名倉さんの横顔を見る。

 思えば夏休みから、彼女の色々な表情を見て来た。


 最初は随分と嘘臭い表情をしていて、次第に本心が何か分からない女の子なのだと知った。

 そうして一緒に遠くまで行って、拒絶して、傷つけた。

 ……よしんば俺が彼女に惹かれていたとして、彼女の衝動を受け入れられない俺に恋愛どうこうを望む資格は無いか。


 今はなんとなく小康状態を保っているが、この日常は名倉さんの忍耐によって保たれている。

 故に、いずれ崩壊することは必至だろう。


 俺は決めなければならないのだ。自分が何を思い、何をして、何を求めるのか。

 そう分かってはいるけれど、俺は結局当たり障りのないことしか口にしないまま登校の時間を無為に過ごした。


+++++


「……あ」


「なによ?」


「いや別に」


「そ」


 気まずい。

 現状に対する俺の率直な感想である。


 以前、俺は夏休みにあったことを平川に話し、仲直り擬きのようなことをした。

 一応形の上では許されたような流れになったが、未だに俺は平川の心中を測れずにいる。


 そのまま新入部員の登場により現場は更に混乱、俺と彼女はどこかギクシャクとしたまま文化祭の準備を進めていた。

 そんな折に、芥屋先輩から二人で買い出しに行くよう命じられた結果が今である。


「この店で買えるものは、これで全部かしら」


 平川が独り言のように呟く。


「ブックスタンドも買えるのではないか?」


「ああ、そうね。文房具コーナーかしら」


「いや、さっき園芸コーナーの隣で見た」


「そう」


 会話終了。

 業務的な会話は問題なく行えるのだが、雑談の方はお互いにからっきしであった。

 思えば今までの部活では、芥屋先輩が会話の主導を握るか、平川に世話を焼かれるという形のコミュニケーションしかとっていなかったことに気付かされる。


 俺は現状打破のヒントを得るため、あゆみ、名倉さん、綾加の三人との会話を思い浮かべた。

 

 綾加に関しては、何しろ向こうが良く喋るから会話が途切れない。

 俺は自発的に話しかけることを苦手としているが、返答の方はそこそこだ。


 あゆみは、自分から話すときと話さないときの落差が激しい。

 しかし、話さない時間はゲームをしているため、そこまで気まずくならない。


 最後に名倉さんだが、彼女は俺と一緒にいるとき、そこまで積極的に話すタイプではない。

 彼女との会話は本心のみを発するようにしてきたため、自然と互いの口数が減って行ったのだ。

 それに俺は夏休みの付き合いを通して、名倉さんが話すことよりも一緒にいることを重視していると考えている。

 結果、彼女と過ごす無言の時間はそこまで苦にならなかった。


 結論、俺は平川のことを知らない。故に今この瞬間が気まずいのだ。

 彼女がどういったコミュニケーションを好むのか、どんな話題が好きなのか、俺はまるで分からない。

 もう同じ部活に入って二年目なのだから話した記憶を探れば分かりそうなものだけれど、生憎と思い出されるのは「アンタは私がいないとダメなんだから」という文言だけだった。

 これはつまり、俺と彼女の今までの関わりが、平川の抱いていた生徒会時代の罪悪感によって構築されていたことを意味する。

 なるほど、俺と彼女が友達でないというのは酷く正しい見解のように思えた。


「これで全部ね、アンタは買いたいものとかある?」


「いや、特には」


 平川は「そう」と言ってレジに向かった。

 俺は今まで店を巡っていたときと同じく、彼女の後ろをついて歩く。


「…………」


 俺と彼女の間に友人関係が存在しないということは、そもそも無関係の人間だったと認識するのが正しいのだろうか?

