木ノ下勉は小学二年生当時、土曜日の昼は有梨純一と学校裏の小さな丘に登って遊んだこと、純一が行方不明になった事件を思い出した。
有梨純一 その2
木ノ下勉と有梨純一は、中学一年生まで、仲の良い兄弟のように、いつも一緒にいたのに、二年生になったとき、突然純一の姿が消えて、それ以来会うことも無く、受験と部活に力を入れていた学校では、皆んながライバルで、毎日の忙しさに、次第に彼のことを忘れていった。
「彼に何があったのか。ずっと胸につっかかっていたんだ。まあこのことは後で本人に聞けばいいとしょう。一哉! あいつは俺の大切な友達だったんだ。あのまま続いていたら、お前なんかとこんな風に一緒にいなかったかもしれないんだ」
勉は一哉に説明しながら、なぜかなつかしい風のにおいと共に、あの小学二年生の景色がよみがえってきた。
当時、土曜日は午前で授業が終わり、誰もがおなかが空いているので、駆け足で家路に急ぐ頃、勉と純一は誰にも気づかれないように、校舎の裏口からそっと抜け出し、田んぼのあぜ道を、身を潜めながら五分ほど歩くと、小さな丘の入り口に辿り着くのであった。 その入り口から二十分近くで、二人だけの秘密の場所と呼んでいた頂上に着き、遙か向こうには白くかすんで日本海が見え、眼下には田んぼが広がり、さっきまで授業を受けていた小学校の校舎と、その横には中学校の校舎が小さく見え、中学校のグラウンドでは、野球やサッカーの部活に励む生徒達の姿に、ゲーム盤と重ね合わせ、飽きることなく見ることが出来た。しかも、自分たちの住んでいる住宅街もよく見えるので、人の行き来が面白く、いつもお互い何も語らずしばらくぼーーっとして時間を過ごした。
時々反対側を降りると、きれいな川が流れ、イワナやアマゴなど、色々な魚が泳いでいた。泳ぐ魚を手づかみするには子供すぎたのだろう。もっぱらハゼに似たカジカやゴリを石で囲った生けすに取っては入れ、取って入れし、いつまでも楽しんだ。
ある日、いつもと同じように生けすに入れながら、勉が純一に言った。
「じゅんいちくん、このさかなたちみてごらん。ちっちゃくてはらがぼてっとしてるだろ。まるでじゅんいちくんそっくりじゃないか。はぜのなかまをかるんじてよぶときは、ダボハゼっていうんだよ。こんどからきみのことダボハゼってよぶからね」
信頼していた勉から、馬鹿にされたその言葉を聞き、純一は突然泣き出したかと思うと、わき目も振らず一人で走って帰ってしまった。
次の日、勉は何も知らないで登校し驚いた。先生や詰めかけた大人達で、大変な騒ぎになっていたのである。聞くところによると、純一が夕べ家を出たまま帰って来ず、行方不明になっているという。
勉は自分が原因ではないかと思うと、足がガタガタ震えて仕方なかったが、大人達に僕が知っていますという勇気は、小学二年生には、まだ持ち合わせていなかった。
子供達に心配しないでという、担任の言葉もうつろに授業を受けていたが、勉が原因で、純一に何かがあったと分かるのではないかと、ドキドキとし、とても勉強どころではなかった。
しかし、先生の説明によると、純一が昨日家に帰った後、準備してあった昼ご飯も食べず、図鑑で調べたいことがあるからと、二階の自分の部屋へあわてるように上がって行き、長い間下りてこなかった。
その後しばらくして電話が鳴ったので、父親が誰からだろうと思ったが、まさか純一がその電話に出て、そのまま外へ出て行ったとは思わず、昼ご飯が片付けられないから早く食べるようにと、純一を呼んでも返事がないので、変だなと思い家中捜したがどこにも見当たらず、その時始めて家にいないことに気づき、警察に連絡をしたとのこと。
親戚や純一の友達の家に片っ端から連絡をしたが、所在が分からず、そのまま一晩たっても未だに帰ってこないとのことだった。
勉は、それを聞き、自分が原因とはいえないと、少し安心したのだった。
木ノ下勉は、あんなに仲が良かった有梨純一が突然姿を消した理由はまだ理解できていないが、これから一緒のクラスで勉強する中で、純一のすざましい変化に目を見張るものがあります。