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メスガキのバカな大人観察日記  作者: ニドホグ
少女文学

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103/105

こどもの速度

 沈む夕日に染まる街を眺めながら、俺達はあてもなくブラブラと歩いている。

 この時間は、友達と別れる子供や帰宅する大人達が散見され、どこか居心地が悪い。

 しかし宮下の方はそうでもないようだった。道行く子供に手を振ったり、知り合いの老人に話しかけられたりと忙しそうだ。


 対するあゆみは、硬い表情で俺の手をぎゅっと握っている。

 学校に行っていない彼女にとって、同年代の子供の姿はあまり見たくないのかもしれない。


「えへへ、お待たせ。ごめんね? ちょっとおばあちゃんに道教えてた~。でもお陰で、おミカンもらえたよ! あっちの公園で座って食べよー」


 宮下は嬉しそうにミカンの入ったビニール袋を掲げて見せる。

 なんだか昔話みたいな女だ。


「知り合いが多いのだね、この街には長いこと住んでいるのかな?」


「んー、さっき喋ってた人たちは別に知り合いじゃないよー? でも、この街には生まれたときから住んでる!」


「なるほど……」


 俺の周囲にいた人間たちとは比べ物にならないコミュニケーション能力。

 暴力的なまでの在り様の違いに、もはや俺は畏怖の念さえ感じていた。

 

 宮下なら、俺みたいに悪戯に人間関係を拗らせることも無いのだろう。

 そんなことを考えなら、俺はベンチに腰掛ける。

 受け取ったミカンの皮は硬く、なんとも剥きづらかった。


「……それで、今日宮下さんが来たのは、恋愛相談室の件について聞きにきたという認識で合っているかな?」


「うーん、それもあるけど。でも、一番は晋作くんが心配だったっていうのが大きいかな」


 臆面もなく、宮下はそう言う。


「でも、晋作くんにも頼れる人がちゃんといるみたいで良かったよー。実際、どなの? あの子、彼女じゃないって言ってたけどさ、わざわざ家まで来てお料理してくれるなんてスゴイよね?」


 彼女はいかにも興味津々といった様子。

 事情があるとはいえ、恋愛相談室の室長をやっているのだ。元来、色恋や痴情の縺れ話が好きなのだろう。


 俺は皮を剥いたミカンをあゆみに渡しながら、ぼそぼそと返事をする。


「別に平川は……そういうのでは、ないよ」


「んー、そっか」


 宮下は少し残念そうにそう言うと、考え込むように人差し指を唇に当てる。


 俺はそんな彼女を横目に、次のミカンをあゆみに剥いてやった。

 あゆみは、あまり俺と宮下の会話に興味が無いようで、夢中になってミカンをもぐもぐと食べている。


 その様子を見て、なんだか子供みたいだと思った。

 いや、事実子供なのだけれど。


「……晋作くん、悩んでること、あるよね?」


 気が付くと宮下が、近すぎるくらいの距離でベンチの隣に座っていた。


「私にちょっと、相談してみない?」


 俺は彼女から距離を取るように尻を滑らせる。

 そうして逃げるように目を伏せながら拒絶の言葉を吐きだした。


「俺のことを助けて恩を売っても、あまり得は無いと思うよ。話を聞く限り、猫屋敷さんのことを俺がどうにかできるとは思えんのだ」


「んー、そうじゃなくて。友達として! 宮下小巻として! 晋作くんが困ってるなら助けたいよ」


 真っすぐな瞳。

 聞けば聞くほど嘘臭い、善良極まるその言葉。

 しかし、全部本音で、心から本当のことなのだろう。

 宮下は言葉から滲む誠実さだけで、俺にそんな確信を与えていた。


 一瞬、いっそ頼ってしまおうかと逡巡する。


「……いや、大丈夫だ。自分のことは自分でどうにかするから、すまんね」


 平川のことも、綾加のことも、あゆみのことも、名倉さんのことも、全部俺の問題だ。

 例え宮下を頼って俺の悩みを解決できるのだとしても、やっぱり自分でなんとかしなければならない。

 だってこんなの、人を巻き込むようなことじゃない。


 街灯が点滅し、ふっと白く光る。

 気が付けば夕日は沈んでいて、辺りはすっかり夜の様相。


 俺はこれで話を終わりにしようと腰を浮かせた。

 すると、ずっと黙ってミカンを食べていたあゆみが口を開く。


「助けてもらったら? 晋作、告白断るのへたっぴじゃん。このままだと、どうせまた酷いことになるよ」


「いや、しかし——」


 反論しようとすると、あゆみがじっと見つめてきた。

 それから彼女はベンチの上に立ち、俺の頬を両手で挟む。


「晋作、私の言うこときけ!」


 あゆみは両手で、ムニムニと俺の頬を弄んだ。


「んふっ、変な顔~!」


 ご満悦のあゆみはひとしきり楽しんだ後、俺の頬を解放する。

 そうしてまたミカンを食べる作業に戻っていった。


 残された俺は立ち上がりかけの不格好な姿勢のまま、過去を手繰るように思考する。


 あの惨劇を招いたのが、俺の行動の結果だったことは確かだ。

 身の振り方を見直す必要があるというのは、きっとそうなのだろう。

 あゆみの言う通り、『人を頼らない』などと意地を張っている場合ではないのかもしれない。


 ……でも、じゃあ、何をすれば良い? どうすれば良い?

 どう頼れば俺の問題は解決するんだ?