 そうなってくると、そもそも会話をしようとすること自体正解なのかよく分からなくなってくる。

 いや、会話自体は必要なのだろうが、ここで必要になってくるのはただ間を埋めるためだけの言葉だ。言ってしまえば、体育でペアになったクラスの人との当たり障りない雑談みたいなことをすれば良い。


 ……思考が明後日の方向へ飛んでいる。

 事実、俺と平川の関係が拗れている以上、無関係だったという前提は成り立たない。


 そもそも、俺と平川の関係が拗れた原因は何だろうか?

 彼女との会話を思い出す限り、恐らく夏休みに部活を辞めたいと言い出したことが原因なのだが、それで彼女が怒る原因は何だ?

 出て行かれるのが嫌なら戻れば問題ないと思うのだが、部活に戻ると言って謝罪した時も彼女は怒った。

 ……謎だ。


 こういう場合は本人に聞くのが一番良い。

 勝手な妄想は常に、傲慢な期待を押し付ける結果にしかならない。


「あのだな、平川」


「なによ」


 スタスタと次の目的地である古本屋に向かいながら、平川は振り返らずに返事をする。


「いや、何というか、後学のために教えて欲しいのだが、俺が文芸部を辞めると言ったり、戻ると言ったりしていたとき、平川は何について怒っていたんだ?」


 彼女は立ち止まり俺をジロリと睨みつける。


「アンタそれ本人に聞く?」


「平川に聞かねば答えが分からないだろう」


 俺がそう言うと、彼女は短く溜息をついた。


「別に、もうそのことは終わったから良い。私なりにどうすれば良いか決めたの」


「そうか」


 本人が折り合いをつけたと言うのであれば、俺の出る幕ではあるまい。

 芥屋先輩の仲良くしろという意見も分かるが、喧嘩をしているわけでもないのに仲直りなどできないというのもまた事実だ。

 俺は努めて気にしないことにした。


「それよりアンタ、私のこと気にしてる暇なんか無いんじゃないの?」


「どういうことだ?」


「名倉さんと稲塚さんのことよ、どう見てもアンタのこと狙ってるじゃない」


「いや……」


 想定外の方向から突かれ口ごもる。

 しかし、俺は動揺を悟られないようすぐに言葉を続けた。


「止めたまえ、綾加くんは体育祭のときに色々とあって、他に仲良くできる人もいないから慕ってくれているだけだ。それに名倉さんから向けられている感情に関しても恋愛感情とは違う。彼女の個人的な事情を含むからあまり詳しくは言えないが、もっと根の深い問題だ」


「ふーん、そ。なんかしょうもないわ、恋愛なんかしたってどうせ最後には喧嘩別れするんだから」


「繰り返すが恋愛ではない。しかし、その意見には概ね同意する」


 平川が俺のことをジロリと見る。

 俺が真っすぐに見つめ返すと、彼女は目を逸らした。


「べ、別にどうでも良いし。友達ですらない奴の人間関係なんて」


 拗ねたような声音は、今まであまり見たことのない種類のものだった。

 俺は少し意外に思いながら、以前彼女が言っていたことを思い出す。


「そういえば平川、以前本当の友達が欲しいと言っていたな」


「……悪い? 一時の盛り上がりとか、その場の雰囲気とか、そういうものに左右されない居場所が欲しいのなんて、そんな変なことじゃないでしょ」


「悪くなどないさ、ただ少し首尾の方が気になったのでね。良かったら——」


「アンタがなってくれるの?」


 食い気味の言葉に少し面食らいつつ、俺は「いや」と否定する。


「そうではなく、それこそ名倉さんや綾加くんはどうなのだろうと思ってね」


「嫌よ」


 それは酷く突き放したような声だった。

 綾加なんかは存外よく面倒を見ているようだったからどうなのだろうと思ったが、彼女なりの拘りがあるのだろう。

 そも、なんとなく口にした話題だったが、それにしては少々立ち入り過ぎてしまったきらいがある。


 俺は「そうか」とだけ言って、次に買うもののメモを確認した。

 ふと気が付く。平川が作ったそのメモは、ルーズリーフの切れ端だった。

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