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メスガキのバカな大人観察日記  作者: ニドホグ
少女文学

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「助けになりたい」

 明日、恋愛相談室に悩み事を相談すると約束してしまった。

 だが相談というのは具体的に何を話せば良いのだろうか?


 俺は平川と一緒に課題を進めながら、頭の隅で思考を巡らせた。

 しかしどうにも気が乗らず、すぐに集中力が切れてしまう。


「はぁ……」


 疲労を追い払うように伸びをして、脱力のまま床に寝転がる。

 横目で昼寝しているあゆみを見ると、涎を垂らしてあどけない表情を浮かべていた。

 なんだか俺まで眠くなってくる。


 もういっそ眠ってしまおうかとうだうだしていると、課題に向かっていた平川が手を止めた。


「浅野、疲れたの? 課題で分からないところでもあった?」


「ん、ああ。ちょっと英語の長文を見るのが嫌になってしまってね」


「ふーん、しょうがないわね。じゃあ、ちょっと休憩にする?」


 平川はそう言うと、目を瞑ってうんと伸びをした。

 もう二時間ほど課題をやっていたから、彼女も疲れていたのかもしれない。


 俺は上体を起こし英語のテキストを閉じてから、今度はテーブルに突っ伏す。

 すると平川は呆れたような目で俺を見て、何気なく俺の髪を撫でてくる。


「何だね、急に髪なんか触って……」


「別に、乱れてたから整えてあげてるだけよ」


 夏休みに関係が拗れて以降、平川はこういう世話をしなくなっていたので少し驚く。

 けれども俺は「そうか」とだけ呟いてされるがままに目を瞑った。

 どうにも、こういうときの正しい反応が分からない。


『駄目なままでいてよ。何もできないままでいてよ。私がいないと生きていけなくなってよ』


 それは文化祭の日、彼女が俺に告げた言葉。

 平川と『本当の友達』になれなかった俺に、求められた別の関係。

 思えば家事を平川に任せきった現状は、彼女の要望とよく似ていた。


 それでも俺と彼女が病的な依存関係にならずに済んでいるのは、恐らくあゆみの存在があったからだろう。

 根が真面目な平川は、あゆみという子供の前で理想的な大人を演じている節がある。


 ……しかし、これまで何度か目にしてきた彼女の苛烈な一面が、そう易々と抑え込めるとは思えない。


 いずれ、ちゃんと決着を付けなければ……。

 文化祭の日も、大雨のあの日も、俺は平川の怒りに最後まで向き合えていない。

 彼女の内で燻る炎は、きっとまだ消えていないはずだ。


 ……この炎の消し方も、宮下に相談すれば分かるのだろうか?


 テーブルに突っ伏していた首を動かし、俺は平川と視線を合わせる。

 髪を撫で続ける彼女は穏やかに笑っていて、余計にどうすれば良いのか分からなくなった。


+++++


 浅野の柔らかい髪の感触に、私はふっと懐かしい感覚が込み上げてくる。

 夏休み前の文芸部では、よく浅野のボサボサ頭を整えていた。

 あの頃は毎日世話を焼いて、なんとなく私は自分の話をして。別に家のことなんて話さないのに、浅野は言葉の隅っこの本音を救い上げてくれた。

 ……今思えば、私はそんな浅野との時間に救われていたんだと思う。


 だからこそ私は、夏休みの合宿で浅野に拒絶されたことが酷い裏切りのように思えた。


「そういえばアンタ、最近は口数が減ったわよね」


「……そうだったか? 自分ではあまり分からないな」


 浅野はもう、昔のことなんて忘れてしまったのだろうか?

 でも私は覚えている。

 全部、全部覚えてる。


「結構、変わってるわよ。一学期まではもうちょっと明るかったし。でも今のアンタは……もっと前の頃に戻ったみたいね」


 浅野が中学時代と同じ昏い色を瞳に映すようになったのも、思えば夏休みの合宿のときからだ。

 ふとした瞬間に見せる翳のある表情は、どこか危うい色気を孕んでいる。

 私はそんな浅野を見ていると、なんだか酷く悲しくなって、前みたいに自分の話ができなくなる。


 でも同時に思うのだ。

 今の浅野の味方になってあげれば、中学時代の私の後悔を少しだけ小さくできるかもしれない。

 今なら、生徒会で孤独だった浅野に寄り添える。

 ……そしてそのまま、浅野が私のモノになれば良い。


 あの大雨の日の告白は、ぐちゃぐちゃになって消えてしまった。

 いや、違うな。私が怒りのままに壊したんだ。

 早くこの気持ちを終わらせて欲しくて、浅野の困ったような表情がもどかしかった。


 あのとき、もっとゆっくり返事を待っていたら、浅野は何と答えただろうか?


 そんなことを考えながら、浅野の髪に指を絡ませる。

 変わってしまった関係を取り戻すように、今の関係を確認するように。


 テーブルに突っ伏したままの浅野を見て、ふと思い出した。

 こういうときに使おうと思っていた物があったんだ。


「そういえば昨日、お茶とお菓子を買っておいたの。休憩用に出しましょ」


 私は最後にもう一度浅野の髪を撫で、テーブルに手をついて立ち上がる。

 ワンルーム故に後ろを向けばすぐ台所。私は電気ケトルで湯を沸かしながらクッキーを皿に出す。

 掃除したときに物の場所もすっかりと覚えてしまったので、淀みなくティータイムの準備を進められた。

 なんだか同棲しているようで、私は少し綾加さんに対してズルをした気持ちになった。


 気持ち悪いな、私。


 電気ケトルがカチッと鳴る。

 家から持ってきたティーポットとカップを、お湯を注いで温める。

 紅茶を淹れるのは初めてだけど、上手くいくだろうか?


