久仁崎市長が引退し、中田明人氏が選挙で新市長に決定した。
中田明人 その1
「聞いて! 聞いて! 聞いて!」
いつも大袈裟な加藤早苗が安田直美に訴えた。
「隣りの席だからそんなに大きな声で叫ばなくても」
「だって、聞いてほしいから」
「だから何なの」
「君たちいつも同じ会話から始まるんだね。知らない人が聞いたら喧嘩が始まるかと思うよ」所長が呆れた顔して話しかけた。
二人は臓器移植研究所の発足当初から事務員として採用されており、仲が良いのか悪いのか、特別仕事があるでもなし一日中しゃべってばかり、でも、留守番で置いておくにはちょうど良いと他の研究員は誰も気にしていないようである。
「所長さんも聞いてよ。今度の選挙に久仁崎市長は出馬しないって聞いたんだけど。てっことは選挙になっても無投票になっても新人の市長になるってことですよね」
「本当だ。そういうことになるのね。でも、誰が立候補するか分かってないから、まだ興味がわかないわ」
「もちろん私もよ。でも聞いてほしいのはそんなことじゃないの。私いつも期日前不在者投票に行くって決めてるの」
「そうなの。私は当日しか言ったことがないけど、真面目ねえぇ」
「だって、当日出勤前に行かないと棄権しちゃうことになるから朝早く投票に行くのよ。でも投票する人が少なくって、私一人ってことが多いのよ。そうすると受付から投票用紙をもらって候補者を書く時、静かだから鉛筆の走る音が聞こえるのよ。ソフトなゴムのマットでも引いてくれれば音がしないのに、記載台がアルミ製だから直に書くと意外と大きく響くのよ。
候補者の名前が画数の多い人と少ない人では、職員の人に誰を入れたか分かるんじゃないかって、いつも不安になるの。そして一番いやなのは投票所に入ってから出るまでの間、頭のてっぺんからつま先まで皆んなにしっかり見られてる気がして、緊張して足がもつれちゃうのよ。だから一番良い服を選んで出かけるの。気を使うわ。だから期日前に行くことしたの。結構混んでて何の心配もなくすぐ済んじゃうから」
「私は家族みんなで行くし、お昼頃行くと結構混んでるから、そんな思いして投票したことないわ」
「あなたは全く気を使わなくても生きていける人だから良いわねえ」
「失礼ねえ。私だって失恋したとき一晩中泣いたわよ」
「へえぇ、あなたが。でもそんな話をしてるんじゃないの。あのさあ。もうひとついい。期日前に投票を済ませると、投票日前日なんか候補者本人が車から降りて有権者に握手して回るじゃない。でもすでに違う人を入れている時なんか心から握手できないのよ。私は根が正直だから顔に出ちゃうのよ。でも自分の地域から出てる人だと皆んなが玄関先に出て私は応援してますって力一杯アピールして目立とうとするの。そうしないと後々気まずい思いをして暮らしていかなきゃならなくなるのよ。絶対チェックする人が居て応援してないことが分かると町内から仲間外しされるの。中にはすでに違う人を入れているに、ガンバってなんてどんな顔して握手してるんだろう、だから私は済んでますって胸に投票済票を貼って街を歩きたいわ」
「なんでそんなに気を使うの。あんたの住んでる町内だけは私絶対住みたくないわ。いつも理屈ポイ会話するのはそんな町内にいるからなのね」
選挙は新人4人の争いとなったが,久仁崎市長の流れを組む元市職員の中田明人氏に決定した、
所長は闇の軍団に関係する人物が当選していたらと内心心配をしていたが、望む人物に決定したことで胸を撫でおろすのだった。
選挙の投票所の話はこの物語から逸脱しますが、以前から気になっていたことなので、加藤早苗に代弁してもらいました。




