尾瀬医院に受診した田上部長は、尾瀬信之が医院長の子供ではないことに気づく、医院長は激怒し田上部長を追い返すが、信之も自分たちはすでに親子ではないと感じており、医院長は信之に真実を告げる。
尾瀬信之 8
「尾瀬先生、有り難う、風邪が原因だったんですか。最近身体がだるくて、だるくて、でも仕事は期限が有るので休む訳には行かないし、忙しかったからちょっと疲れがたまってどうなるのかと思ったけど、診てもらって良かった」
「そうですよ。この薬を飲めば風邪なんてあっという間に治りますから、でも今日は帰ってしっかり寝ないとダメですよ。そして一週間分の薬は必ず飲み切ってくださいよ。ところで、えーーっ、田上さんはもう総務部長か、出世早いんじゃないんですか」
「まあ同期より五年は早いんです。だって努力してるもん、あっ話しなんかして場合じゃなかった、じゃあ帰ります」
「田上さん、まさか仕事に戻るんじゃないですよね」
「当然ですよ、今やってる仕事は今夜中にやっつけて、次の企画に取っかからないと間に合わないんですよ。頂いた薬は全部一度に飲んで頑張らなきゃ、それでは」
「バカなこと言って、田上さん死んでも知りませんよ」
田上部長が帰ろうとした時、尾瀬信之がちょうど病院の待合室に入ってきた。
「あれーー尾瀬君、君もどこか悪いのかな。病気なんて無縁の君にしては珍しい。どうして、そうかここの子か。そうだよな尾瀬だもんな。ううん、あれーーっ、でも君って尾瀬先生とは親子じゃないんだ、子供のうちに養子に貰われたのかい?」
突然、田上部長は突拍子も無いことを言い始めた。
「何てことを言うんだ。どうして藪から棒に、ふざけんじゃないよ。この子は私の子だ、常識のないやつだな。帰れもう二度と来るな」
「調べなくても分かるよ。俺は人のⅮNĄが分かるんだ。そして人の心も少しずつ読めるようになったんだ。だから出世が早かったのさ」
田上部長は逃げるように帰って行った。
「信之君、あいつとんでもないやつだな、人の人生に関わるような重大な問題を当事者に軽々しく言えるなんて、出世の為なら誰が傷ついても関係無いって、あんな風に振舞ってきたから出世出来たんだ。誰があんな男に付いて行くんだろう。
信之君今の話は聞かなかったことにしてくれ、大丈夫間違いなく俺とお母さんの子だからね、心配しなくていいよ」
「僕、随分前から気づいていたよ、お父さんはこの人じゃないって、だって僕が悪いことをしても一度も怒ったことないじゃないか、小さいうちから何か腫物にでも触るように優しすぎて、それがうっとうしい時もあったんだ。よそのお父さんなら頭叩いたりもするのに」
「そうか信之君も大人だから、いつまでも隠し通せる話じゃないな、辛いけど今の話は本当なんだ。下呂の病院のトイレに立ち寄った若者の一人が、保育室の赤ちゃんがあまりにも可愛くてちよっと抱いてみたんだけど、ちょうど看護師さん達が入ってきたので戻せなくなって、紙袋に入れてそのまま連れてきたんだって、うちの隣りの中橋公園で、困ってるヒソヒソ話を聞いてしまった僕が預かって育てることにしたんだ。
二人の若者はとっても良い子達だったので彼らも救ってやりたいし、子供も育てたいし、あの頃は自分達の事が精いっぱいで、産みの親のことより信之君が私たちの子供じゃ無いって誰か気づかないか毎日ビクビクしながら育てたよ。不思議なことに誘拐事件としてニュースにもならなかったんだ。身代金の要求も無いし忽然と消えたから事件として扱われなかったのか」
「僕は自分の父親がこの人ではないかって最近気づいた人がいるんだ。この人とはもう数回あっているんだけどこの間机を挟んで初めて話をした時すぐに分かったんだ、顔のパーツがほとんど一緒でほくろの場所も一緒、向こうも気づいたようでオールバックから髪を一生懸命前に垂らして急に僕の目を見ないで話し始めたんだ。その時本当の父親はこの人だって確信を得たんだ」
「今の話しでほぼ間違いなさそうだね。こんな身近なところに信之君の父親がいたなんて悪いことは出来ないもんだ。心の整理を付けてから警察に自首をするよ」
「お父さん待って、まだ確信が有る訳でもないし、僕の気持ちだって整理が付かないよ。だからってすぐに向こうのお父さんを合わせる訳にはいかないよ。このことは僕にとって大変重要なことかもしれない、でももっと重要なことに気づいたんだ。僕は尾瀬の子供さ、何処にも行かないよ。新しいお父さんが出来たって、遊びに行くことはあっても、向こうの子供には絶対ならないから心配しないで」
田上部長が同期の中で誰よりも早く出世出来たのは、人のⅮNĄや心の中が読める能力が身についているからとつい口を滑らせてしまう。尾瀬信之はそれを聞き逃さず、自分の父親の問題よりももっと重要なことに気づきは始める。




