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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

椎名さん爆発的

 僕の腕には爆弾が巻かれている。

 怪我や病気の比喩ではない、本物の爆弾だ。

 外見はゴツゴツとした普通の腕時計。現在時刻が分かるよう文字盤も付いている。表面を撫でると、微かな振動と金属の冷たさが指を通り抜けて身体全身に広がる。

 これは僕が高校生の頃に、さるクラスメイトの女子から貰ったものだ。

 彼女曰く。


「一週間腕に巻かずにおくと爆発する」


 曰く。


「文字盤横のツマミを右に三回、左に二回、右に五回、回すと爆発する」


 曰く。


「二十歳の誕生日を迎えた瞬間に爆発する」


 曰く。


「腕に巻いている人はもちろん、半径一メートル以内の人まで巻き込むほどの爆発を起こす」


 彼女が語った言葉が嘘か真か。試しに爆発させることなど出来るべくもなく、確かめる術はない。

 じっと目を凝らして爆弾を見ると、細かな傷が多く見てとれる。僕が現在に至るまで巻き続けてきた証拠だ。

 現在。二十歳の誕生日を明日に控え、その瞬間を恋人とホテルで迎える十分前まで巻き続けてきた証拠なのである。


 ──


「夏のビーチを楽しむ奴らがサメに襲われればいいと思ったことは?」


 僕は頷いた。


「街にゾンビが溢れてみんなパニックになればいいと思ったことは?」


 僕は再び頷く。


「海老フライの尻尾は食べる?」


 僕は首を傾げながらも、頷く。


「じゃあ、全部私と一緒だ」


 何がおかしいのか、嬉しいのか。椎名さんは、ふふと笑う。

 不登校のクラスメイト、椎名さん。森に忍び込む彼女を見かけたのは本当にただの偶然だった。両手いっぱいに荷物を抱えた鼻歌混じりの彼女をだ。

 特に親しいわけでもない、下の名前も知らない。関心の一つも持たずにその場を立ち去ることは自然であったにも関わらず、どうして僕は彼女を追いかけたものか。

 無邪気に笑う椎名さんを前にして、僕は改めてそれを理解した。

 ツンと伸びたまつ毛は細く上を向く。精いっぱいに輝く瞳の虹彩を見せつけるようだ。ぷくりとした涙袋と下がった目尻は親しみを覚える。ぺちゃっとした鼻と薄い唇も彼女らしさを僕に印象付けるようだった。

 そんな椎名さんの表情が余りにも明るかったから、僕は行灯に引き寄せられる羽虫のように彼女の後を付けてしまうに至ったのだろう。


 僕たちは森の奥、茂った木々を屋根にした秘密基地にいた。彼女は持ち込んだ荷物を地面に広げ、雑誌を積み上げたテーブルで何やらの作業を進めるのだが、その顔はやはり明るかった。


「その爆弾はいつ出来るの?」


 僕が尋ねると、彼女は顔を上げずに応える。


「もう少し……かな? あと二、三日もしないで完成すると思う」


 彼女はひと気のない森の奥で、爆弾を作っているのだった。お手製の黒色火薬にニトログリセリン、花火や癇癪玉、納豆にとろろ、見たことあるキノコに初めて見る植物。彼女は思いつく限り何でも集めているようである。集めたそれらは分解、攪拌、混合、こちらも思いつく限り何でも方法をつくしているように見える。気まぐれに金槌で叩いたり、火をつけてみたり。


「マンドラゴラに鷹の爪。黒色火薬をひとつまみ。ぐるぐるくるくる掻き混ぜて。叩いて伸ばして火をつけて」


 椎名さん曰く『感じるままに気の向くままに』。そんな適当さで本当に爆弾なんて出来るはずもない。きっと彼女もそれを自覚をしながら、ただ、爆弾という危険物を作る行動を楽しんでいるだけなのだろう。


「爆弾が出来たらどうするの?」


 彼女は手を止め、顔を上げる。


「みんな壊しちゃう。学校も、パパもママも、私も。それとヒロ君も」


 笑顔は決して崩れない。芯の通った視線は力強く、僕の眼球を貫通してその先を見ているようにも思えた。

 椎名さんは僕を下の名前で、ヒロ君と呼ぶ。今日、偶然出会うまで会話すらしたことがなかったのに。それは距離感が常軌を逸しているとも言えた。


 そういうところが浮いてたんだろうな。

 口を開けば荒唐無稽、手を動かせば迷惑千万。暗い、危ない、意味不明。クラスの誰もが椎名さんには近付いていなかった。いや、そうでもなかったか。一部の女子だけは彼女を直接的に迫害し、拒絶し、手を出していたようにも記憶がある。


