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親切な人に拾ってもらってね  作者: くりはしみずき
12/13

『親切な人に拾ってもらった?』

三日目:昼近く

 三日目の朝。

 雨が降っている。

 公園を歩く人は誰もいない。

 そして、そして、飼い主もやっぱりまだ来ない。

 それが雨のせいだっていうなら、いいのだけど。


 認めたくない気持ち。

 認めざるを得ない現実。

 アタイはやっぱり、捨てられたの?

 だとしたら、なんで?

 あんなにかわいがってくれていたのに。

 小さい時に親や兄弟と別れて、あの家に入って、アタイは幸せな毎日を過ごしてきたのに。

 初めて会った日、奥さんは言った。

「あなたは、私たちの家族よ」

 旦那さんも言った。

「子どものいない私たちにとっては、お前は我が子だよ」

 いいコにしていたつもりだけど、アタイが何か怒らせたんだろうか?

 やっぱり、アタイが自分でも気づかぬうちに、あの人たちとの関係を壊してしまったのかしら。

 だって、あんなに優しくて親切なご夫婦が、自分たちだけの都合でアタイを捨てるなんてことは、絶対__多分絶対ないもんね。

 アタイはホント、何をしちゃったんだろう?


 昨晩きたおじさんが、アタイの段ボールに半分だけかけてくれた灰色の紙のおかげで、雨にはそんなに濡れずに済んだ。

 昨日の朝、拾ってくれるかもと言っていたジョギングのお姉さんは結局、今朝は来なかった。

 言ってたっけね。

『天気が悪くなければいつも、ここジョギングしているから』

 うん。今朝は雨だもんね。

 こうも言ってた。

『じゃあ、運と縁があったらね』

 運も縁も無かったってことなんでしょ、きっと。

 やっぱり、アタイはだんだんスレてきたみたい。

 お腹空いたからかな?


 でも、カノジョだけじゃない。

 アタイを覗き込んだ多くの人間たちは言った。

『かわいそう』

 __あんたは捨てられたのよ。

『かわいいのに』

 __見た目だけはね。

『優しい人に拾ってもらってね』

 __私はあなたを拾うつもりはありません宣言。

『親切な人に拾ってもらってね』

 __もしそんな人が本当にいたなら。

 かけられた言葉は優しそうに聞こえながら、実は全て他人事で、無責任で、そして残酷だ。

 人間たちのせわしない毎日の中では、公園の片隅にいるアタイの存在は大したものじゃないもんね。

 みんな忙しくて、必死なんだ。

 ジョギングしながら、パンくずをバラまいて、目や鼻から水を流しつつ、段ボールを引きずったり、お酒の助けを借りて現実逃避したり、弱い者いじめをして自分の位置を確かめて、チョコチップクッキーを食べながらも好きな人と別れたり、自分が寂しい時だけの慰みにアタイたちのようなペットを都合のいい家族にして、そうやって頑張って、日々の生活に折り合いをつけている。

 アタイももう疲れた……。

 待つのにも、期待して裏切られるのにも。

 アタイは目を閉じてじっとしている。動くのも億劫だ。

「クゥーン……」

 そろそろ昼近くかしら。

 そんなことをだらだらと考えていたら、もう雨は止んでいた。


 公園の入口に車が止まったようだ。

 出てきた二つの靴音が公園に入ってくる。

「ここですよね。通報があったのは」

「あ、あの箱かな?」

 また、きっと優しい人ぶっているであろう人間たちが近づいてくる足音だ。

 アタイは目を閉じてじっとしたまま。

「可哀そうに、だいぶ弱っているな」

 穏やかな大人の人間の声、男だ。

「ホント、ひどい人もいますね。このコ、こんなにカワイイのに」

 今度は優しそうな女の人間の声だ。

 今まで何人もの偽善者たちが言っていたのと同じような台詞。

 薄く目を開けて、軽く顔を上げる。

 アタイの今の住居たる段ボールの前に立ち止まって、覗き込んでいる人間の男女の顔、顔。

 どうせ見るだけなら、もう放っておいてほしい。

 ホントに弱ってますよ、アタイは。

 もう、尻尾を振る元気もない。

 また顔を下ろして、目を閉じた。

 突然、我が家が持ち上げられた。

 はっきり、目を開ける。景色が変わっている。

 いつもより高い目線だ。ビックリ!

「とりあえず車に乗せよう」

 えっ?まさか?

 男の方の人間は、アタイが入ったままの段ボールを抱えて、歩き出す。

 横に並んで歩く女の方は、腕を伸ばしてアタイの口元に濡れたタオルを当ててくれる。

 力が入らないなりにそのタオルを弱く噛む。

 わずかながらの水が口の中を湿らせてくる。

 女の方の人間が、車の荷台のドアを開ける。

「ここで我慢してね…」

 えっ?えええ、やっぱり……拾ってくれるの!ほんと?ほんと?ほんと?

「…ホケンジョまでは」

 ホケンジョってなんだろ?

 でも、まあ、うれしい!

 思わず声が出た。

「キャン、キャン!」

 車の近くに歩いてきたらしい、茶色がかった銀色の犬を抱えた恰幅のいいおばさんの声がした。

「まあ、やっと来たのね、ホケンジョ……」

 そして、車の荷台のドアが閉まる直前に聞こえた一言。

「……かわいそうだけど」


 二人の人間が乗り込んで、車が発進する。

 この期におよんでアタイはまだ心配していた。

 飼い主が迎えに来た時、公園から離れたらわからなくなっちゃうんじゃないかしら。

 なんで、いつまでもあの人たちを信じているんだろう、アタイは。

 でも、今度こそ、今度こそ大丈夫だろうとアタイは信じています、きっと。


 親切な人に拾ってもらいました、と。


エピローグ へ続く


本当は、当初はここで終わらせようと思っていました。

あとはお読みいただいた皆さんのご想像に委ねる形にして。

でもこんな物語にでも、寄せてくださったご感想やメッセージによって、最初の構想とは変えて、もう一話だけ続けさせていただくことにします。

こうした展開こそが投稿小説の醍醐味なのかもしれませんね。

次のその一話で本当に完結です。

是非、最後までお付き合いいただきたく、お願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アタイちゃんの視点を通しての人間社会の悲喜交々、当然ながら良い人もいれば悪い人もいる訳で。 そんな人間に出合いながらも最後まで信じているアタイちゃんの強さとも健気さともとれる心に涙が出そう…
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