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メスガキのバカな大人観察日記  作者: ニドホグ
祭囃子と心理学
44/84

うんち!

「あっ! あゆみちゃん!」


 高校から出てすぐのところで、私は声を掛けられて立ち止まった。


「あゆみちゃんも、おうえん来てたの?」


 同じクラスのヤツだった。

 名前は知らない。人と話さないから、他のヤツから名前を呼ばれないヤツの名前は覚えられない。


「わたしねぇ、おとなりのお姉ちゃんおうえんしに来たの」


 同じクラスのヤツがそう言うと、その後ろからソイツの両親が現れた。


「あら、美来のお友達? 一人なの?」


「……まあ」


「迷子? お母さん一緒に探そうか?」


「いい、一人で来てるから」


「じゃあ、おばちゃんたちと一緒に体育祭見る?」


「いい、帰るとこだったし」


 定型文みたいな質問ばっかで、うるさいと思った。

 だから普通の顔をして振り返り、そのまま早足にならないよう意識して歩いた。

 別に逃げたわけじゃない。

 ただ、なんか、バカの相手が面倒だっただけ。


「……うんち」


 誰もいない道、小さい声で言った。

 家があって、ブロックの壁があって、だれもいない。

 つまんない風景の真ん中で、私は言った。


「うんち」


 バカな男子みたいだ。


「うんち」


 でも、止まらなかった。


「うんちうんちうんちうんちっ」


 名倉桃子だって、こんな言葉は言わない。

 もちろん教師も言わない。

 名倉花香も言わない。

 名前も知らない同じクラスのやつも、あいつの両親も、きっと言わない。


「うんち!」


 晋作だって、たぶん言わない。


「うんちうんちうんちうんちっ、うんこ!」


 ……あ。


「バカすぎ」


 私、たぶん涙出てる。

 意味わかんなかった。なんで、今出るのか分かんなかった。

 クラスの馬鹿な女子みたいに、助けて欲しいときだけ出れば良いのに。

 人の前だと全然涙は出てこない。


 良かった、人前じゃ泣けない可愛くない子で。


「……うんち」


 もう夕方だった。

 夕方に独りでいると、いつも思い出すことがある。

 まだ幼稚園生のときに、公園でダンゴムシを取っていたら名倉桃子が勝手に帰ったときのことだ。


 あのときの私はバカな子供だったから、なんか、すごい、胸の内にキモい綿がつまってるみたいな感じになった。


 ずっと独りで、一緒に遊んでた知らない子供が帰っても、ずっと独り。

 ダンゴムシも気が付いたらどっか行ってて、蟻が落ちてるお菓子を運んでた。

 公園のスピーカーから、ゆうやけこやけが鳴って、それがすごいうるさくて、怖かった。

 ちょっと寒かった。独りはイヤだった。


 でもそのときは、泣かなかった。


 だから今も、泣かない。


 私は全部がイヤだった。

 でも、走る気分にもなれなかった。

 赤い太陽がどんどん沈んでいっていた。

 まだ明るい空に、もう月がのぼっていた。


 私はやっぱり、走ることにした。

 晋作の家まで走った。

 コンビニの横を通って、公園を抜けて、走って、空き地を抜けて、走って、走って、走ったら、晋作の家だった。


 チャイムを押す。


 ピーンポーン。


「…………」


 チャイムを押す。


 ピーンポーン。


「あーもぅっ!」


 チャイムを連打した、ゲームで晋作をボコボコにするときくらい。

 めちゃくちゃに連打して、チャイムも、家も、全部こわれちゃえってくらい押した。


「……うんち」


 でも、こわれなかった。


 私はリュックから合鍵を出して晋作の家に入る。


「ただいま」


 小さい声で言った。

 名倉花香の家でも、晋作の家でも、ただいまなんて絶対言わないけど。