 それがどうにも分からなかった。

 不安だ。

 しかし、もう意地を張っている場合でもないのかもしれない。


 俺だってもう、あゆみに心配をかけていることが分からないほど子供でもないのだ。


「……宮下さん」


「ん!」


「俺は……少し考えをまとめたい。それから君を頼らせてもらおうと思う」


 小さな声でそう言うと、宮下は目を輝かせて大きく頷いた。


「うん! 大丈夫!!! じゃあ待ってるから、月曜の放課後にゼッタイ恋愛相談室に来てね!」


「ああ……分かった」


 これで良いのだろうか? これで何かが変わるだろうか?

 頼ると言ったって、全てを話せるわけでもない。

 きっと最後まで、心に巣食う名倉さんのことは解決しないままだと思う。

 色濃ゆい死の香りは過去になり、今や俺の心に残っているだけだから。


 俺はそっとベンチから腰を上げる。

 街灯に誘われた蛾を見据え、俺はぎゅっとあゆみの小さな手を握り込んだ。


+++++


 晋作が、宮下小巻を家まで送ることになった。

 宮下小巻は大人なんだから一人で帰れば良いのにと思ったけど、そういうわけにもいかないらしい。

 大人の事情ってやつだった。


 私は、あんまり宮下小巻が好きじゃない。

 子供を子供あつかいしてる感じがするから。


 それでも晋作に「宮下小巻を頼れ」と言ったのは心配だから。

 たぶん今の晋作には、色々な人の助けは必要だ。


 それに、宮下小巻は嘘をついてない。そんな気がした。

 晋作もちょっとだけ元気になったみたいだし、このまま前のことが全部片づいちゃえばいい。


 晋作の手は意外と柔らかい。

 大人の手って硬いイメージがあるから、私は柔らかい晋作の手が子供みたいで好きだった。

 夜のお散歩は、前みたいで嬉しい。宮下小巻がいなかったら、もっと良かったのに。


 私はチラっと宮下小巻の顔を見る。

 ノー天気にヘラヘラ笑ってるけど、どこか油断できない感じ。

 コイツは晋作のことが好きとかじゃなさそうだけど、安心はできない。


 宮下小巻が私の視線に気が付いて、手を振ってきたからそっぽを向いた。

 でも晋作の手は握ったまま。


 たぶん、晋作は心のどこかで私のことを子供だと思ってる気がする。

 いつもは話とかちゃんと聞いてくれるのに「好き」って私が言ったときだけ、ちょっと距離を感じるから。

 心の距離はすっごく近いはずなのに……。やだな。


 でも私も、たまに晋作に子供っぽく甘えちゃってるから、それが悪いのかも。


「……ねえ」


 なんとなく、気まぐれに、宮下小巻に話しかける。


「好きな人に、ちゃんと大人って思ってもらうにはどうしたらいい?」


 どうでも良い質問。

 宮下小巻は「んー」とか言って考えてるフリをする。


「あゆみちゃんは、どうして好きな人に大人って思ってほしいのかな?」


 しゃべり方がいかにも子供向けって感じ。

 別にこんなので、いちいちムカつかないけどさ。


 私は道に落ちてる石を蹴った。

 隣に晋作がいるのにこんな話するの、ちょっと恥ずかしいなと思った。


「……ふつう恋人なら、対等なのが良いじゃん」


「ふふ、あゆみちゃんの好きな人は大人の人なんだねー」


「うん」


 私が晋作のこと好きなの、分かってるクセに。


 石をぽーんと蹴って側溝に落とす。

 歩きながら、わざと晋作にぶつかってみる。

 晋作はちょっと困った顔をした。でも、ちゃんと私を受け止めてくれる。

 そういうのがなんか、恥ずかしくて嬉しかった。


「あゆみちゃん、私が思うにね、誰しも急には大人になれないんだよ。だから早く大人になりたいって気持ちは分かるんだけど、まずはしっかり毎日を頑張ろう!」


 いかにもな、子供だましのキレイごと。

 私はウゲーッとなって思わず舌を出す。

 すると宮下小巻が私の隣にトトトッと歩いて来て、そっと耳打ちした。


「だから今あゆみちゃんにできるのは、好きな人に『私が大人になるまで待っててね』ってちゃんと言うことだと思うよ?」


 宮下小巻はニッコリと笑う。


 でも、そういうことじゃない。

 今じゃないと、ダメ。

 だって何年も待ってたら、待たせたら、晋作もどんどん大人になってっちゃう。


 ジトッと宮下小巻を見た。

 やっぱり、宮下小巻はニッコリと笑ったまま。


 こんな子供の気持ち、大人には全く伝わらないのだ。

 大人は子供の頃のことなんか全然覚えていないから。


 私は、ちょっとお姉さんに会いたかった。

 もう死んじゃったけど。


 石を蹴ろうと思って、石を探して道を見渡す。

 でも石は落ちてなかったから、代わりに晋作の腕にぎゅっとくっついてみる。


「晋作さあ、ロリコンになりなよ」


 やっぱり晋作は困ったような顔をしていた。

 別に良いけど、でも、もっとドキドキした顔すれば良いのに。


「ふん!」


 歩きながら晋作に抱き着いて、コートに顔を埋める。

 冷えてた顔があったかくなった。晋作の匂いがした。

 もう冬なんだなあと思った。


 冬なんて、キライだけどね。


 私は何だか、ちょっとだけ泣きたくなった。

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