棚橋孝太朗が社内会議で部長が説明する資料を短時間で仕上げ、実力を発揮した。
棚橋孝太朗 その5
孝太朗は夕べの出来事については、職場には何事もなかったように、始業時間になっても、相変わらず部長の席の横にある来客用のテーブルで、一人新聞を読んでいる。
孝太朗の実力をまだ把握していない北野課長が、しびれを切らしてつい強い口調で言った。
「孝太朗君、そろそろ力を発揮してくれないか。社長から君のことを直々に頼まれているんだ。となりの山田君はこの頃しっかり仕事が出来ている。山田君に習って少しは成長してくれないと困るんだよ」
そんな課長の言葉をよそに「皆さん、今夜一杯やりませんか、たまには息抜きをしないといい仕事が出来ませんよ」
皆んなの焦りる空気を読めないのか、孝太朗は一人のんびり構えている。
「あいつバッカじゃねぇの。明日の会議はうちの部長が説明することになって、みんな資料づくりに一生懸命になっているというのに」
「おれの資料、今夜中にできるかどうか分かんねんだぞ、ふざけるなよ」
みんなが与えられた資料の分析や、質問を仮定した問答集の作成など、必死になっている時、一人だけ悠長にやっている者がいる。今は社長の孫なんて言っていられない。課長もさらに強い口調で、
「孝太朗君、今朝頼んだ資料は今日中に出来そうかね。明日朝絶対に部長がいるんだよ。早くたのむよ」
「課長、午前中に机の上に置いておきましたけど、電話中だったので、ここに置きますって言ったら課長うなずいたじゃないですか」
「うそーーっ、本当だ作ってある。なんでそんな短時間でしっかりした資料はできたのかね」
課長は信用出来ないという顔で、資料を自分の机の上に広げた。孝太朗がさらに言い続けた。
「あのーーぉ、頼まれていませんが、資料の中にポイントとなる箇所には蛍光ペンでマークしておきました。別に資料として、想定される質問については問答集も作っておきましたよ」
「げーーっ、こっちの別冊資料は何なの」課長はおどろいた。すでに必要な資料が整っているのだ。
「それも必要と思って作っておきました」孝太朗は平然としている。
「これだけ揃っていれば大丈夫、みんな、あとの資料は必要ないよ。午後から部長に僕が説明しておくから部長のオーケイが出たら今夜の飲み会GO! だ。孝太朗君は僕と一緒に来て説明してくれ」課長は突然陽気になって、グラスのビールを飲む仕草をした。よほど資料の出来がよかったのだろう、部長への説明は順調に済み、そして皆んなの行きつけの居酒屋‘飲み助’に向かった。
棚橋孝太朗の社内での実力を発揮する様子はまだまだ続きます。




