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メスガキのバカな大人観察日記  作者: ニドホグ
祭囃子と心理学

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33/92

踊る、進まず

「…………」


 文芸部の部室をノックする。

 しかし室内から応答は無く、シンと静まり返った無音だけがそこに在った。


 まあ、致し方あるまい。応援団の練習のせいで、既に部の活動時間を過ぎているのだから。


「はあ……」


 どうしようか。

 これから毎日応援団の練習があるらしいが……ただでさえ平川とは、あまりよろしくない別れ方をしたのだ。謝罪をするというのなら早いに越したことはない。

 かといって、文芸部の連絡先はブロックした上で削除したから連絡できない。


 やはり、昼休みに先輩と平川の教室へ行って……面倒だな。

 いやでも、謝罪するというのなら、それくらいはしないといけないのか?


「アンタ、そこで何してんのよ」


「え?」


 グルグルと思考を巡らせていると、突然後ろから声を掛けたられた。

 平川だ。


「あ、と……き、君の方こそ、どうしたのかね? もう部活の時間は終わっているはずだが」


「……別に、忘れ物しただけ」


「あ、そう、か」


 平川は俺を避けて部室の前へ行き、鍵を開けて中に入る。

 そのまま彼女は引き出しの中を引っ掻き回し、何かを探し始めた。


 ガサガサと引き出しに手を這わせる音と、遠くで聞こえる運動部の笑い声。

 俺はただ、黙って彼女を見つめている。


「アンタも見てないで、ちょっとは手伝いなさいよ」


「え、あぁ、分かった」


 俺は何を探しているのかも分からないまま、平川に倣って薄暗い教室で机をガサガサやる。

 プォ~と、遠くで金管楽器の音がした。間の抜けた音だと思った。


「運動部や吹奏楽部の練習というのは、何故あんなに遅くまでやっているのだろうな?」


「知らないわよ……運動部が遅いんじゃなくて、私達の解散時間が早いんじゃないの」


「あぁ、なるほど」


「…………」


 肝心のタイミングを逃したまま、謎の忘れ物探しは続く。

 しかし、一向に見つからない。五分ほど経ったところで、平川が突然大きな声を出した。


「あー、もう! アンタ、言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ!」


「え! いや、えぇ? あー、分かった」


 睨みつけるような鋭い目で、彼女は俺を見つめている。

 俺はその真っすぐな視線から目を逸らしあぐねて、ぎこちなく見返した。


「平川が今探してるものって、何かな?」


「……っ、本当の、友達」


 彼女は睨むような視線を下に向けて、そう言った。

 しかし、俺が聞きたかったのはそういう抽象的な話ではなく、忘れ物についてだったというのが悲しいところだ。


「ぁの、じゃなくて、部室に忘れたっていう、探し物の話で……」


「なっ! は、はあぁ?!」


 俺の訂正に平川は顔を真っ赤にして大声を上げる。

 まあ、恥ずかしいだろうな。当然の反応である。


「アンタ! もう! なに! もう! 忘れ物なんて嘘に決まってんでしょ! アンタが思いつめた顔してたからっ私は!」


「あ、あぁ~、なるほど」


 俺が話しやすいように、忘れ物探しというでまかせを言って時間を作ってくれていたと。

 これは非常に申し訳ないことをした。


「いや、えっと、つまりな、じゃあ、俺が言いたかったことを言わせてもらうと……」


「うん」


 俺は平川の表情を窺う。

 目が合った。

 何故か、咄嗟に視線を逸らした。


「……ごめん、合宿のときのこと」


 言えた。

 一度逸らした視線を、彼女の方に向けられない。

 強い羞恥心が湧き上がったからだ。


 けれど平川の反応は気になったから、恐る恐る彼女の方を見た。

 彼女は泣いていた。

 泣きながら、怒っていた。


「ぃ、う、あ……ばっ、バカじゃないの! アンタ、あんな勝手に! 一方的に部活辞めるって言っておいて! ふざけんな! 私がどんな気持ちで夏休みを過ごしてたと思ってんのよ!?」


