新学期が始まり、高山へ赴任した梶今五月之介の子供たちが、近所の子供たちと集団登校するあわただしい様子と母親たちの苦労
梶今五月之介 その6
「皆さんおはよう。今日から新学期が始まるのに、うちの周一と礼子ったら、もう学校へ行きたくないって出て来ないの」
朝引美弥子は四年生と二年生の母親で、その子供達は母親譲りの勉強嫌いでもあり、二人ともよく宿題を忘れるので、進級前は毎日廊下に立たされるのが日課になっていた。
「うちの子もそうなのよ。大介と麻美はまだ寒いからって、炬燵から出ようとしないの」
綾ノ腰洋子は、五年生と三年生の母親で、朝起きてから学校へ送り出すまで、子供達がなかなか準備をしてくれないので、これから毎日戦争だと言って嘆いていた。
「ごめんなさーーい。まだ時間大丈夫ですよね。うちの智明に、六年生はあんた一人だから班長しっかりやってねって言ったら、そんなのいやだ、やるんだったら学校休むって言ってるの、気が小さい子だから仕方ないけど、誰かやってくれないかなぁ」
山本朋美は一人っ子の智明を大変可愛がり、甘やかしたせいで、自立心のない子に育ってしまった。
「あれーーっ、白川知子さんちのお子さん二人いたっけ、二年生安志君と一年生の春菜ちゃんって言うんだ。お母さんより先に来て、あなた達しっかりしてるわねぇ」
朝引美弥子は名札を見て、白川知子の再婚相手が子持ちだということを始めて知った。
「ところでさぁ、今度あのマンションに引っ越してきた人にも、四年生の男の子と二年生の女の子がいるらしいけど、三月までいた人は警察の方だったでしょ。父親は刑事で無愛想だったし、母親も綺麗を鼻に掛けて生意気な人だったよね。子供達もそう出来も良くないくせに、でかそうな態度で挨拶もろくにしなかったじゃない。転勤してくれてよかったわ。でも、新しい人はどんな家族かしら気になるわ」
綾ノ腰洋子が心配そうに言った。
「すみませーーん、梶今です。池田市から夕べこっちに引っ越してきたんですけど、荷物の整理に手間取って、遅くなったので寝坊しちゃった。新学期早々パジャマ姿でごめんなさい。
着替える時間がなかったのよ。はずかしい。げーーっ、反対にはいてるし、こんなとこ破けてる。もっとはずかしい。惣太郞、さとみ早く来なさい。ご近所の皆さんにちゃんとご挨拶しなさい。これからお世話になるのよ。
惣太郞は四年生、さとみは二年生です。あれーーっ、子供達はいつも、こんなに遅い時間に登校するんですか」
「いつも誰かが寝坊するからよ。全員そろわないと出発できないのよ」
綾ノ腰洋子はどこの子も親と同じようにのんびりしているので、とにかく休まずに学校へ行ってくれれば、成績何てどうでもよかったのである。
五月之介の妻ひとみは、前任者同様性格の悪い母親だろうと、皆んな心の中で想像していたが、その思いに反してやさしくて美人なので、みんな拍子抜けしてしまった。
「わぁーーっ、もうこんな時間よ。新学期早々走らなきゃ間に合わないわよ。リーダー智明くーーん、頼むわよ!」
朝引美弥子は周一と礼子の頭とおしりをポンポンとたたいて、急かすように学校の方へ押し出した。
「子供達は全員で九人ね。あれ、七人、ばかっ、うちの二人いないじゃない」
大介と麻美はまだ炬燵に当たっていた。
「大介、麻美、何してんの! 遅刻、遅刻、早くしてーーっ」
綾ノ腰洋子は顔を引きつりながら、ようやく二人を送り出した。
「やっとで落ち着いたわねぇ。これから毎日子供達はのんびりしているのに、どうして私達母親はこんなにあせらなきゃならないの。もう心臓に悪くて長生きできないじゃない」 山本朋美は言った。
「白川さんちのお子さんは、ご主人が連れて来たって聞いたけど、あなたに馴染んでいるの、まだ高田になっていたのは籍を入れてないんだ」
朝引美弥子は遠慮の知らない性格で、なんでもストレートに質問するので、他の母親達は一切彼女には身内の話は口をつぐむようにしていた。
「ありがとう。まだまだだけど、時間を掛ければそのうち慣れてくると思うの。早くお母さんなんて呼んでくれたらうれしんだけど」
白川知子は不安げな顔で言った。
高山へ警察署長として赴任した梶今五月之介の家族や近所の子供たち、そしてその母親たちののどかな一日を描いています。