 でも一人のときは、いつも言ってる。


 くつをはいたまま、晋作の家に上がってやった。

 晋作の家なんて、全部泥だらけになれば良いんだ。


「ただいま!」


 そう言いながらドアをけった。

 全力で蹴ったけど、あんまり大きな音は出なかった。


 ……けるのも、泥も、晋作が怒らないって分かってやるのは、ずるいと思う。


 私はくつを脱いで、玄関にそろえて置いた。

 土足で歩いたとこを雑巾で拭いた。


「はぁ」


 雑巾を洗って、洗濯カゴに入れる。

 洗濯物はけっこう、たまってた。

 ついでにくつ下も脱いで、洗濯カゴに入れた。


 足、臭くなってるかも。


 私は床にお尻をつけてると、足を持ってから前かがみになって、においをかいでみた。


「くさっ」


 私は急いで立ち上がり、走ってワンルームに移動する。

 それで、晋作のベッドに足をすりつけておいた。

 すりつけた場所に鼻を近づける。


「くさっ!」


 ふと改めて部屋をみると、薄暗い。

 もう夕方も終わって、そろそろ夜だ。

 電気はつけなかった。


 最初は晋作に気を使ってつけてなかったけど、前に「電気つけて良いよ」ってわざわざ言われたから、わざわざつけないようにしている。

 それに暗い方が、なんかヒミツっぽくて良いし。


 私は晋作のベッドに寝っ転がって、ゲームを始めた。

 めっちゃ強くなって、晋作をもっと色んな方法でボコボコにしたい。

 晋作はゲームへたくそだけど、いつも本気だから、良いと思う。


 晋作は何回負けても、全然ゲームにあきない。

 むしろ、負ければ負けるほど熱中してる気がする。

 キモい。ドMじゃん。


 私が晋作のこと考えててちょっと笑ったら、手がすべって敵に負けた。

 げーむおーばー。


「……あきた」


 私はゲームを止めた。

 負けたのは晋作のせいだ。

 つまんない、あきた。


 前は一人でやってても楽しかったのに、晋作とゲームするようになってから、全然一人でしなくなった。


 私はそれがちょっと、イヤだった。

 これも晋作のせい。

 そもそも、今日運動会に行って最悪な気分になったのも晋作のせいだし。

 ぜんぶぜんぶぜんぶ、ぜーんぶ晋作が悪い。


「うんち!」


 ちょっとハマった。

 晋作もうんちするのかな?

 するとこ、ちょっと、見たい、かも?


「……いやキモ」


 ちょっとヘンタイすぎ。

 ていうか、教師が社会の時間に「変態とは変な態度の略だ」って言ってたけど、辞書で調べたら変態性欲の略って書いてあった。

 どっちがウソつきなんだろう?

 まあ、教師か。

 大人なんてみんなバカでウソつきだし。


「はぁ~」


 まだ、夏が残ってるみたいに暑かった。

 暑かったのに、晋作は毛布を出しっぱなしにしている。

 使わないから、ベッドの足の方でくしゃくしゃになってる。


 私は毛布を広げて、ベッドの上でちっちゃくなった。

 暑かった。

 もっと暑くなれと思った。

 あと半そでだから、うでが毛布のもふもふとこすれて気持ちよかった。


「晋作、早く帰ってこないかな」


 毛布はどんどん暑くなっていった。


 汗が出て来た。

 どんどん出て来た。

 汗がキモかったから、ベッドになすりつけた。


 汗ベッドになすりつけたって言ったら、晋作イヤがるかな?


 気が付いたら、口がニヤニヤしていた。

 ちょっとキモいかも。

 でも、ニヤニヤは止まらなかった。

 晋作が、めっちゃイヤがったら良いと思う。

 でも、洗濯までされたらイヤ。


 自分のこと、ちょっと乙女だなって思った。

 なんか、急に恥ずかしくなってきた。


 毛布をバッと振り払う。

 床に毛布が落ちた。汗も飛び散った。

 気にしない。


 私は汗をなすりつけた部分を服で拭いた。

 もう、におい消えたかな?

