有梨純一は高校入学当時、大病の後で覇気のない生徒であったが、日ごとに回復し、全校生徒に勉強を教えるほど成長していくのである。
有梨純一 その6
「こらーっ、そこの二人早く入りなさい。もう授業は始まっているんだぞ。さっきから待っているというのに、何とろとろしているんだ。新学期早々からそんなことでは、授業について行けなくなるぞ。
あっ、お前達、入学試験で二番と三番だった木ノ下と田中じゃないか、先生達はお前らにものすごく期待してんだ。ありゃしまった言ってはいけないことをしゃべってしまった。取り消し、取り消し、早く入れ!」
「すみません。すみません」
と言いながら、勉と一哉は、照れくさそうに、頭をかきながら空いている机に座った。
久しぶりに見る純一は、勉をしのぐ大きな体になっていた。しかし大病をした後なので、彼の周辺は、まるで妖気が漂うように思えるほど暗く、止むを得ず彼の横を通る女子は、小走りに走って
「顔面蒼白ーーっ、あーーあ、怖かった」
と大袈裟に言いながら、友達に抱きついて笑ったりもしていた。
勉は、気になる純一に何回か声を掛けてみたが、いつも
「ありがとう。大丈夫だから心配しないで」
と同じ答えが返ってきた。
その後、三ヶ月経っても純一はまったく元気がなく、自分から発言することもなかったので、どんな声をしているのか知らない者もいたほどである。
しかし、うわさで純一が、入学試験はトップの成績だったと聞かされた時の、勉の驚きと戸惑いに、あの勉強嫌いだった彼がいつ、その力を身につけたのか、納得できない様子であった。
そして、その数ヶ月後、担任の清水先生は
「皆んな、これは難しいかもしれないが、数学のちょっとおもしろい問題を見つけた。誰か解けるやついるか?」
と黒板に書いて、答えられそうな生徒を順番に指名していった。しかしながら、
「どうも私には難しすぎてお答えいたしかねます」
とか言って答える者がいない。当然勉や一哉も順番に指名されたが、答えることは出来なかった。
先生も難しかったかなあとあきらめかかった頃、なんと純一が手を上げ、
「先生! よろしいでしょうか。自信はないですけど僕やってもいいですか」
と席を立ち、前に出て先生と並んだ。それは立派な体格、あの病弱な男はいつの間にかたくましく変身していた。
そして、教室中響く声は、まるで舞台俳優のように力強く、誰もが圧倒され、問題を解きながらの説明は、とても分かりやすく、先生も驚くほどで、その日からしばらくはクラスの一部の生徒から、授業で分からなかったことや、テスト勉強の際に答えを確かめるなど、放課後純一を捕まえて聞く者が次第次第に増えていった。
そして、いつしか口コミで有梨の名前は校内中に知れ渡り、他のクラスや二年生、三年生の先輩達も教室に押し掛け、勉のクラスは放課後になると、学習塾さながらの大賑わいとなった。
勉も一哉も純一の助手をしながら、自分たちが対応できる生徒の質問には、それぞれ分担して教えるうち、自分たちも知らず知らずのうちに、自ら成長していることが分かった。
また、純一は体力もみるみる回復し、いつしか他の生徒を遙かにしのぎ、体育の時間がサッカーになった時は、まるでプロの選手顔負けのルックスの良さに加え、華麗なドリブルと見事なパス回しが話題となり、運動場が窓から見える教室では、授業そっちのけでみんなが純一のプレーに見入ってしまい、とても授業にならないと職員会議で問題となったため、その後純一達のクラスは、体育館で剣道の授業に変更されてしまった。
純一達の功績が校内中に浸透し、各教室では放課後になると、クラス全員が今日学習したことの復習や、授業中に分からなかったことなど、お互いに教え合って、日ごとレベルが向上するのであった。
そして、二階の職員室の窓から掛けられていた懸垂幕が取り替えられ、新しいスローガンは「めざせ! 全員東大合格」となっていた。
小学生のおとなしかった有梨純一のたくましく成長する様子を描いています。




