第二話 堕天使-4
ニューヨークの繁華街、夕刻ではあるが、外はまだ明るい。
一軒のレストランへ、俺は足を向けていた。ほぼこの場所で夕食を取っている。店名、ヘブンと書かれたガラス戸を開けて中へ入った。
「やあ、マスター。いつものディナーを貰おうか」と言ってカウンター席に座った。
「オッケイ。ビールはどうする?」
「ええと、今日はいいや」と酒を断ったところに、戸が開く音が鳴り、同じような客が入ってきた。野球帽を被ったジーパン男だ。俺はその男をちらっと見たが、気にもせずまた前を向き直った。
男は、徐に横の席へと座った。
これで俺のいるカウンター席は、右手にそいつと、左に年配のカップル二人が座ったことになる。後ろのテーブルにも何組かの若い連中がいて、食事を楽しんでいた。所謂いつもと変わりない風景だ。……でも、実はこの世界が嘘だらけの幻想に過ぎないなんてことは、誰も知らない。俺だって彼らの顔を見ていたら、とてもじゃないが信じられないのだから。この、一見平和に見える暮らしの中で、人知れず魔との戦いが神々の時代から行われていて、今日に至っても新たに始まろうとしている。しかも、その天軍団総司令官ミカエルが自分だなんて、全くお笑い種だねぇー……と、俺は周りを見ながら、無意識のうちにそんなことを考えていた。だが、その後、急に現実の世界へ引き戻されたような? というのも、どこからか視線を感じたせいだ。そして、その相手もすぐに知れたような。たぶん右側にいるキャップを被った男だ。顔を伏せていて表情が見えないが、明らかに俺を気にしているみたいだ。しかし俺は、殊更注意を向けなかった。知り合いでなくても、たぶん無名とは言え俺を俳優だと気づいたファンが、熱い視線を送っているに違いない、と判断したからだ。よって、無視することにした。
「へい、おまっとうさん」するとここで、マスターが注文した料理を持ってきた。
さて、腹が減っては何とやら、早速ハンバーガーに食らいつこうか……
と思ったのだが、俺は浅はかだったのか? 次にとんでもないことが起こったのだ!
何と、隣のジーパン男が、跳びかかってきたではないか! 俺は、椅子から床の上に押し倒され、覆い被さられる。
うわアー、何てことだ! まさか、この男に襲い掛かられるなんて……。これには、俺も焦った。そして、当然ながら次の展開を警戒した。こんな不利な、床に寝そべった状態にさせられては、抵抗もままならない、あっという間に殺られてしまうぞォー! と。
……だが、そう観念した、次の瞬間――けたたましい数十発の銃声音が響いた!――えっ? 店の外から、機関銃の弾丸が、甲高い粉砕音とともに店のガラス戸を粉々にして撃ち込まれたァ? 何者かが、こちらに向かって乱射しただと!
これはいったい、どういうことだ? 俺は驚いて息を飲む。と同時に、大きな勘違いをしていたことにも気づいた。何故なら、もし床に伏せずに椅子に座っていたら、想像するだけでも寒気がする、蜂の巣になっていたのは間違いなかったからだ。つまり、このジーパン男が守ってくれたということだ。彼が俺に注意を払っていたのはそのためだったのか?
「大丈夫か? マイケル」そのうえ、俺を知ってそうだ。親しみを込めた表情で俺の名を呼んだ。
だったら……この男は、誰だ? 真上に被さる顔をはっきりと目にしたが、まるで見覚えがない。ただ、とにかく若い。どう踏んでもティーンエイジャーのような面構えだった。
俺は焦りながら訊いた。
「君は、誰なんだ?」
「そんなことより、外を見ろ。奴がついに現れたぞ!」
が、その男は警告めいた答えを返すのみだ。
そこで、俺は周りを見渡したところ、悲惨な光景を目の当たりにして仰天する。殆どの客が撃たれ、血を流し倒れていたのだ! しかも、テーブル、壁、至るところに弾丸の破壊跡がくっきりとついて、それに伴う着弾の衝撃波で舞い上がった塵が辺り一面を真っ白にしていた。
そして何より店の外では、黒い翼を持ち、粗暴に髭を生やした、無骨な顔の輪郭で、加えてシワの数がそれなりの年齢だと語っている男が、宙を浮遊しつつ機関銃を向けて待ち構えていたのだ!
「あいつは、何者?」その豪傑な姿に、思わず口を衝いて出る。
しかし若者の方は、その返答も余所にしたまま、
「お前さんの武器はここだ。聖水で清めた銃だよ。ギャビーから預かっていたんでね」と言ってポケットからマグナムと弾丸を取り出すだけだった。
俺はそれを見て、またかと嘆く。とはいえ、その後はお決まり通り、勝手に体が反応した。
そう、俺様の出番だ!
一躍の羽ばたきで――激しい衝突音!――店のドアをぶち破り――三発の銃声!――マグナムをぶっ放し道路に躍り出た。予想通り、相変わらずの荒っぽい登場を披露して、再び俺様の戦いが開始されたという訳だ!