 烈火の如く、彼女は怒りの言葉を捲し立てる。


 言い分はもっともだと思った。俺の感じた責任は俺自身の問題でしかなく、彼女には関係ない。

 そんな彼女とは無関係の責任感を理由に、彼女の部活に残って欲しいという意見を蔑ろにしのだ。


 俺は謝罪の先に進むことを諦めた。

 どうせ、また一つ失敗が積み重なっただけだ。


 俺は「そうだな」とだけ言って、部室を後にした。

 謝罪という行為の身勝手さは理解していたつもりだったが、改めて突きつけられるのは少し気分が重くなる。


 部室からの去り際、平川の声が聞こえた気がした。

 けれど、きっとこれは諦めきれない俺の気のせいなのだろう。


 気が付くと辺りは薄暗く、運動部の笑い声や吹奏楽部の演奏練習は聞こえなくなっていた。


+++++


 ポケットから鍵を取り出し、俯いたまま玄関を開ける。

「はあ……」と、無意識に溜息が漏れた。存外、平川との件が俺には重くのしかかっていたらしい。


「帰ってすぐため息とか、おっさんじゃん」


「うぉ、いたのか」


 予想外の声に驚き、反射的に俯いていた顔を上げる。


「いたら悪い?」


 ふん、と鼻を鳴らして、あゆみが出迎えに来ていた。


「悪くは無いが、少し時間遅くないか?」


 既に時計は十八時を回っている。

 いつもであれば帰っているはずの時間だった。


「別にどーでも良いし。どうせあの家に、私のこととか興味あるやついないもん」


「そうか。まあ、家の方に連絡だけ入れといてくれたら、ここに居て良いから」


 あゆみがどこか落ち込んでいるように見えたので、俺はそれだけ言って靴を脱いだ。


「……ん」


 素っ気ない返事。


「食事はもう済ませたか? まだなら昨日のカレーが余ってるから温めるが」


「食べる」


「分かった」


 俺は手洗いを済ませ、リビングに移動する。

 電気をつけると、床にはあゆみの携帯ゲーム機が転がっていた。


 電気つけないでゲームやってたのか。と、少し気になる。


 そのまま台所のある廊下へと戻り、俺は冷蔵庫に鍋ごと入れておいたカレーを取り出した。

 チチチチッとコンロが鳴り、数秒後に火が点いた。

 鍋をコンロに置く。軽く混ぜていたら、五分もすれば温まるだろう。


「あゆみ君、冷凍庫のご飯をレンジで温めておいてくれ」


「は~い」


 あゆみは背伸びしてレンジのタイマーを設定すると、パタパタとこちらに寄って来た。


「カレー、辛さなに?」


「中辛」


「ふ~ん」


 興味無さそうにそう言うと、あゆみはリビングに戻ってゲームを開始した。

 鍋に視線を戻し、しばらく混ぜていると、カレーが良い感じになってくる。

 そのすぐ後にレンジが鳴り、ご飯が解凍されたことを告げた。


「……そういえば、俺が帰ってなくても電気つけて良いぞ。LEDの電気代なんて、あってないようなものだし」


 鍋とご飯をリビングのテーブルに持っていきながら、気になっていたことを伝えておく。

 すると、あゆみはこちらを向き、ベーっと舌を出してきた。


「別に、気つかってたとかじゃないし。バーカ」


「そうか、まあ良いけど……よし、食べよう」


 カレーをテーブルに置いてスプーンを渡し、俺達は席に着く。

 そのまま、お互いに何となく無言でカレーを食べ始めた。


「…………」


「ねぇ」


「ん?」


 チラリとあゆみを見ると、スライスチーズをカレーに何枚も乗せている。

 遠慮ないな……まあ、良いけれども。


「晋作、学校どうだった?」


「ああ、寝たふりしたら体育祭の応援団することになってた」


「ヤバ、無理でしょ」


 あゆみはチーズとご飯とカレールーをグチャグチャに混ぜながら笑う。


「まあ、取り敢えず今日はダンスを覚えるつもりだよ」


「晋作、ダンスとかできんの?」


「やるしかないからな……」


「ふーん」と言いながら、彼女はスプーンを皿につっこみ、そこから零れそうなほど大量のカレーライスを一度にすくい上げた。それをそのまま、あゆみは美味しそうに頬張る。


「あゆみ君は、学校どうだったんだ」


「面白い物語ですねって、言われた。観察日記」


 憮然とした顔で、吐き捨てるように彼女は言った。

 どうやら事実を物語と言われてご立腹のようだ。

 まあ、大人が子供の言うことを信じてくれないというのは、いつの時代でも変わらないということなのだろう。


「でも、監禁は悪いことだから本当にやったらダメですよ、だってさ。馬鹿じゃん。やったって書いてるのに。で、一行日記にもホントのこと書いてたの知ったら、こういうのは作品じゃなくてイタズラと変わらないって怒られた。あとは保護者面談コース」


「あぁ……」


 今日、落ち込んでいたのはこれが理由か?


「タンニンノセンセーが言うには、私が母親と一緒にいられなくて寂しかったから、こんなことしたんだって。で、その母親さんは帰ってる間ずっと、私のせいで担任に怒られたってブチブチ言ってんの。もう、バカばっか」


 ストレスを発散させるように、あゆみはバクバクとカレーを口に運ぶ。

 学校初日にして、予想通り随分とストレスを溜め込んでいるみたいだ。


「まあ、お疲れ」


「うっさい、さっさと食べろ。そんで、ダンス見てやるから……」


「え、踊れるのか?」


「うん! 私、クラスで一番最初にソーラン節覚えたし!」


「ソーラン節……」


 俺はあゆみにせっつかれて早々にカレーを食べ終わった。

 リビングでスマホを見ながらひょこひょこ踊り、二学期最初の放課後が過ぎていく。

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