みんなで協力!
「よーこそ! 恋愛相談室へ!」
月曜日の放課後、俺が部屋に入るなり宮下はそう言った。
一方、他の二人は先週と同じくスマホや文庫本に夢中の様子。
こんなところに相談して意味があるのかと、少し心配になってくる。
「やあ、どうも。一昨日は悪かったね、家まで来てもらって」
「ううん! 晋作くんが今日ちゃんと学校にこれて良かったよ~」
そんな俺と宮下のやり取りを聞くと、阿田池はパタンと音を立てて文庫本を閉じた。
「……小巻、家ってどういうこと?」
透き通った独特の小声で、阿田池が強く宮下に問いかける。
思えば彼女の声を聞いたのはこれが初めてかもしれない。
「え、いや~、ちょっと心配で。一昨日、晋作くんの家まで様子見に言ったんだよね、えへ」
「……危ないことしないで。そういうのは全部、宇津木にやらせて」
阿田池は険しい顔で詰め寄る。
対する宮下は困ったように笑うばかりで、それが余計に阿田池の神経を逆撫でしているようだった。
「心配しすぎだよ友美ちゃん! 晋作くんは大丈夫だって~」
「……また、そんなこと言って。前だって不良に目をつけられたとき、宇津木がいないと危なかったの忘れた?」
「う~、ごめんね? でも私、困ったときは二人が助けてくれるって信じてるから!」
「……はあ、もう」
阿田池は溜息一つ吐いて椅子に座る。
きっと、二人は良い友達なのだろう。
同時に、どうしようもなく部外者な自分を自覚し居心地が悪くなる。
もう帰ろうかな……。
「よぉ、転校生。まあ座れよ」
意識外の至近距離から声を掛けられ、俺はビクリと肩を震わす。
気が付くと背後に立っていた宇津木は、そんな俺を見てニヤリと笑った。
「相談しに来たんだろ? 闇討ちから風説の流布まで、恋愛相談室は正義のためなら何でも承ってるぜ?」
ドッカリと席に着いた宇津木を見て、俺も近くの椅子を引く。
何とも頼るのを躊躇する宣伝文句だが、あゆみに人を頼れと言われたのだ。
俺は覚悟を決めて口を開いた。
「今回、俺が聞きたいのは……俺に恋愛感情が無いことを、お世話になっている相手に伝える方法だ。それも、できるだけ穏便に」
「……お前、意外とモテる感じか?」
宇津木は口をへの字に曲げてそんなことを言う。
俺はどうにも自分の現状を『モテる』などという言葉で評するのが適切とは思えなかった。一方で、事実だけあげつらってみれば『モテる』と言えなくもないのは確かである。
「……」
結局、俺の返答は沈黙だった。
そこに宮下も現れ会話に混ざってくる。
「あ、そのお世話になってる相手って、一昨日お家でご飯作ってた人~? たしか平川さん、だっけ?」
「いや……まあ、そうだ」
さっきから宇津木の目が痛い。
好きでもない女に通い妻のようなことをさせているのかという内心が、視線から伝わってくるのだ。
「じゃあ晋作くん、もうちょっと平川さんとの馴れ初めとか、性格とか、色々教えてよ! そしたら上手にアドバイスできると思うから」
「そうか、そうだな……実は過去に何度か、告白のようなことをされたことがある。ただタイミングが悪く、どうにも返事が有耶無耶になってしまっていてね」
俺が話し始めると宮下は目を輝かせ、逆に宇津木はイヤそうな顔で舌を出す。
どうにも話しにくかったが、俺はそのまま言葉を続けた。
「彼女が何故俺を好いているのかは、よく分からないというのが正直なところだ。それなりに付き合いは長いつもりだが、彼女の内心は分からないことが多い。ただ、人柄については真面目で優しい人だと思っている」
「へえ、聞く限り良い人そうじゃねえか。普通に付き合ってみるってのは駄目なのかよ?」
「いや……俺は恋愛感情というのがそもそもあまり良く分からなくてね。そんな状態で付き合うというのも意味が分からんだろう? だから平川に恋愛感情は無いと伝えたいのだが……彼女は少々抱え込み過ぎるきらいがある。俺としてはフラフラとした今の関係を穏便に安定させたいのだが、上手い伝え方が分からんのだ」
「ふーん」
そんな相槌を打ちながら、宇津木は退屈そうにスマホに目を落とした。
一方、宮下は真剣な顔でうんうん頷いている。
分からないけど、こういう手法なのかもしれない。優しい警察と怖い警察、みたいな。
「なるほど~。因みに私たちに相談しなかった場合、晋作くんはどういう風に気持ちを伝えようと思ってた?」
「え、うーん……そうだな」
少し考える。
俺ならどういう風に伝えるだろう?
