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メスガキのバカな大人観察日記  作者: ニドホグ
夏休みの倫理学
11/84

毎日スタンプをもらうのは大変!

「おはよう、あゆみちゃん! 今日もラジオ体操行くの?」


「別に良いでしょ……おい! 起きて! バカ!」


 女子小学生は名倉さんに素っ気ない返事をすると、寝たふりを続ける俺の尻をゲシゲシと蹴ってくる。


「……随分な目覚ましだな。声をかけてくれれば、たちどころに目を覚ますというのに」


「いつもぜんぜん起きないじゃん! バカ!」


「全然起きないとは心外だ。俺はただ、大人として余裕をもった行動を心がけているに過ぎない」


 俺の意見はしかし無視され、女子小学生は俺の手枷を弄り始めた。

 そして、ガチャリと手枷が落ちる。続いて、足枷も外された。


「……俺は自由に歩行する権利を得たと考えて良いのかね?」


「ちがう、ラジオ体操にお前を連れてくから、そのため」


 そう言って、女子小学生は俺に首輪をはめる。


「逃げようとしたら、首締まるから」


 女子小学生が軽く紐を引くと、キュッと首の輪が小さくなった。


 なるほど、これはえげつない。

 ただ、逃げようとして逃げ切れないこともなさそうだというのが俺の所感だった。尤も、逃げる気はさらさら無いわけだが。


 ともあれ最初の結束バンドと比べれば順調に拘束は緩くなってきている。

 家の中を自由に徘徊できる日も近そうだ。


「ところで、手枷足枷よりはマシだろうが、首輪も十分人の目を集めてしまうのではないか? 場合によっては通報もあり得る」


「ふん、お前が私みたいな子供に捕まってるなんて思うやついないし。お前も助けてって言う気ないじゃん」


「そこまで信頼があるのなら、ぜひ家内でも枷を外す許可が欲しいものだが」


「……べつに信頼とかしてないし」


 女子小学生は誤魔化すように俺から目をそらし、首輪を引っぱる。そのまま俺は、ぐいぐいと名倉さんの部屋から連れ出された。


「あ、浅野くん! 朝ごはん、何がいい? 作っておくから!」


「シリアルと牛乳で頼……ぐぇ。話している最中に首輪を引っ張らないでくれ」


 要望は通らず、俺は強制的に数日ぶりの外出を果たした。


+++++


 ……広い。

 それが外に出た第一の感想だ。


 まずもって空が高く、世界とはこんな色だったかと驚かされる。

 久しぶりの日光は思いのほか眩しく、俺は少しばかり目を細めた。


 まだ朝も早いから、気温がそれほど高くないのは幸いだ。

 騒々しいアブラゼミの声ですら、今の俺には祝福と歓声に聞えた。


「良い朝だ」


「いい朝なんて無いし」


 俺の感想はノータイムで女子小学生に否定される。


「一理あるな」


「うん……」


 俺は彼女と共に、小鳥の囀りを聞きながらラジオ体操会場を目指す。まあ、俺は会場がどこなのかなど知りもしないため、ただ引かれるままに歩いているだけなのだが。


 これでは本当に大人というよりペットだな。


「そういえばアレ、あるのか? スタンプカード」


「うん、ほら」


 女子小学生は肩にかけていた小さいカバンをごそごそやって、カードを取り出す。

 二つ折りになっているそれを開くと、毎日欠かさずラジオ体操に参加していることが伺えた。


「すごいな。俺も小学生の頃、最初は毎日行っていたが、一度寝坊してからは全てが面倒くさくなって行くのを止めてしまった」


「えー、ダメじゃん」


 女子小学生は小さく笑いながら、クイクイと俺の首輪を引く。止めたまえ、締まるから。


「なんかさー、お前、ラジオ体操しただけで足とかつりそうだよね。ザコだし」


「ゲームで負け越していることと、身体能力は関係ないだろ。尤も、ラジオ体操で足がつった経験は既にあるがね」


「……え、運動とかした方がいいよ」


 本気で引いた顔を向けられる。

 まだ子供だからといって若さにあぐらをかいているが、君も将来はそうなるのだ。愚かなものだよ、全く。


 不遜な笑みで返事をしたが、どうやら意図は伝わらなかったらしく困惑の表情で返された。無念。


 そんな風にしてダラダラと話しながら歩いていると、女子小学生が立ち止まる。

 目的地に着いたようだ。


 広場には既に老人から中年、それと小学生たちが集合しており、思い思いに時間を過ごしている。


 そういえば、女子小学生に友人はいるのだろうか?


 そんなことがふと気になり、彼女に声をかけようとしたところで、後ろから声をかけられる。


「あ! アンタ、何でこんなとこにいるの。というかメールに返事しなさいよ!」


 振り返ると、目をつり上げてこちらを睨む知人がいた。

 俺と同じく文芸部に所属する女、平川である。


「いや、そもそも日常的なやり取りにメールを使わないでくれ。面倒くさくて適わん」


「ちゃんと電話もしたわよ! でもアンタ、全然出ないじゃない。いつ家に行ってもいないし。せっかく碌なもの食べてないと思ってお弁当作ってたのに……」


 文句を垂れ流し始めた平川を眺めていると、くいくいと首輪が引かれる。


「お前、友達いないんじゃなかったの?」


「いや、いないと言った覚えはない。君が勝手にそう推測しただけだ。まあ、こいつが友達なのかという点については少々疑問が残るがね」


「ちょっと、私とアンタが友達なわけないでしょうが。あんたが危なっかしいから、仕方なく面倒を見てあげてるだけよ」


「だ、そうだ」


「ふーん……」


 女子小学生は胡乱げに平川を見つめる。

 平川も最初の数秒こそ睨み返していたが、すぐに目を逸らして自分の指を弄り始めた。

 彼女は人見知りなのだ。


「……ていうか、なんでアンタ首輪なんかつけてんの?」


「ああ、趣味だ」


 俺の返答に、平川はジトッとした目でこちらを睨む。


「捕まるわよ」


「面会には月一で来てくれ」


「別に、面会くらい毎日行くわよ……」


 優しい。

 今まで、事あるごとに平川が世話を焼いてくる理由が分からなかったが、ただ良い奴なだけなのかもしれない。


 俺が平川への認識を改めていると、女子小学生に首輪を引かれる。


「……行くよ」


 そのまま俺達は、平川を置いて広場の端に寄った。移動距離、約5メートル。


「この移動に意味はあったのか?」


「べつに、真ん中の方が嫌だっただけ」


「あー、少し分かる」


 それに加え、女子小学生は俺が知らない人間と話し込むことでアウェーになりたくなかったのかもしれない。

 所在無さげにしている平川には悪いが、俺はあくまで女子小学生の付き添いだ。このまま浮いていてもらおう。


 ……というか、平川は何故ラジオ体操に来たのか?

 広場の土を寂し気にぐりぐりやっている様を見て、それがひたすらに疑問だった。

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