 ちょっとかいでみた。


「……よし」


 私は安心して、ベッドの上でぴょんぴょん跳ねる。

 トランポリンみたいにはならないけど、足が沈み込むのが底なし沼みたいで面白い。


「うんち!」


 足がぐぐっとベッドに沈む。


「うんち!」


 体がぽんっと上に跳ねる。


「うんち!」


 なんだか、無限に宙に浮いていられる気がした。


「うんちうんちうんちうんち!」


 空中にいる間、四回もうんちって言えた。

 次は、五回言う。


「うんちうんちうんちうんち!」


「うんちうんちうんちうっ」


「うんちうんちっ……!」


「うんちうんちうんちうんちうん———


 バフッと背中からベッドに着地したとき、上からのぞきこんでくる晋作と目が合った。

 いつから見られてた? いつ帰って来た?


 恥ずかしくて、死にそうだった。


「うんち、か」


 晋作が真面目腐った顔で言う。


「ぎゃー! ばかっ!」


 私の口から、かいじゅうみたいな声が出た。

 すると、晋作がおもむろに口を開く。


「うんちうんちうんちうんち!」


「まねすんな! バカにすんな! バカ! バカ! バカ!」


 晋作のすねをける。

 でも、あんまり痛くなさそう。


「馬鹿になどしてはいないさ。うんち、良いじゃあないか。高らかに叫ぼう。俺はすこぶる機嫌が良いけれど、そんなときこそ言うべきだと思うよ。うんち!」


「バカやろぉ」


 なんか、晋作のうんちは、バカな男子のうんちと、ちがっていた。


「ねえ、晋作もうんちするの?」


「しないさ、俺はうんちそのものだからね」


 晋作はキリッとしていた。面白かった。


「わはっ! きたな~!」


「そうとも、汚らわしい汚物さ。けれども吐瀉物よりかいくらか上等だ」


「目くそ鼻くそじゃん」


「糞であることは否定しない。そも、俺はさっきからそう言っているだろう?」


「うん」


 晋作と話すのは、楽しい。

 学校なんか行かないで、私も、晋作も、ずっと夏休みだったら良いのになと思った。

 そしたらなんでか、また涙が出てきた。

 だからこっそり、でも急いで、晋作のベッドで涙を拭いた。


 バレてるかなって、拭きながら思った。

 もしかしたらちょっとだけ、バレててほしいって思ってたかも。

 でも、やっぱりバレたくないです。

 なんか、こわいから。


「なあ、あゆみ君」


「なに?」


 晋作の顔を見て、ちゃんと泣きそうじゃない声が出た。


「一緒にゲームでもやらないか? 実は新戦略を思いついていてね」


「えー、どうせザコじゃん。またボコされるだけでしょ……でもまあ、べつにやっても良いけど」


 バレてるのか、バレてないのか分かりません。

 でも、私の声は完璧に平気そうな声です。

 なんなら、本当に平気になってきたし。別に良い。

 どうせバレない。部屋、暗いまんまだもん。


「あゆみ君、よしよししようか?」


 バレてた!


「キモっ! バカじゃん! キモっ!」


 私はその後も何度か「キモ」と言って、大げさに晋作から離れてみる。

 それで、ゲームの電源を入れて、すぐキャラを選んで、晋作のキャラも私が勝手に選んで、それで、勝手に試合を開始して攻撃を始める。


「不意打ちか、良いだろう。それもまた戦略だ」


 一瞬遅れて、晋作のキャラが動き始める。

 でも、やっぱりへたくそ。

 何回やっても、全然私に勝てない。

 ちょっと、たまに、晋作がぐうぜん勝つけど、でも、ノーカン。

 私は何回も、いつもより本気で何回も、晋作をボコボコにした。

 めちゃくちゃボコボコにした。

 まえクラスの女子に一回さそわれてゲームやったとき、いっしょに遊んだやつ全員泣かせたときと同じくらい、ボコボコにした。


 そしたら予想通り、どんどん晋作は集中して前のめりになってくる。

 最後は、完全にうつぶせになってゲームしてた。

 それで私は、晋作の背中をまくらにしてゲームを続ける。


 ……ちょっとだけ、晋作の心臓の音が聞こえた。

 今日はそれだけで、良いかな。

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