梶今五月之介が婚約者ひとみの実家を訪れ、結婚を前提に交際している旨の報告をするが、すでに前日には父親同志面識があり、結婚の話はスムーズに進展します。
梶今五月之介 その3
「ここが実家です。随分山奥まで来たのでびっくりされたでしょう」
「思っていたより遠かったけど、僕はこういう所が大好きです。すごいなあーーぁ、目の前に広がる雪の真っ白な飛騨山脈と青い空、そして菜の花の黄色が映えて素晴らしいですね」
手が届きそうな景色に五月之介は非常に感動しているようだった。
「ひとみ、お父さんとお母さんいるかそっと見てきてくれない? ひとみ、ひとみったら。あれーーっ、すやすや寝てるよ。しょうがないなあーーぁ。僕行ってくる」
真一は車から降りると、家の中に消えていった。
「お母さーーん」
「真一お帰り、あれっ車は車庫に入れないのかい? お父さん急に呼び出されて仕事に行ったけど、もう帰れるってさっき連絡があったから、先に車入れときなさい」
「お母さん、突然だけどお客さんと一緒に来てるんだ」
「親戚の誰かかい?」
「もっと驚く人」
「役所の課長さんとか部長さんとかかい?」
「もっと、もっと驚く人」
「テレビに出てる芸能人とか俳優の人じゃないよね」
「残念ーーっ、ちがうんだよなぁ」
「お兄ちゃん、いつまで何しゃべってるの。 遅いからもう五月之介さんに来てもらったわよ」
「こんにちは、突然お邪魔をしてすみません。梶今五月之介と申します。実はひとみさんと結婚を前提にお付き合いをさせていただいておりまして、まだ早いとは思いますが、なかなか休みが取れない仕事なものですから、今日ひとみさんに高山の町を案内するからって言われて、出てきたんですけど」
「わわわわーーっ、うそでしょ、お父さん早く戻って来てーーっ」
「ただいま、今帰ったぞ、真一車をちゃんと車庫に入れときなさい。あれーーっ、お客様かい」
「よかった、お父さん、聞いて! 聞いて! 車のことより、ひとみが彼氏を連れてきてるんだよ」
「まさかーーっ」
「お父さんですか。はじめまして、僕は梶今五月之介と言います。もうお兄さんやお母さんにはご挨拶をさせていただきましたが、去年早稲田大学文学部を卒業して、警視庁の新宿駅西口交番に勤務しておりまして、現在23歳です」
「あれーーっ、岐阜県警察本部長も梶今さんって言ってるけど、何か関係あるのかい?」
「それは僕の父親です。今年警察庁から赴任してきました」
「えーーっ、まさかそんな事ってあるの。僕は高山警察署の鑑識を担当してるんだけど、夕べ署の飲み会があって、なぜか本部長さんも同席して見えたんだ。本部長さんが自分の意向で、県下の警察署の職員と腹を割って話せるような関係に努めたいと順番に回ってて、今回は高山だったんだ。
そして、ものすごく威厳のある人だったから、そばには近寄れないと誰もが緊張してたんだけど、宴会が始まったら本部長さんの話があまりにも面白くて、次から次から止まらないんだよ。みんなが腹を抱えて笑ったんだ。あんな温厚で愉快な人見たことないよ。楽しかったなぁ」
ひとみの父親、長谷川昌弘はこの二人が結婚するという話、昨日まで何も知らずにいたので、本部長を意識せず過ごせたと安堵するのだった。
そして、目の前にいる結婚相手が本部長と瓜二つと分かると、もう嬉しさがはち切れんばかりの笑顔で、五月之介に中へ入るよう促した。
「だけど変なんだ。本部長さんがお酒を注ぎに来て、僕の前に座ったままずっと動かず、宴会が終わるまで、僕と話をしていたんだ。終始ニコニコとして、趣味の釣りの話や子供の頃の思い出で盛り上がって、署長や職員が注ぎに来てもそっち除けって感じ、ひょっとして、本部長さんはこの結婚の話知ってたんじゃないのかなあ。どうなの五月之介君」
「実はそうなんです。何回かデートしてるうちに親父に感づかれて、次ぎ会う時は時間と場所を教えなさいって言われて、仕方なく教えたら、先日ひとみさんとその喫茶店に入って席に着くなり、親父とお袋が先に来てて、隣りのテーブルに座ったんです。僕は二人の大胆過ぎる行動にあっけに取られていたら、なんと僕たちのテーブルに椅子を寄せて、自己紹介だけかと思ったら、二人はひとみさんとしゃべるしゃべる、それで結婚はオーケイになったんだ。後で二人に聞いたらひとみさんを一目で気に入ったんだって」
「やっぱりそうだったんだ。弱ったなぁ、出席者の中ではいちばん僕が本部長さんと話していたから、明日出勤したら、署長やみんなに何て言われるやら、娘の結婚が決まったなんてまだ言えないし、なんか不安だなぁ。それにしても本部長さんから、今夜二人だけでもう一度飲もうって誘われているのは、きっと、結婚の話になると思うんだけど、僕はもう心の準備は出来ているからね。今日は飛騨署で飲み会だから早々に引き上げて、高山駅の隣りに新しくできた『ホテルアラウンダ高山』に泊まるので、一緒に泊まって一晩中語り明かそうだって、もし娘さんを下さいという話になったらすぐにでもオーケイしてくるからね」
梶今五月之介が婚約者ひとみの実家を訪れ、ひとみの両親と会話が弾み、楽しい雰囲気の中で話が進みます。