 ポットとカップが温まったらお湯を捨て、ポットに茶葉を入れた。

 細かい手順はスマホで確認しつつ、一先ず準備完了。


「……よし」


 小さく一人頷いて、完成したティーセットを改めて眺める。

 初めてにしては上出来だ。


 私は準備したお茶とクッキーをテーブルに出しながら浅野に一声かける。


「ほら、紅茶とクッキー。あ、でも食べ過ぎないでよね? あゆみさんの分も、ちゃんと残しておかなきゃだから」


「ああ、すまない。ありがとう」


 浅野はぎこちない手つきで紅茶を一口飲んだ。

 味は好みに合っただろうか?

 自然と視線が彼の表情に集中する。そんな自分を自覚して目を逸らした。


 浅野の反応ばかり窺っていても仕方がない。

 私もいそいそと席についてクッキーをつまみ紅茶を口にする。


「……やっぱり、ペットボトルのとは違うわね」


「随分準備の手際が良かったように感じたが。ペットボトル以外の紅茶は今日が初めてだったのかね?」


「ん、まあ……紅茶には前から興味あったんだけど、親が喧嘩多くて食器割っちゃうから。最近まで陶器買えなかったのよ。だから今日が初めて」


 私は何気ない口調になるよう意識してそう言った。

 親の喧嘩が減ったことは、まだ浅野に伝えられていなかったから。

 別に言う必要も無いかと思ったのだけど、何だかそれは嘘を吐いているみたいで……


 チラリと浅野の様子を見る。

 丁度、二枚目のクッキーを口に運んでいるところだった。


 ……冷静に考えてみると、浅野にはもう親がいないのだから不用意な発言だった気がする。

 不安だ。浅野が何を考えているか分からないから、相対していると余計に口数が増えてしまう。


「……昨日、宮下って子が家に来たわよね」


 話題を変えたくて少し気になっていた名前を出すと、浅野は「ん、ああ」などと気の抜けた返事をした。

 私はそんなことすらもどかしくて気が逸り、ついつい言葉を続けてしまう。


「あの子、大丈夫なの?」


 浅野はよく分かっていない風な顔で、私のことを見返してくる。


「ほら、浅野が新しい学校に行ったの、金曜が初めてなんでしょ? その翌日に心配して家まで来るって、ちょっと変じゃない。だからその、ほら、アンタ警戒心が薄いとこあるから……」


「ん、まあ、俺から見ても彼女の優しさ……というか利他主義は、少し異常に映る面もある。だが、彼女は恐らく悪意の人間ではないよ。大丈夫さ」


 ……まるで信用ならなかった。


 そもそも浅野は、名倉花香と最後まで一緒に居続けた人間であり、散々迷惑をかけた私に身の回りの世話を焼かせるような人間なのだ。

 その無警戒さをもって、新しい学校でも頭のおかしい女の子を引き寄せていてもおかしくはない。


 そんな疑念が顔に出ていたのか、浅野は言葉を付け足した。


「不安がることはない、名倉さんと宮下さんは完全に別種の人間だよ」


「……どうかしらね?」


 名倉花香の名前が出たことで、自分の体が強張るのを感じる。

 やっぱりまだ、浅野はあの女に捕らわれているんだ。


「どうあれ、あんまり無理すんじゃないわよ。昨日も宮下って子が来たときフラついてたし……」


「そうは言うがね、あまり頼り切りというのも俺としては避けたいのだ」


 浅野はまた、そんなことを言う。


「馬鹿ね、前の部屋の惨状忘れたの? 今日はたまたま調子良くても、アンタはまだ自分で何かできる状態じゃないんだから。全部私に任せて甘えきっていれば良いのよ」


 異臭を放つ流し台と、ゴミ塗れの部屋。

 私があゆみさんに呼ばれて来たとき、この家は本当に酷い有様だった。

 どう足掻いても、浅野に反論の余地は無い。

 本人もそれを分かっているのか、葛藤するように瞳を揺らしながらも何も言うことは無かった。


 私はもう、分かってる。

 コイツは目を離したらすぐに無理をするんだ。

 だから私が見ていてあげないと……。


 浅野がもう、これ以上苦しまなくて良いように。

 間違いを自覚したのなら、間違え続けて良い理由なんて無いのだから。

 それは大雨の日に、綾加さんから教えられたこと。


 ふと浅野のカップを見ると、紅茶がもう無くなっていた。

 すかさず私がポットを傾けると、浅野は小さく「……あ」と呟く。

 続けて何か言い始める前に、私は紙ナプキンで彼の口を拭った。


「す、すまん」


 申し訳なさそうな、所在なさげな顔。

 浅野は世話を焼かれると、いつもこういう顔をする。


「別に良いわよ。全部私がやるって言ったでしょ?」


 今、浅野を守ってあげられるのは私だけ。

 大丈夫、今度は間違えない。

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