 気付けば彼女は学校に来なくなっていた。


「最初の爆弾は何に使おうかなあ。やっぱり学校かな?」


 爆弾を作る椎名さんは本当に楽しそうで。おままごとをしている小さな女の子のようで。僕は彼女から目を離せないのであった。


「嫌なもの全部、嫌いなものぜーんぶ。みんな爆発しちゃえばいいんだ」

「僕も嫌い? 僕も壊すんだよね?」

「ヒロ君は好き。だって同じ考えだったんだもの。一緒、一緒だよ。大丈夫、好きなものも全部壊すから。もちろん、最後には私も」


 好きなもの、嫌いなもの全てを爆弾で壊すという彼女。最後に爆破するのは好きな自分か、嫌いな自分か。僕には想像もつかなかった。


「本当に爆弾が作れたらいいね」

「……え?」


 本当に爆弾なんて作れるはずはない。それでも真似事を続ける彼女への励ましのつもり、だった。


「爆弾なんて作れるわけないもの。それでも楽しそうに頑張る椎名さんを僕は応援するよ」

「……うん。うん、そっか。ありがと」


 どうしたことか。彼女の顔からは笑顔が消えた。


「今日はね。もう、終わり。帰ろう? それでまた明日、同じ時間にここに来て」


 あれよあれよと僕は彼女に追い出されてしまった。何か粗相をしてしまったであろうか。そうであれば申し訳なかったなあ、などと後悔しながら僕は帰路についた。彼女が最後に呟いた『違った』という言葉を反芻しながら僕は帰路についた。


 ──


「ヒロ君にプレゼント」

「これは?」

「腕時計型爆弾」


 彼女曰く。


「一週間腕に巻かずにおくと爆発する」


 曰く。


「文字盤横のツマミを右に三回、左に二回、右に五回、回すと爆発する」


 曰く。


「二十歳の誕生日を迎えた瞬間に爆発する」


 曰く。


「腕に巻いている人はもちろん、半径一メートル以内の人まで巻き込むほどの爆発を起こす」


 椎名さんは僕から一歩ずつ離れながら、その爆弾について教えてくれた。そして、悲しい顔を僕に見せて。


「ばいばい」


 彼女は爆発四散した。

 肉片、内臓、血飛沫。爆ぜた煌めきはまるで花火のように一瞬で美しかった。僕はそれに見惚れ、一時間はその場を動けずにいるのだった。


 僕は警察に死体を森で見つけたと通報し、数日の後に椎名さんの葬式が執り行われた。


『いい子だったのに』

『もっと仲良くしたかった』

『なんで死んじゃったの』

『悲しい』


 嘘ばっかりだ。無視してたくせに。みんな、クラスメイトが亡くなった可哀想な自分を演じている。それが正しい姿だと言わんばかりだ。

 僕は、一人啜りなく女子生徒に声を掛けた──。


 ───

 ──

 ─


「夏のビーチを楽しむ奴らがサメに襲われればいいと思ったことは?」

「そんな酷いこと考える訳ないじゃん」

「街にゾンビが溢れてみんなパニックになればいいと思ったことは?」

「非現実過ぎ」

「海老フライの尻尾は食べる?」

「食べないよ、そんなの」


 変な質問ばかりしてどうしたの、と彼女は笑う。時間を確認すると、僕か二十歳を迎えるまであと十分足らずだった。


「その腕時計、高校生の頃からずっと付けてるね」

「貰ったんだ。友達に」


 ベッドに腰掛け腕時計を撫でる僕の背中に抱きついて、彼女は話しかけてきた。二人とも裸であり、柔らかな肌と僕よりも高い体温が伝わってくる。頬に繰り返されるキスが少しくすぐったい。


「私の知ってる人かしら?」

「知っているはずだよ。僕も、君も、その人も同じクラスだったから」


 まさか元カノとかじゃないでしょうね、と彼女は僕を小突く。ニヤニヤと冗談めかした彼女の言動に僕は少し苛立った。


「椎名さんだよ。知ってるよね」


 振り向くと、彼女の表情が強張り多少の狼狽を見せていた。左右に目を泳がせながら彼女は言う。


「そんな子いたかな」

「君が虐めていた子だ」

「違う! だって……」

「みんな無視してた?」


 彼女は眉間に皺を寄せ、歯を食いしばる。言葉が出ないようなので僕は詰め寄り、続ける。


「君が椎名さんを不登校にさせたんだ。そして、彼女が死んだのは僕のせいだ」


 怯えた目だ。恋人にこんな顔をさせるのは最低かもしれない。時計を見ると、僕の誕生日まであと一分だった。


「僕は椎名さんが作った爆弾を持っている。この腕時計がそうさ。僕が二十歳になったと同時に爆発するらしいよ」


 僕は彼女の腕を力いっぱいに握りしめる。


「本物かなあ? それを確かめるのは僕一人の役目じゃないと思わない? 僕と、君の二人が適任だよ」


 きゃんきゃんとみっともなく騒ぎ、逃げ出そうとする彼女を引き寄せ、ベッドに押し倒し抱きしめる。


「あと、三秒。ばいばい」


 強張っていた彼女の身体がいっそう硬直し──


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― 新着の感想 ―
[一言] 復讐なの、だろうか? それにしてもノスタルジックかつ淡々に進む物語がなんとも哀愁を感じざろう得ません。 椎名さんという不思議な女の子の死が、彼の爆弾のスイッチを入れさせてしまったのか? …
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