しかし改めて脳内でシミュレーションしてみると何だか自意識過剰のように思えた。
そもそも平川の方から改めて告白されたわけでも無いのだ。
「俺は結局、平川に何も言わないままズルズルと日々を繰り返す気がするよ」
「ありゃりゃ。うーん、そっかそっか。じゃあねぇ……晋作くんは、自分の気持ち文章で伝えるほうが得意だったりする?」
「え、いやどうだろうか? あまり手紙なんかを書いたことが無いので何とも……」
宮下の唐突にも思える質問に、俺は困惑しつつそう答える。
すると彼女は、おかしそうに笑い始めた。
「んふっ、手紙って! 古風だね~。そうじゃなくてさ、結構チャットとかで話す方が得意って子がいるの。晋作くんもそういうタイプだったら、一回伝えたいことを文章にしてみるのはどうかなって思って。そしたら私も、その文章見てアドバイスとかしてあげられるしっ」
「ああ、そういうことなら一つ何か書いてみるよ」
俺は鞄からスマホを取り出し、メモ帳アプリを立ち上げる。
まっさらなテキスト画面に向き合ったのも思えば久しぶりで、ふと文芸部のことを懐かしく思った。
芥屋先輩は元気にしているだろうか?
平川は存外に元気そうだが、綾加の方は——
……思考が逸れた。
俺は改めて画面に向き合い、自分が平川に伝えたい言葉を連想しながら文字に起こす。
ーーーーー
平川へ
いつもありがとう。
身の回りのことをしてくれて、とても助かっています。
文化祭の日も、あの大雨の日も——
ーーーーー
そこまで書いて、ふと指を止める。
あの大雨の日のことを書いた文章を宮下たちに見せるわけにはいかない。
死体の話も、名倉さんの話も、流石に相談できる範囲を超えている。
そう思って文章を消そうとしたそのとき「どんな感じ~?」と肩越しに宮下が覗き込んできた。
「い、いやっ」
慌てて画面を隠そうとして俺はスマホを取り落とした。
そのままスマホは床を滑り長机の下へ……。
冷汗が頬を伝う。
果たして、俺のスマホは阿田池に拾い上げられた。
俺は動けないまま重たくなった空気に囚われる。
阿田池の何気ない動きが、嘘みたいに遅く思えた。
「はぁ、スマホ落とし……っ何これ?」
阿田池は露骨に顔を顰める。
おかしい、大雨の日というフレーズだけでは何も分からないはずだ。
「すまないね、拾わせてしまって」
俺は緊張を押し隠し、スマホを受け取るべく手を差し出す。
しかし、阿田池はスマホを返さない。
そのまま彼女は、黙ってゆっくりとその画面を俺に見せてきた——
『せんぱいのせいです』
『せんぱいが全部悪い』
『せんぱい返事してください』
『わたし悪くないです』
『せんぱい』
『なんとかしてください』
『せんぱい』
『ねえ』
『人殺し』
——それはいつも通りの、綾加からのチャットの通知。
「な、なにそれ」
宮下が呟く。
宇津木の視線が鋭く尖った。
俺は黙ってスマホを受け取り、そっと鞄にしまう。
「すまないね、邪魔をした。今日はやはり帰らせてもらうよ」
俺は定型文みたいな言葉を置いて、そそくさとその場を後にする。
ドアから出ても三人が追ってくる様子は無い。
俺はそこで、深く息を吐いた。
「にゃは、せーんぱい。お顔、真っ青ですねえ?」
「っ……!」
壁に寄りかかるようにして、猫屋敷紫陽花がそこに居た。
「よかったらぁ、私がお話ききますよー?」
酷く甘ったるい目で、彼女は俺の目を覗き込むのだ。




